第二十三章 北境の果ての裂け目と同行者
天枢城から一路北へ。
荒涼とした荒野は、次第にある種の不気味な静寂へと変わっていった。
ここで吹き荒れる風雪は、もはや冷たい白ではない。
そこには、息苦しい鉛色が混じっていた。
大地には妖獣の骸骨すら見当たらない。
その代わりに広がっているのは――
まるで鏡のように結晶化した、異様な塩性荒地だった。
空気中に漂う霊気は、重く、粘ついている。
一度息を吸うたびに、細かな砂礫を飲み込んでいるような感覚があり、経脈の奥から針で刺されるような痛みがじわじわと湧き上がってくる。
「ここの法則は、崩れ始めている」
晏清が足を止めた。
わずかに息を切らしている。
身にまとった重甲は、極寒と異様な霊気による侵食を受け、かすかな軋みを上げていた。
その表面には、暗紫色の斑紋まで浮かび始めている。
強靭な肉体を持つ彼女でさえ、この北境の果てに近い禁区では、真元の巡りに明らかな滞りを感じ始めていた。
その前を歩いていた終夜も、足を止めた。
彼は手を伸ばし、一片の鉛色の雪を掌に受ける。
雪は溶けなかった。
それどころか、皮膚に触れた瞬間――
極めて微弱な、探るような因果の糸へと変わり、経脈の中へ潜り込もうとした。
だが、その糸が深く入り込むより早く。
終夜の体内で沈黙していた因果の残片が、かすかに震えた。
次の瞬間、その異質な気配は一瞬で捻り潰された。
「法則が崩れているんじゃない」
終夜は手を引いた。
その視線は、深く前方へ向けられている。
そこには、天地の果てを横切るように巨大な黒い雪山がそびえていた。
まるで天穹そのものを突き破ろうとしているかのようだった。
「上宗連盟の背後にいる、あの『棋手』が――」
「この網を回収しているんだ」
天枢城での戦いによって、韓無咎は殺された。
北境における商業と情報の中枢も、完全に打ち砕かれた。
だが同時に――
本当に高みに立つ存在の注意まで、引き寄せてしまった。
聞風者が旅立つ前に残していった情報によれば、北境の果てには、太古の時代から存在している観測施設があるという。
その名は――
「天幕之眼」。
上宗連盟が衆生を牧養し、世の修士たちの因果を刈り取ることができるのは、すべてその観測施設にかかっている。
そこから絶えず世界全体へ「規則」を送り込んでいるのだ。
「あとどれくらいで、そこへ着く?」
晏清は重剣を握り直した。
その目に退く様子は一切ない。
そこにあるのは、ただ冷たい戦意だけだった。
「前方の断魂谷を越えれば――」
終夜は淡々と答えた。
「天幕之眼の外周防衛線だ」
二人が再び歩き出そうとした、その時。
遠くの風雪の中から――
極めてかすかな音が聞こえてきた。
カチ……
カチカチ……
まるで、小さな歯車が回転しているような音だった。
次の瞬間。
風雪の奥から、澄んだ、それでいてどこか人をからかうような声が、何の前触れもなく流れてきた。
「無駄なことはやめたほうがいいよ」
「今の二人みたいに真元を半分以上も消耗した状態じゃ、断魂谷の入口までたどり着く前に――」
「『因果監察陣』に『不正データ』だって判定されて、直接消されちゃうからね。よそ者さん」
終夜の目がわずかに細くなった。
手にした鉄剣が、瞬時に半寸ほど鞘から抜かれる。
晏清も勢いよく振り返った。
重剣を胸の前に構え、護身の気場を一気に最大まで引き上げる。
風雪が徐々に晴れていく。
すると。
前方の雪丘に――
いつからそこにいたのか。
一人の痩せた人影が、斜めに寄りかかっていた。
十七、八歳ほどに見える少女だった。
継ぎ接ぎだらけの分厚い獣皮の長袍を身にまとい、頭には大げさなほど大きな古びたフェルト帽をかぶっている。
帽子が顔の大半を隠していた。
その手には、無数の歯車と黄ばんだ銅片で組み上げられた、奇妙な羅盤があった。
羅盤の針は――
狂ったように、終夜の腰にある古びた銅銭を指し続けている。
少女はゆっくりと顔を上げた。
そこから現れたのは、澄んでいながら、どこか狡猾さを宿した瞳だった。
そして、終夜へ向かって大きく笑う。
「自己紹介しておくね」
「私はこの荒野で一番腕のいい――」
「『漏洞清理工』だよ」
少女は手の中の奇妙な羅盤を軽く振った。
「二人とも――」
「天幕之眼まで、生きてたどり着けるっていう、この手元にある……」
少女の笑みが、さらに深くなる。
「内部情報、聞いてみない?」




