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世界を救わない契約者、神々に抗うための「引子」となる  作者: 亀


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第七章 風雨迫る坊市

坊市の空気が、その瞬間だけ凍りついたかのようだった。


妖獣に跨った数名の天剣宗の執法弟子たちが、茶寮を見下ろしている。


先頭に立つ男の視線が、刃物のように一人ひとりの顔をなぞっていく。


やがて、露骨な侮蔑を浮かべたまま、鼻で笑った。


「どうした? まさか、本座が自ら迎えに行かなければ出てこないつもりか?」


茶寮の中では、気の弱い数人の散修が足を震わせながら、一列に並んでいた。


誰も顔を上げない。


怯えたまま、神識による検査を受けるために前へ進もうとしている。


この弱肉強食の世界では、底辺の散修に与えられた尊厳など、草芥にも等しい。


上宗の検査に逆らえば――


待っているのは、その場で形も魂も消し飛ばされるという結末だった。


だが。


茶寮の隅に座る二つの人影だけは、微動だにしなかった。


「おい、そこの二人。斗笠を被っている奴らだ」


執法の頭領の視線が、瞬時に終夜と晏清へ向けられる。


眉間に皺を寄せた。


「坊市が厳戒態勢に入ったことを聞いていないのか?」


「顔を上げろ!」


晏清の剣柄を握る指に、わずかに力が入った。


体内に残された真元が、静かに巡り始める。


立ち上がろうとした、その時だった。


手の甲に、何かが触れた。


終夜の手だった。


冷たい掌。


だが、不思議なほど落ち着いていた。


その感触だけで、晏清は動きを止めた。


終夜はゆっくりと顔を上げた。


そこに焦りは一切ない。


むしろ、どこか面倒そうな薄い笑みさえ浮かべている。


相手の要求に従って頭を下げるどころか――


終夜は悠々と粗末な茶杯を持ち上げた。


残っていた半杯ほどの粗茶を、一気に飲み干す。


「規則?」


茶杯を静かに置く。


声は大きくない。


それでも、その言葉は騒がしい坊市の中をはっきりと貫いた。


「天剣宗の規則っていうのは、いつからそんなに大雑把になった?」


終夜は目を細めた。


「門番の犬ごときが、他人の縄張りで吠え散らかしていいことになったのか?」


――その瞬間。


坊市が騒然となった。


茶寮で列に並んでいた散修たちは、顔面蒼白になった。


中には腰を抜かし、転がるようにその場から離れていく者までいる。


誰もが、目の前の「死にたがり」が自分たちまで巻き込まないことだけを願っていた。


周囲を歩いていた者たちも、恐る恐る二人へ視線を向ける。


小声が、あちこちから漏れ始めた。


「あいつら……何者なんだ?」


「天剣宗の山門の目の前で、あんなことを……?」


「正気じゃない……」


誰も、二人が何者なのか分からない。


ただ一つ分かることがあるとすれば――


この坊市で、天剣宗の執法隊を公然と挑発する人間など、普通ではないということだった。


「なんという大口を!」


執法の頭領が激昂した。


その目に、凄まじい殺意が走る。


男は妖獣の背を猛然と叩いた。


次の瞬間。


身体が宙へ舞い上がる。


築基後期の恐ろしい威圧が、泰山が頭上から崩れ落ちてくるかのように、一気に叩きつけられた。


「死にたがりめ!」


「今日、この場で魂を引き抜き、魄を練り上げてやる!」


轟――!


荒れ狂う霊圧が一瞬にして茶寮の木造の屋根を粉々に吹き飛ばした。


木片と砂埃が宙を舞う。


だが。


相手が動いた、その瞬間。


終夜も動いていた。


真正面からぶつかることはしない。


一歩。


足元から、極めて癖の強い歩法が繰り出された。


それは、青石鎮の外に残されていた残陣を読み解く中で導き出した変化の一つだった。


終夜の身体が、まるで形を持たない一陣の風のように滑る。


紙一重。


ほんのわずかな差で、正面から叩きつけられた霊圧をかわした。


そして。


いつの間にか指の間に挟んでいた古びた銅銭を、指先から弾き飛ばす。


銅銭は弧を描きながら坊市の通りへ飛んでいき――


そのまま、人目につかない場所に隠されていた陣眼へ突き刺さった。


「カチッ」


小さな音が響いた。


次の瞬間。


坊市全体を覆っていた防御禁制に、わずかな異変が生じた。


銅銭が介入したことで、張り巡らされていた霊気の流れに、目では捉えられないほど微かな断層が生まれた。


終夜の目が鋭くなる。


「晏清!」


「左、三寸!」


「――下盤を破れ!」


余計な言葉は必要なかった。


防御禁制に断層が生じた、その瞬間。


重装の女修が地面を蹴った。


その身体が、弾丸のように跳ね上がる。


重々しい長剣が空気を引き裂き、鋭い風切り音を響かせた。


一切の迷いもない。


後戻りすることもない。


その一撃は、一直線に執法の頭領の腰腹――


命門へと叩き込まれた。


――天剣宗の山門、その足元で。


血なまぐさい死闘が、突如として幕を開けた。

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