5 別人
──何もない部屋だった。
最初に思ったことだと、そう言うしかないだろう。
教えてもらった場所に行くと、そこは多きな建物の一部の部屋だった。
机も椅子も壁画はもちろんのこと、装飾品も、何もない。
しいて言えば、部屋の散乱した様子が、部屋を飾っていた。
人間の世界でいうぷーると同じくらいの広さだろうか?
壁から吊るされた鎖は千切れていて、その周りがクレーターのように凹んでいて、大きく抉れたところからヒビが広がった。
まるで、そこで誰かが吊るされていたような──
「……だれ?」
「っ」
(びっくりした………)
突然、上から降ってきた心地よい声に、思考が途切れた。
なぜなら、それはあまりにも聞き慣れた声だったからだ。
声がしたほうを向くと、シェリーシェが、元は窓のふちであろうところに座っていて、こちらを見下ろしていた。
「っ、シェリーシェ……」
「……」
「危ないだろう? そんなところに座って……落ちないようにしてな?」
自分の知っているシェリーシェと全く別の人に対面したようだ。
シェリーシェを表していた真っ白で光を受けて輝いていた綺麗な髪と羽は真っ黒に染まり、光沢がない。
でも、そんなことよりも、まず感じたのは安堵だった。妹がいるという事実だけで、ノアの心は落ち着いた。
そこから、慎重に言葉を選んでシェリーシェに向ける。
これは家族から言われたことだった。
『あの子の傷を抉らないように、慎重にね。もうこれ以上の苦痛をシェリーシェに与えないように……』
だが、そんなことだけでノアは喋ったのではない。妹はどんな姿をしても、大切な妹ということに変わりはない。
第一に声をかけたのだって無意識だ。
天使だとしても……回復力が高いとしても痛いものは痛い。怪我だけはしないで欲しかった。
「大丈夫だよ? 天使はそんな簡単に死なないじゃんか」
「……お前は誰だ?」
シェリーシェはそんなことを言わない。
闇落ちで自嘲気味に話しているかもしれないが、これは違うと、シェリーシェと過ごして来た日々と本能が訴えている。
──これは別の人だ。
全くの別人。体こそシェリーシェだが、中身は違う。
「……察しはいいみたいね。流石はシエシエのお兄様、というべき?」
『察し』……これが何よりの肯定だろう。
やはり、シェリーシェの中に違う人が入っている。一体どういうことだ?
でも、
「……シエシエ?」
誰だ……?
話の内容的にはシェリーシェのことを指しているのだろう。しかし、これほどに親しいというのか? シェリーシェを愛称で呼べるくらいに。
そう思うと、なんだかもやもやする。
俺の知らないところでシェリーシェとこんなに仲のいい人がいたなんて──すごく、妬いてしまう。
(俺たちの妹なのに……)
どうか、“シエシエ”がシェリーシェのことじゃないように──
長老だということも忘れて、柄もなく願ってしまった。




