第十七章 天枢城の闇市と各勢力の駆け引き
天枢城の巨大な青銅の城門は、風雪の中で半ば閉ざされていた。
まるで太古の巨獣が、冷たく巨大な口を開いているかのようだった。
城門の両側には、普通の坊市にいるような、修為を厳しく検査する弟子たちの姿はない。
代わりに立っているのは、重甲を身にまとい、陰鬱な気配を漂わせる一隊の――
上宗連盟の「法執傀儡」。
そしてその周囲を、足早に行き交う無数の散修や魔修たちが取り囲んでいる。
誰もが警戒を怠らず、周囲を絶えず窺っていた。
空気には、粗悪な霊石を燃やした焦げ臭さ。
劣悪な酒の酸っぱい臭い。
そして血の匂いと、むき出しの貪欲さが混じり合った、独特の気配が漂っていた。
終夜と晏清は斗笠を深く被り、何食わぬ顔で城門へ流れ込む人の群れに紛れ込んでいた。
「外より、霊気がずっと乱れている」
晏清は腰の重剣へ手を添えた。
鋭い視線が、周囲の薄暗い路地や建物の陰を次々と走る。
そこには、二人の様子を窺う視線がいくつも潜んでいた。
「正道の上宗だけじゃない。魔修や、暗網の賞金稼ぎまでそこら中にいる。天枢城っていうのは、本当に骨までしゃぶり尽くす場所なんだな」
「秩序が崩れた混沌の地ほど、利益の交換は露骨になる」
終夜は前だけを見たまま、淡々と言った。
「天剣宗が滅びたという知らせがここまで届けば、各上宗も今頃は落ち着いていられない。みんな、あの『システムの漏洞』とやらを密かに探している」
わずかに目を細める。
「俺たちが探している情報も、北境の秘密も――この街の地下にある闇市に隠れている」
二人は迷宮のように入り組んだ、低い建物が並ぶ街路を抜けていった。
何度も曲がり、いくつもの細い路地を通り過ぎる。
やがて二人は、一見すると何の変哲もない地下の坊市の前で足を止めた。
だが、その周囲には幾重もの空間禁制が張り巡らされている。
入口には、青い鬼面に牙を生やした仮面をつけた闇市の店主がいた。
男は気だるそうに、手にした法器を磨いている。
終夜と晏清が近づくと、店主はゆっくりと片方の瞼を上げた。
そして、しゃがれた声で言った。
「見ない顔だな」
店主の手は止まらない。
「最近の天枢城は穏やかじゃない。外で懸賞金をかけられている『システムの漏洞』は、各上宗の闇榜で堂々の第一位だ」
仮面の奥の目が細くなる。
「二人とも――命を買うだけの切り札は持ってきたか?」
終夜は答えなかった。
ただ、何気なく懐から一枚の古びた銅銭を取り出した。
乾いた血の跡がこびりついている。
そしてその表面からは、かすかな上宗の禁制の波動が漏れていた。
終夜はそれを、そのままカウンターの上へ置いた。
――コトン。
銅銭が落ちた瞬間。
青面の店主の表情が変わった。
先ほどまでの気だるげな目つきが、一瞬で鋭くなる。
店主は銅銭を凝視した。
それから、ゆっくりと終夜へ視線を戻す。
喉が、小さく動いた。
「……なるほど」
低い声が漏れる。
「本物が来たってわけか……」
店主は短く笑った。
「中へどうぞ」
そして背を向ける。
「一番奥で――お前たちをずっと待っている奴がいる」
店主が壁にある機構へ、強く手を押しつけた。
――ゴゴゴゴ……。
重く鈍い轟音が地下へ響き渡る。
やがて、地下坊市のさらに奥に隠されていた暗門が、ゆっくりと開いていった。
その向こうから――
冷たく、そして強大な精神波動が、一気に二人へ押し寄せてくる。
終夜は動かなかった。
晏清もまた、重剣から手を離さない。
二人の前に広がる闇の奥。
そこには、まだ姿を見せない誰かがいる。
そしてこの瞬間。
盤上のさらに内側に隠されていた、もう一つの盤面が――
静かに、その幕を開けた。




