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世界を救わない契約者、神々に抗うための「引子」となる  作者: 亀


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第五章 弱者が強者を裂く、ひと筋の隙

荒れ狂う霊気の奔流が、荒野を蹂躙していた。


枯れ草と砂塵が舞い上がり、視界を覆い尽くす。


天剣宗の三人の築基修士は、最初からこれは一方的な殺戮になると思っていた。


だが――


目の前にいる二人の散修が、これほど鋭い牙を剥いてくるとは、誰一人として想像していなかった。


「気をつけろ!」


左翼の白衣の修士が叫んだ。


「この小僧、残った法陣を爆発させている!」


男の顔色が変わる。


慌てて剣を引き戻し、防御へ回る。


しかし――


ほんの一瞬、意識が逸れた。


その視界を、真っ赤な光が覆い尽くした。


晏清だった。


体内に残された僅かな真元を、ほとんど燃やし尽くすようにして――


その重剣を振り下ろす。


「――轟ッ!」


大地を割り、山を崩すかのような一撃。


重々しい剣身が、真正面から相手の護体霊罩へ叩き込まれた。


「――パリンッ!」


澄んだ破砕音が響く。


護体霊罩が砕け散った。


「ぐはっ!」


左翼の修士が血を吐き出した。


その身体は、糸の切れた人形のように吹き飛ばされ――


そのまま荒野の岩場へ激突する。


「ドンッ!」


大量の砂埃が舞い上がった。


そして――


動かなくなった。


「師弟!」


残った二人の修士が目を見開いた。


信じられなかった。


霊脈すら損傷しているはずの女修士が――


なぜ、ここまで命を捨てるような戦い方ができるのか。


だが。


「――余所見は、よくないな」


冷たい声が耳元で響いた。


「……!」


いつの間にか。


終夜が、霊気の乱流に紛れていた。


まるで幽鬼のように、もう一人の修士の懐へ入り込んでいる。


その手に握られた鉄剣には、刃がない。


それでも真元を注ぎ込まれた鉄剣は、もはやただの凡鉄ではなかった。


絶世の剣光など存在しない。


ただ純粋で、重く――


鈍い衝撃だけが凝縮されている。


狙いは、相手の脇腹。


そこにある気門だった。


「ふざけるな!」


修士が怒鳴った。


「たかが凡鉄一本で――!」


男は笑った。


そして反対の手を振り抜く。


「死ね!」


掌が、終夜の胸へ迫る。


互いに傷を負わせる。


その覚悟だった。


だが――


終夜の目には、何の動揺もなかった。


剣を突き出した、その瞬間。


彼の身体が、不自然な角度へ強引に捻られる。


僅か――


半寸。


それだけだった。


「――ブシュッ!」


掌風が終夜の肩を掠めた。


鈍い衝撃が走る。


「……っ!」


終夜が小さく息を呑む。


長衣が裂け、肩から血が滲み出した。


だが――


その代償として。


終夜の鉄剣は、何の抵抗もなく相手の護体真元を貫いた。


「な――」


次の瞬間。


鉄剣が、相手の肩甲骨を完全に貫通した。


「ぎゃあああああッ!」


凄まじい絶叫が荒野を切り裂いた。


戦況が、一瞬でひっくり返った。


三対二。


その圧倒的に不利だった状況は――


終夜の極めて正確な戦術と、


晏清の命を懸けた攻撃によって、


瞬く間に――


二対一へ変わった。


最後に残った、白衣の修士。


その顔から、もはや余裕は消えていた。


仲間が一人倒れ。


もう一人も重傷。


そして目の前には――


冷静すぎる男がいる。


まるで、戦場で起こるすべてを最初から計算していたかのような青年。


白衣の修士の声が、わずかに震えた。


「お、お前……一体何者だ……?」


「これほどまでに霊気の節点と戦況を掌握する力……」


「普通の散修にできることじゃない……!」


終夜は答えなかった。


ゆっくりと、敵の肩へ突き刺さっていた鉄剣を引き抜く。


鈍い切っ先から、赤い血が一滴。


二滴。


泥の上へ落ちていく。


終夜はそのまま、隣に立つ晏清へ視線を向けた。


彼女も傷を負っている。


それでも――


まだ真っ直ぐ立っていた。


終夜は、静かに言った。


「最後の一撃は、お前に譲る」


晏清が顔を上げる。


「覚えておけ」


終夜の声は淡々としていた。


「この世界で、他人に自分の首へ剣を突きつけさせたくないなら――」


「自分の手で、その剣を相手の胸へ突き立てるしかない」


晏清はしばらく黙っていた。


そして――


ゆっくりと息を吸う。


その瞳に、決意が宿った。


長い間、自分を縛りつけていたもの。


失った宗門。


死んでいった仲間。


そして――


自分自身の命。


それらすべてを背負うように、晏清は重剣を引きずりながら歩き始めた。


一歩。


また一歩。


絶望に染まった白衣の修士へ向かって。


しばらくして――


荒野は再び静寂を取り戻した。


夕陽が沈み始めていた。


血のような夕焼けが、荒野を赤く染める。


二人の影が、地面の上へ長く伸びていた。


終夜は肩の傷を見下ろした。


「……厄介だな」


そう呟くと、衣の端を一枚引き裂いた。


そして肩の傷へ簡単に巻きつける。


きつく結び、軽く動かしてみる。


まだ痛む。


だが、動けないほどではない。


三人の天剣宗修士を殺した。


戦闘そのものは、かなり早く片付いた。


しかし――


騒ぎが大きすぎる。


これほどの戦闘なら、天剣宗が気づくまで、それほど時間はかからない。


やがて――


もっと大規模な追跡が始まる。


そして、その手は因果を辿ってここまで伸びてくるだろう。


「……次は、どこへ行く?」


晏清が重剣を鞘へ戻した。


そして終夜を見る。


その声には――


本人すらまだ気づいていない、僅かな信頼が混じっていた。


終夜は振り返った。


遠くを見つめる。


雲と霧に覆われた山々。


まるで仙境のように美しい。


だが――


その奥には、白骨が眠っているような不気味な気配が漂っている。


終夜の口元が、ゆっくりと吊り上がった。


「天剣宗の山門へ行く」


晏清が眉を動かした。


終夜は遠くの山々を見つめたまま続ける。


「高いところから蟻を見下ろすのが好きな連中なら――」


「一度、自分たちが蟻になったとき、どうやって生き残るのか」


終夜の目に、わずかな愉悦が浮かんだ。


「――見に行こうじゃないか」

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