21 30秒の攻防
その接近は、人ならざる感覚など無くても分かった。
離れたビルが倒壊していく。
一棟二棟とボーリングのピンみたいに倒れていくビルが、奴の移動の痕跡。
「蛍火戻れ! 全員走って!」
先の安全は確保できていない。
だが、どんなモンスターが居ようとも。こいつよりはマシだ。
「拓郎は!」
緋鞠の背を押しながら俺は答える。
「後から行く!」
相手の速度。ビルを突き破りながら進んできているのに俺達が走るより速い。
足止めをしないと追い付かれる。
……いや、足止めで何とかなるのか?
こいつをショッピングモールのシェルターまで連れて行ってしまったら、そのままシェルターを破るのではないか。
蛍火が急速に接近してくる――だけど、こいつの方が速い!
「行け!」
緋鞠と、ストーンゴーレム双方へ俺はそう叫ぶ。
次の瞬間、ビルを突き破って巨体が通りへと飛び込んできた。
牛の嘶きめいた咆哮と共に現れたのは、牛頭の巨躯――ミノタウロス。
四階建てのビルよりも高く、通りを埋め尽くすほどの横幅。そして離れていても感じる熱気。
手にしたハンドアックスは刃だけで人間よりも巨大で、そして血に濡れていた。
そいつの第一撃をストーンゴーレムが受け止める。
両腕を交差させてのガード。
俺の手持ちの中で最も耐久力があるモンスターの防御態勢。
だというのに。
「腕が……!」
たったの一撃で腕が半ばから断ち切られそうになっている。
それだけじゃない。振り下ろされたハンドアックスの一撃の重さに耐えきれず、膝をついて尚地面へと押さえつけられている。
アスファルトの道路が一瞬で陥没して沈み込む。
「☆3どころじゃない。こいつは☆4か!」
アイシクルタイガーがミノタウロスの側面に回る。
奴は、反応できていない。アイシクルタイガーへと視線さえ向けられていないのはいい意味での想定外。
このチャンス。逃すわけにはいかない。
今の一撃から、ハンドアックスを再び振り回す時間は与える物か。
ストーンゴーレムも腕が立ち切られかけたのならばと自ら刃を嚙ませるように捻り、ハンドアックスを抑え込む。
無防備な脇腹。そこへアイシクルタイガーの爪が突き刺さる――が、悲鳴をあげたのはアイシクルタイガーの方。
フレイムオーガで合っても防御が必要だった攻撃が効かないどころか、攻撃した側の鉤爪が砕ける理不尽。
「何かの能力か?」
そう疑ったのも一瞬。
違う。
「ただ、相手の防御力が高いだけ……!」
ギミックでも何でもない。
ただただ純然たるステータスの差!
反応できていなかったんじゃない。
反応する必要もなかっただけだ!
再びの咆哮。
全身の筋肉が倍になったかのように膨れ上がる。
更なる力を込められたハンドアックスは、いよいよストーンゴーレムの両腕を断ち切って、肩口へと突き刺さる。
そこでストーンゴーレムは戦法を変えた。
自分に深く刃が食い込むのも厭わずに、重さに耐えながら一歩踏み込み。
相手の重心を狙って肩からのタックル。
力では相手の圧勝。
だけど体格と、そして重量ならば決して負けてはいない。
渾身のぶちかましにミノタウロスは足元を踏ん張って耐えようとし――。
「フロスト!」
そのタイミングで地面を凍らせた。本体に凍結を仕掛けたところで恐らくは秒で突破される。
しかし足場を滑りやすくする。それならばどうだ?
狙い通り。ミノタウロスは堪え切れずに仰向けに引っ繰り返る。
蛍火はまだ来ていない――そう、まだ遭遇から30秒が経過していない。
だがこのチャンスは逃せない。
「魔法融合! フロストクロー!」
フロストは今使ってしまった。
故にアイアンエッジのみ。
砕けた爪を覆うように鋼の鉤爪が生成される。
金から水への相生。
高まった水の力による一撃。
「通れ……!」
先ほどは刃が立たなかった一撃が、今度は通った。
引っ繰り返った奴の胸板に三本の裂傷が刻まれる。
行ける。
このまま奴が体勢を立て直すまでに追撃を加えて蛍火との合流までを凌げれば……!
一瞬見えた希望。
それが蜃気楼でしかなかったと次の瞬間理解させられた。
アイシクルタイガーの唸り声。
突き刺した鉤爪が抜けない。
隆起した筋肉が、出血を止め、そして鉤爪を抜くことを妨げている。
実質的にほぼノーダメージ。
それだけじゃない。
奴の身体の表面が揺らいで見える。
(なんだ……? まさか、熱気?)
そこまで考えが至った所で、待機させていたジャイアントビートルに飛び乗る。
「離れろ!」
指示を出すよりも早く、ジャイアントビートル自身の本能で既に飛翔し始めている。
次の瞬間。
背後で爆発。
後ろから迫った閃光で目が焼かれそうになり。
追いかけて来る衝撃が、ジャイアントビートルと俺を木の葉のように飛ばした。
辛うじて、ビルの屋上に引っかかって止まる。
「くっそ……」
呻きながら体を起こして、爆発元の辺りを見る。
やはり、と言うべきか。爆心地はあのミノタウロス。
倒れ伏した状態で、全身から熱を発したのか?
第三研究所ダンジョンは完全に炎系で統一されたダンジョン。あのミノタウロスも例外ではないと思い至るべきだった。
至近で爆発を食らったストーンゴーレムとアイシクルタイガーは……。
「いた。だけど……!」
ストーンゴーレムは全身罅だらけ。痛覚の無い存在とは言え、あれでは立ち上がるのもままならないだろう。
召喚解除するしかない。
アイシクルタイガーは……ギリギリのところで爪を外せたらしい。
全身焦げ跡を付けているが、どうにか自らの足で立っている……だけど、どこまで戦えるか。
そしてミノタウロスは。
「無傷……」
自分の毒で死ぬ毒蛇が居ないように。
自らの爆発で傷を負うことなどありえないという様に奴は立ち上がっていた。
どろどろに溶けたアスファルトの臭い。
そこへ自らの足跡を刻み込みながら。
「主様、ご無事ですか!」
そこで蛍火が合流する。
30秒経ったのだと気付くのと同時。
たったの30秒しか経っていなかったのかという絶望。
他の人が避難した方を見る。
まだ、全然離れていない。
今の衝撃を受けて転倒した者たちもいる。
時間稼ぎをしないといけない。
だけど後どれくらい稼げばいい? どれくらい、稼ぐことが出来る?
スペルリングの一つが熱を発し始める。
見なくても分かる。そこに嵌めているリングは――バックドラフト。
俺が望んだ、どうしようもない危機的状況を引っ繰り返す為の切り札。
それが発動条件を満たしたという事は即ち。
俺自身がバックドラフトがあってもこの場を凌げないと。
そう認識している事の何よりの証明だった。




