22 全力
「魔法融合!」
即座に切った一つ目の切り札。ウィンドブラストとストーンピラーとの融合。
僅か45秒しか持続しないそれを初手に選んだことに蛍火から微かな驚き。
――時間稼ぎなんて言っていられない。
この30秒の攻防で俺はそう結論付けた。
最大火力を当てて、こいつをこの場で打倒する。
それが出来なければ……この場にいる全員が死ぬだけだ。
融合の段階を上げていく。
何時かと同じ。意識だけではなく己の魔力を重ね合わせていく。
アイシクルタイガーには、この場を離れて緋鞠の保護を優先させた。
ジャイアントビートルは俺の足場だ。
蛍火の支援に全力を注ぐ俺が無防備にならないように逃げ回ってもらう。
その二つの指示を出して。
俺はもう後ろを気にするのを止めた。
緋鞠を救いたいと思うのだったら。今目の前に集中する以外の択はあり得ない。
「行くぞ」
岩の具足を身に纏った蛍火が疾風の如き速さでミノタウロスの懐に潜り込む。
体格差は真面目に考えるのも馬鹿らしいほどに歴然としている。
それでも、今の強化状態の蛍火は己よりも遥かに巨体な相手――スキュラを吹き飛ばした実績がある。
「はああああああ!」
気を吐きながら、蛍火の拳が振るわれる。
アッパー気味の一撃。
「ブースト!」
スリットから爆炎が噴き出てその拳を加速させる。
融合した呪文の支援で加速をプラス。
ミノタウロスの腹部――それも、アイシクルタイガーが刻んだ傷跡の上を全力で打ち抜く。
炸裂する爆音。命中した衝撃の強さを何よりも物語る。
だがその結果は。
「ぐっ……!」
手甲に罅が入る。
決して砕けない鋼鉄を殴りつけたかのような鈍い痛みが腕から広がってくる。
相性的にも有利な筈の攻撃が、効かないどころかこちらがダメージを負う始末。
それでも果敢に連撃を入れようとした蛍火が、空中で防御姿勢を取った。
うるさいハエを払うように。あまりに無造作なミノタウロスの腕の振り。
「ウォール!」
咄嗟に、その腕と蛍火の間に岩の壁を四枚展開。
その壁が障子紙の様に突き破られて、蛍火へと辿り着く。
しっかりと防御したにも関わらず、俺の全身まで届く衝撃。
「っ……エアクッション!」
ビルへと叩きつけられる直前。
圧縮空気を背後に生み出すことで着弾によるダメージは抑えられた……が。
たったの一撃。
それだけで蛍火は多大なダメージを負わされた。
「ふざけんな……!」
☆3から☆4の上り幅がえげつない。
☆3はまだ俺達の戦いの延長線上にあった。
だけどこいつは違う。まともに戦いが成立しない!
これが☆4。プロと認識されるCランク探索者が挑む相手。
考えなくては。
特殊な能力でも何でもない。ただただ純然たるステータスの差。
それを覆すにはどうする? 何がある?
……そう、だったらこちらも理不尽をぶつけるしかない。
「バックドラフト!」
初めて使った時と同じ。
疲労感を押し流すように身体に熱が宿っていく。
それが蛍火へと流れ、彼女は朱色の炎を羽衣の様に纏う。
二つ目の切り札。
かつてユニークモンスターをも燃やし尽くした、消えない炎。
これで奴を燃やし尽くす。
他に俺達に打てる手が無い。
(勝てるのか?)
