28 真なる者:下
神威とは何か。
こうなってくると気になるのはそこだ。
『流転せよ』
体内に宿した九つのリングの力。
その全てで相生による循環を開始する。
一つ属性を経る度に、その力が膨れ上がっていく。
嘗て感じたことのない荒ぶり。
私の身体のあちこちで血が滲み出る。
限界が近い。
際限なく膨れ上がる力に身体が耐えられていない。
その魔力の高まりを感じ取ったのか。
ミノタウロスが絶叫。
いや、これはただただ只管の歓喜。
初めて相対した神威の迸りに、それに挑めることへの喜び。
『対立せよ』
生み出した力を。
打ち消し合っていく。
増幅した力がどんどんと、相克されて零へと落ちていく。
そのしぼみかけたところへミノタウロスがハンドアックスを振るって飛びついてくる。
横に飛んで回避するが、最初の様な余裕はもう無い。
地面を転がって受け身を取りながらの捨て身の回避。
自身の消耗もある。
だけどあいつが速くなっている。その成長速度がここに来て更に加速した。
『そして万象調和せよ』
体内で生み出された魔力が完全に虚無になって。
その空白を埋めるように一気に白の力が流れ込んでくる。
「あ……」
ゴリゴリと消しゴムをかけたように頭の中が白くなっていく。
二つの境界線を消して押し流すように。
神威とは即ちこれ。
今までも繋がりのあったアレから流し込まれる力。
覚悟していたが一気に塗り潰された自己認識に、吾は一瞬動揺した。
その一瞬の隙にハンドアックスが捻じ込まれる。
速度が緩い。大丈夫避けられる。
咄嗟の回避。先ほどと全く同じ動き。
それが誘い込まれた結果だと気付いたのは、鋭角に方向を変えた斧の刃が己の身体に食い込んでから。
「がっ……」
肺から息が漏れ出る。
電柱をなぎ倒し、車を吹き飛ばし、ビルの外壁を掴んでどうにか止まった。
危うく、自分で生み出した炎の壁に焼き尽くされるところ。
そんな死に方は間抜けが過ぎる。
「対象脅威度を計測……」
「っ!」
ミノタウロスから漏れた言葉。
急に静けさを取り戻した奴の眼は……どこを見ている?
どこか虚空を見つめる視線に嫌な予感を覚える。
「絶えず変わりて」
急がなくては。
ミノタウロスの動きから荒々しさが消えている。
淡々と目の前の障害を排除しようとする機械的な無機質さが見え始めている。
そう、この言動には覚えがある。
境界線が消えてしまって、もうどちらがどちらの記憶かも定かではないけれど。
ユニークモンスターの脅威は、どちらの記憶にも深く刻み込まれていた。
「――目標補足」
ぐりんと、ミノタウロスの眼球がこちらを捉えた。
「対象脅威度判定――Aプラス。7号監視ユニットより偵察ユニットへ通知。エラー。応答なし」
「世界を成せ」
力の方向性が定まる。
白い炎を燃料に、紅の炎を燃やす。
「神威解放」
奴が口を開きかけた。それ以上何かを言う前に。
その言葉を打ち消すように叫ぶ。
「紅蓮燎原、那須が原!」
瞬間世界が変わる。
吾の足元から広がっていく真紅の炎。
それが燃やしていくのは世界そのものの表面。
自分の色で、世界そのものを塗り替える一つの奇跡。
吾が生み出した世界は、全てを燃やし尽くす溶鉱炉の如き世界。
どこにいようと、どこに逃げようと、そして何であろうと。
ここにいるなら悉く灰に変えてやるという滅殺の具現。
それはあの白い力でさえ例外ではない。
「お前に力を与えているのも同じだな?」
この世界は吾の物。
ここで燃やしたものも全て吾の物だ。
だからこそ分かる。
あのミノタウロスが今受けている力も、吾に流れ込んできている力も同じだと。
「要請。偵察ユニットは直ちに統括ユニットの管理下に戻るべし。繰り返す偵察ユニットは――」
「煩い」
地面から立ち上る火柱。
音諸共燃やし尽くす炎。
聞きたくない。
自分が何なのか。
母が何をしたのか。
それに繋がる言葉なのは分かっている。
だけど聞きたくはない。
それを聞いたらきっと戻れなくなる。
吾という存在が定義されてしまう。
もう自分の中のどこからどこが人間でどこからどこがモンスターだったのかすら曖昧。
既に戻れる道なんて燃え尽きてしまった。
そうだとしても。
聞きたくなかった。
「お前はただ、ここで死ね。第七のユニークモンスター」
炎の柱の中から無傷のミノタウロスが出てくる。
確かに今、燃やし尽くした感覚があった。
この世界の中でそれを間違えることはあり得ない。
「7号監視ユニットから統括ユニットへ。偵察ユニット一基の処分を申請。これより投射を開始する」
正面からの宣言と同時。
背後から振るわれるハンドアックスを吾は振り返ることもなく燃やし尽くす。
「なるほど。やはり分身の類か」
これが神威解放前だったら一撃で終わっていたかもしれない。
細かな原理は分からないが、燃やした感覚からすれば完全な同一存在が生み出されるという能力。
「本体は別か? それとも全てが本体か? どちらでも構わないぞ」
きっと幾つも応用があるのだろう。
例えばそれが☆1の制約を受けていたとしてもきっと難敵だったに違いない。
「その正体が何であれ、どれだけの巨躯であろうと、どれだけ頑丈であろうと」
立て続けに表れていく分身を、全く同じ能力を持ったミノタウロスの軍勢を。
世界を広げた場所から一歩も動くことなく。
「悉く灰滅させてやる」
全てを白一色に変えていた。
一言でいえば相性が良すぎたのだ。
どこに分身しようとこの世界の中ならすぐに感知できる。
感知出来たらそこに最大熱量を叩き込む。
勝ち筋があるとしたら二つ。
この世界を壊すか。
それかこの炎に純粋に耐えきるか。
ミノタウロスにはそのどちらも出来ない。
流れ出る血が蒸発するほどの暑さ。
一瞬でミノタウロスを灰にするほどの熱量がこの地を紅蓮に変えている。
「ああ、面倒だ……」
分身を一体一体潰していたけど、燃やし尽くすまでには一瞬のラグがある。
その一瞬で新たな分身を作られ……といたちごっこだ。
燃やした力を取り込んでいる以上、負けはない。
が、長引かせてもつまらない。
だから。
「全部燃え尽きろ」
広げた世界を収束させる。
小さくなればなるほどに熱量は高まっていく。
「スーパーノヴァ」
決して逃げ場のない世界で100億℃の地獄が顕現する。
星の終わりに生み出される断末魔が、生まれたばかりのユニークモンスターを完全に焼滅させていく。
そして世界の中に自分一人となったのを確認して。
「あは」
吾は口元から溢れる笑みを抑えることが出来なかった。
「あっはははははは!」
ああ、本当に。
何を恐れていたのだろうか。
あれだけ苦戦して敵を一撃で屠る快感。
この力があればなんだって出来る。
仲間が欲しいなんて嘗ての吾は考えていたようだけど。
いらない、足手まとい。
吾一人居ればそれでいい!
敵が消えて、神威によって作られた世界も消えて。
それでも尚笑い続ける吾を止めたのは。
「拓郎!」
そんな、余りにちっぽけな存在からの声。




