第十六章 北境の荒野と「天枢」の影
天剣宗の主峰での一戦以来、大長老の陥落と護宗大陣の崩壊は、修仙界全体を巻き込む巨大な嵐となった。
だが、北境の無秩序地帯に身を置く終夜と晏清にとって、外界の喧騒はすでに、厚い風雪の向こう側に隔てられていた。
云岚山脈を離れて北へ向かうにつれ、修仙界で知られる華やかな坊市や仙山琼閣は、次第に姿を消していった。
代わりに現れたのは、上宗連盟によって「禁区」と定められた荒廃した大地だった。
狂風が唸り声を上げ、冷たい黒い雪粒が混じっている。
それが、崩れ果てた荒野を激しく叩いていた。
ここでは、霊気すらもはや穏やかではない。
過剰に搾り取られたあとのような死寂と、荒々しい暴力性が漂っている。
地面の至るところには巨大な妖獣の骸骨が転がり、修仙者同士の戦いによる余波で大地そのものが焼き尽くされ、蒸発した場所には黒く焦げた塩類土壌の溝が幾筋も走っていた。
晏清は身に着けた重甲をきつく締め直した。
肩の傷が、厳しい寒さの中で鈍く痛んでいる。
彼女は凍土を一歩、また一歩と踏みしめながら、前方を見渡した。
そこには一年を通して灰色の霧に覆われた土地が広がっている。
晏清は低い声で言った。
「この速度なら、あと半日もあれば『天枢城』に着く。だが……道中ずっと、何かに暗く見張られているような気がする」
その半歩前を歩いていた終夜が、足を止めた。
すぐには答えなかった。
ただ、わずかに目を細める。
そして足元の雪へ視線を落とした。
そこには、極めて薄い霊力の痕跡が残されていた。
風雪に覆われ、あと少しで完全に消えてしまいそうなほど微かなものだった。
それは――
「因果監察使」特有の追跡印。
相手は大軍を直接送り込んできたわけではない。
まるで忍耐強い狩人のように、因果の網を辿りながら、二人の背後へ食らいついている。
「錯覚じゃない」
終夜の声には、波一つなかった。
「天剣宗の崩壊は、この網の一角を引き裂いただけだ」
彼はゆっくりと顔を上げる。
「本当にこの網を握っている連中が――『システムの漏洞』の存在に気づいた」
終夜は振り返り、吹き荒れる風雪の向こうへ目を向けた。
そこには、巨大な黒い影が隠れている。
北境の巨獣。
修仙界最大の闇市であり、同時に権力が交差する場所。
――天枢城。
そこは霊気豊かな名山大川に築かれた都市ではなかった。
太古の巨大な妖獣。
その巨大で恐ろしい骸骨に寄り添うように築かれた、異様な都市だった。
まるで荒れ果てた大地に一頭の鋼鉄の巨獣が蹲っているかのようである。
そこからは、一年を通して享楽に溺れたような華やかさと、同時に、骨の芯まで冷え込むような陰鬱な気配が漂っていた。
終夜は再び前を向いた。
口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
「向こうが因果の網で俺たちをここに縛りつけるつもりなら――」
彼は天枢城の黒い影を見つめた。
「こっちから、その網が一番密な場所へ潜り込んでやる」
風雪が二人の間を吹き抜ける。
終夜は歩き出した。
「今日からは、表に立って壊す側じゃない」
その声は静かだった。
だが、その奥にはこれまでとは違う鋭さがあった。
「――盤上にいる駒じゃない」
一歩。
雪を踏みしめる。
「俺たちは、盤上で手を動かす側になる」
北境の彼方。
灰色の霧に覆われた天枢城が、静かに二人を待っていた。