一瞬、そんな考えが頭を過った。
それ以上の思考を断ち切るように、ミノタウロスが嘶きながらハンドアックスを振るう。
羽音めいた音と共に迫りくる死の塊。
それを蛍火は腕で受け止め、受け流す。
バックドラフトの強化。それによって可能になった防御。
それを見てミノタウロスは。
「ぶほほほほほほ!」
「……笑った?」
牛の表情は分かりにくいが……確かに今アイツは笑った。
嘲るような雰囲気ではなく、まるで面白い事が見つかったという様に。
歯を剝き出しにして全身の筋肉が唸りを上げて捻りあげられる。
振るわれる刃は直撃していなくても風圧だけで周囲のビルのガラスを叩き割っていく。
人型の台風。
そうとしか形容できない破壊の嵐。
その中に、蛍火が飛び込んでいく。
全身から風を吹き出し。
炎を棚引かせて。
舞う様に。
踊る様に。
生と死の狭間を泳いでいく。
風切り音の中で響く鈍い音は、蛍火が叩き込んだ拳や蹴りの音。
どこかそれは――祭囃子の中に混ざる太鼓の音の様で。
俺は蛍火の戦いに、篝火の傍らで捧げる奉納舞を幻視した。
いや。違う。
「――ここに万物の根源は火であることを証明する」
真実、これは神に捧げる奉納舞だ。
魔法融合。そしてバックドラフト。
その二つの強化を重ねた状態で蛍火は神威限定解放を使おうとしている。
瞬時に彼女の中に生まれ始めた力の手綱を握る。
格闘戦をしながらのこれは無謀も良い所。
だから詠唱はこっちに任せて……と言うつもりだったのだが蛍火の詠唱は止まらない。
二重詠唱。
普段よりも蛍火の中の力が高まっていくのを感じる。
暴走ギリギリ。
過去最大の力を、過去最大の難敵にぶつける心づもりだ。
……蛍火が限界を超えた無茶をしている。
だったら俺だって負けてはいられない。
生まれた極限の炎を魔法融合による風で増幅し、増幅した炎を土に流し込んで更に増幅。
その力を最大限に発揮し、且つあの頑強な体表を突破するには。
(ただ殴るだけじゃだめだ)
もっと鋭く。
その威力を奴の内部にまで届かせるほどに。
(針……いや、杭)
俺のイメージに合わせて蛍火の手甲が形状を変えていく。
その意図は共有された意識で過不足なく伝わる。
どこか、蛍火が小さく笑った気がした。
面白い事をするというような、どこか愉快さを含んだ笑み。
蛍火の打撃が当たるたびにミノタウロスは笑みを深めていく。
そのテンションに引き摺られるように奴の速度も上がっていく。
戦いを、楽しんでいる。
あんなモンスターでさえ今楽しんでいた。
(じゃあ俺は?)
今何で俺は戦っている?
緋鞠を守るため……ではなく。
どうして俺は探索者を選んだ?
忘れようとしていた疑問が、頭に蘇る。
その疑問を振り切るように叫ぶ。
既に蛍火は位置に――奴の心臓を狙い打てるポイントに辿り着いている!
「神威限定解放!」
九つの炎が手甲に装てんされる。
変形した形状は杭打機――即ち。
「ナインテイルパイルバンカー!」
神威の炎を宿した岩杭が、撃ちだされていく。
ミノタウロスの胸板。
その下にある心臓を抉り穿つ為に。
立て続けに打ち込まれていく杭。
鮮血が飛び散っては蒸発していく。
効果がある。
奴の体表を貫いて出血を強いることが出来ている。
だけど。
先ほどと同じように体表に陽炎が揺らめく。
あの大爆発。
奴の奥の手。
それを出される前に仕留めたかったが……間に合わないか!
(離脱だ!)
蛍火の速度ならば、爆発前に安全圏に逃げられる。
だがしかし。
(いいえ!)
蛍火から返って来たのは否定の意。
(ここで仕留めきります!)
限りなく一体化した意志の中で。
蛍火の決意が固まったのが分かった。
魔法融合の残り時間は5秒。
ここで離脱したら再アタックのチャンスはない。
奴を仕留められるのは今しかない。
だから蛍火は賭けに出た。
だったら俺も。
「ストレングス!」
胸板に突き刺さった杭へ更なる一押しを。
そして――。
爆発。
ジャイアントビートルの背からも吹き飛ばされて地面を転がりながらも俺は爆心地に目を向ける。
クレーターの様に抉れた道路の真ん中で。
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
勝ち誇る様にミノタウロスが咆哮していた。




