第十二章 元嬰の威と、破局の死地
凶暴な元嬰期の威圧が、まるで実体を持つかのように一気に押し寄せた。
周囲数十丈に立っていた古木が、その恐るべき気勢に触れた瞬間、次々と粉々に砕け散っていく。
空気そのものが鉛の塊へと変わったかのようだった。
息をすることすら、ままならない。
大長老は虚空に立っていた。
金色の長衣が、吹き荒れる狂風の中で激しく翻っている。
濁っているはずなのに、鷹のように鋭い両目。
その視線は、終夜と晏清を一瞬たりとも離さない。
そこに宿る殺意は、今にも実体を持つ炎へと変わりそうだった。
「身の程知らずの蟻め」
大長老は怒りのあまり、逆に笑った。
「まさか、日の当たらぬところでこそこそと小細工を弄した程度で、数百年にわたって築き上げてきた天剣宗の礎を揺るがせるとでも思ったか?」
乾いた手のひらが、虚空を掴む。
瞬間。
天地の霊気が狂ったように集まり始めた。
轟音とともに、金色の元気が巨大な手の形を取っていく。
その大きさは、実に百丈。
天を覆い尽くすほどの金色の巨掌が、すべてを押し潰すような威勢をまとい、頭上から落ちてきた。
「老夫の前で、灰となれ!」
元嬰期の大能が全力で放った一撃。
その前に立った瞬間、境界の隔たりがあまりにも大きいことを、嫌というほど思い知らされる。
絶望感が、真正面から押し寄せてきた。
晏清の顔色がわずかに変わった。
体内の真元を一気に限界まで回す。
重甲に走っていた亀裂から、再び鮮血が滲み出した。
それでも、彼女は一歩も退かなかった。
両手で重剣を強く握り締める。
そして、天をも砕くような一撃を正面から受け止めようとした。
「下がれ」
終夜の声は、静かだった。
そこには一切の動揺もなかった。
金色の巨掌が二人の頭上三尺にも満たないところまで迫った、その瞬間。
終夜が一歩踏み出した。
晏清の前へ出る。
そして、その身を彼女の盾とした。
手にした刃のない鉄剣が、この瞬間、耳をつんざくような悲鳴を上げた。
終夜の体内に残された霊力が、もはや一切の出し惜しみなく燃え上がる。
その両目に浮かんだのは、冷たく鋭い光だった。
だが――
終夜は、金色の巨掌を正面から受け止めようとはしなかった。
すべての洞察力を、一点へ集中させる。
巨大な元気の掌が形を成す、その内部。
幾重にも絡み合う霊気の流れ。
その中に存在する、わずかな霊気の節点。
「見つけた……」
終夜の目が細くなる。
「気門は、ここだ」
次の瞬間。
その身体が弾丸のように飛び出した。
手にした鉄剣が、決死の鈍撃をまとって閃く。
狙いは、寸分の狂いもなかった。
金色の巨掌――
その掌の中心に生じた、ほんのわずかな霊気の渦。
鉄剣が、そこを正確に突いた。
「轟――!」
金色の元気で形作られた巨掌が、二人の頭上わずか三尺のところで轟音とともに炸裂した。
暴れ狂う霊気の奔流が周囲へと吹き荒れる。
岩壁は、その余波だけで一層削り取られた。
「ぐっ……!」
終夜が低く呻いた。
口元から、一筋の血が流れ落ちる。
身体が数歩後ろへ滑った。
鉄剣を握る虎口は完全に裂け、手のひらから鮮血が滴り落ちていた。
「ほう?」
大長老の目に、初めて驚きの色が浮かんだ。
「まさか、老夫の真元の節点を見抜いたというのか?」
だが、それも一瞬だった。
すぐに冷笑へと変わる。
「少しは面白い」
「だが――」
大長老の声が低くなる。
「蟻は、所詮蟻だ」
「境界の隔たりというものは、小賢しい知恵だけで埋められるものではない!」
言葉が落ちた、その瞬間。
大長老の姿が、突如としてその場から消えた。
「――!」
次の瞬間。
その姿は、終夜のすぐ横に現れていた。
あまりにも速い。
まるで幽鬼が虚空から現れたかのようだった。
一本の指が、終夜の眉間へ向けて突き出される。
速さは稲妻そのもの。
退路は、すべて封じられていた。
――死地。




