24 遡った果て
遡っていく。
完全融合の中で俺が真っ先に感じたのはその感覚だった。
私という存在が戻っていく。生まれた時の、始まりの姿へ。
『だから……頼むよ蛍火。俺を、生き地獄に叩き落さないでくれ』
俺の記憶が戻っていく。
いや、これは私の記憶?
二つの視点の記憶が、入り混じり次々と流れていくのが分かる。
『自分の半分が死にゆくのをただ見てるだけなんて、無理だ』
記憶が高速で流れていく。
どんどんと過去に遡っている。
「走馬灯みたいですね」
ふと隣に蛍火を感じた。
いや、私の隣に主様がいる?
自認すらもあやふや。
「死にそうな時に見る物だっていうけどな」
そう言っているのも俺の口なのか私の口なのか。
今考えているのはどちらだ?
『なら、第一の下僕たる私が寝ているわけにはいかない……!』
誰かを守るために戦う。
自覚してしまえば余りに単純でそして。
私たちにとってはあまりに当たり前の事。
そう、その願いはきっと本能に根差している。
「きっと私達はそのために生まれた」
「本当に?」
それが俺と蛍火による対話なのか。
それとも私の自問自答なのか。
それすらも曖昧。
まるで夢の中で喋っているように、次の瞬間には違和感が消えていく。
『だけど今は、貴方の心も……いいえ、貴方の心こそを守りたい』
嬉しかった。
誰かが俺を守ろうとしてくれている事が。
誇らしかった。
私が誰かを守ろうとしている事が。
「でもこれは単に自分を守りたかっただけなんでしょうか」
「それは、違うんじゃないかな」
だが結果としてはそういう事になるのか。
だって俺は私で、私は俺なのだから。
『拓郎は、一人になっても大丈夫そう?』
何を言っているのだろうと。
何を見ているのだろうと。
「今さらですけど、緋鞠は自己評価低すぎるのではないでしょうか?」
「ホントにな。緋鞠様はもう少し自分が大事にされていると自覚した方が良いと思う」
あれ? と私は思う。
今考えた事。何かおかしくないだろうか?
認識がなんかこう……いや、おかしくないのか?
『貴方が私を呼んだ主様?』
そう。
こう言った時には二人だったはず。
だけど今はもう。
どちらが言ってどちらが聞いたのか分からない。
『だって、私達ずっと一緒だったんだから。最初から二人で一つみたいなもの。だから、今更何も変えなくていいんだよ』
その言葉に。
痛みがあった。
胸の内に生じた痛み。
それが何故生じたのか、分からない。俺には分からない。だけど俺には――。
二人で一つ。
それは今の私達。だけど、そこだけはほんの僅か、隠し事をされた気分。
更に遡っていく。
春が散り。
冬が融けて。
秋を通り越し。
夏。
『ここどこぉ?』
泣きそうな緋鞠の声が聞こえた。
それを聞いた私自身も泣きそうだった。
星明りすらない曇り空。
真っ暗な夜道を、俺達は歩く。どこに向かえばいいかも分からずに彷徨いながら。
実は同じところをずっとぐるぐるしている事にも気付かずに。
ほんの少し。
うっすらとでも灯りがあれば。
俺達は帰り着くのに。
そう思ったから。
じっと見ているだけの事が出来なくなったから。
私はあの一瞬飛び出したのだ。
本当はずっと一つだったはずなのに。
あの瞬間、俺達は俺と私になった。
『蛍だぁ』
泣きそうだった声が喜色に染まる。それを聞いて私は安堵した。
緋鞠の泣きそうな声は、とても辛かったから。
ああそうか。
俺を導いたのは私だったのか。
まだ戻っていく。
きっと、底の底。始まりの瞬間まで――。
『今、なんて言ったんだい。宮子君』
――知らない。
この記憶は一体なんだ?
『もう無理って。そう言ったの武雄さん』
知っている顔だ。
当たり前だ。
だってこの人は、俺の母だ。
それを、下から見上げている。
『この子を抱いた瞬間に、無理って思っちゃったのよ。計画を、進める事なんて出来ない』
何の話をしているのだろう。
これは何時の事なのだろう。
どうして、俺の中に俺が覚えていない記憶があるのだろう。
『計画主任の君が今更何を……』
『ええ。これが人の為になるって信じてた。その大義があればどんなことでも出来るって。本気でそう思ってたの』
そう言って母は俺の頭を撫でる。
小さな、余りに小さな手がその撫でる指を掴んだ。
――赤ん坊のころの記憶?
『でも無理よ。この子を、あの狂信者共のところに送る? 来るべき日の為に訓練させる? そんな事、私には出来ない』
『自分で産んで情が生まれたか』
『ええ。貴方と同じようにね』
小さく。息を呑む音が聞こえた。
『その子はいずれ、ヴァーテックスになる。奴と食い合う事になる。私の子がそうする。それを、武雄さんは認められるの?』
『ん……』
『困ったらいつもそれ』
そう言って母が小さく笑う。
『私は計画主任よ。うまく立ち回れば逆に全てを台無しに出来る』
『私が、それを上に報告しないとは考えないのかね?』
『ええ。だからこれは賭け。武雄さんが、あの子を見捨てられるなら……私の負け』
そんな母に小さな笑い声。
少し離れたところから――ずっと聞いていた様な、そんな笑い声。
『……大したギャンブラーだ』
『ええ。ここぞという時には全賭けするタイプなの』
……多分だけど、この背中を見ていたから私は無茶してたんだろうな、とそんな気がした。
『だが、今回は君の勝ちだな。具体的にはどうするつもりだ』
『シンプルな話よ。失敗したことにする。この子たちには何の適性も無かった。そう見えるように封印を施す。体内で分割して力を抑え込む』
『既に契約石は移植済みだぞ?』
『ええ。残り少ない契約石をね。だからこそ失敗の原因を慎重に調べる必要がある。安易に解剖なんてさせないように立ち回らないと』
そして原点。
「やっと、きた」
そんな背筋を震わせるような、恋焦がれていたような少女の声。
その存在感。近しい物は……みっちゃんと遭遇した時の物。
「早くあいつを私のところに連れて来て。早く私にあいつを喰わせて」
背後からぞっとするような冷たさと共に抱きかかえられたような。
そんな悪寒。
それを幾分か薄めればきっと、ダンジョンの中に飛び込んだ時の感覚になる。
決して振り向いてはいけない。
決して相手を見てはいけない。
本能が全力でそう警鐘を鳴らす。
「早く、早く早く早く」
相手の存在を認識したら最後。
きっと俺は狂気に落ちるのだと。
そう理解していた。
「早くしてね、私の愛しい契約者。じゃないと……我慢できなくなって全部食べちゃうから」
何よりも怖気が奔るのが。
この存在と私には確かな繋がりがあるのだと。
それが分かってしまう事だった。
「早くしてね。早く」
催促する声が遠ざかっていく。
背中に感じていた存在感が薄れていく。
そして。
俺は現実に舞い戻る。




