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20 1キロメートルの地獄

 この場にリーダーはいない。

 避難してきて、ダンジョンに逃げ込んだことで生き残った人たちの群れ。

 

 自然ここで唯一力を持っている俺に視線が集まった。

 

 進むも退くも地獄。

 だったら俺は。

 

 暫し考えた後、口を開く。

 

「他の探索者グループが防衛しているシェルターがある。そこへ向かおう」


 ここでじっと待つという選択肢。

 多分それは楽だ。

 

 運が良ければもうモンスターが来ない可能性もある。

 

 だがここは氾濫元となった第三研究所ダンジョンに近すぎる。

 必然、モンスターが多く通過する場所でもあった。

 

 ここに運の良さを期待するのは、正直厳しい。

 

 元々が五人でシェルター内にいた数百人を氾濫領域外まで移動させるのが難しいという判断だったのだ。

 ここまで数が減って、隣のシェルターまでなら俺一人でも移動させられるかもしれない。

 

 最寄りのシェルターは、400メートル。

 徒歩五分のわずかな距離。

 

「……遠いな」


 その時間で、モンスターと一切遭遇しない可能性はどれくらいか。

 そしてもう一つ。

 

 向かう先のシェルターが無事である可能性。

 それについても考えずにはいられない。

 

(蛍火に偵察に行かせるか?)


 蛍火の移動速度ならば……恐らく往復で一分程度。

 そこが潰れていたら、別のシェルターへ。

 

 融合していれば意識は通じている。

 問題はその制限距離だ。流石に400メートルも離れた事は無い。

 

「頼めるか蛍火」


 頷いてくれるものばかりと思っていたが、予想に反して蛍火は渋い表情を浮かべる。

 

「主様の元から離れるのは……危険に思えます」

「そうかもしれない」


 蛍火の意見を俺は素直に認めた。

 

「蛍火が全力なら30秒で戻ってこれる。だけど言い換えれば30秒は蛍火抜きでの戦いだ」

「☆3相手なら、きっと持ちこたえることは出来ます。ですがもしも☆4と遭遇したら……」

「そうならないように、蛍火を先行させるんだ。この役目はお前以外には頼めない」


 偵察役として今最も適任なのは蛍火なのだ。

 小柄で見つかりにくく、素早い。万一モンスターに単独で見つかっても俺達とは反対方向に誘導して振り切ることもできる。

 そして何より、融合による意識共有。それによって離れた場所の情報をリアルタイムで受け取れる。

 

 俺のパーティの他モンスターじゃこうはいかない。

 

 そう理を説いてみるのだけど、妙に今回は渋っている。

 珍しいな。

 

「何か別の懸念があるのか?」

「いえ、そう言う訳ではないのです。ただ」

「ただ?」


 蛍火は口を開きかけて閉じ。暫し間を空けて結局開いた。

 

「嫌な予感がします」

「不穏な気配があるって事か?」

「そうではなく……本当にただの予感なんです。何か良くないことが起こりそうというか」


 曖昧とした言葉は蛍火自身も自分のその考えを扱いかねている様だった。

 

「まあ大変な事が立て続けに起きてるからな」


 嫌な予感の一つや二つもあるだろう。

 そう片づけたいのだが、蛍火の表情は真剣だ。

 

 ……考えてみるが、やはり蛍火を先行させる以上に良いアイデアは思いつかない。

 もう一つ挙げるならば、蛍火とアイシクルタイガーを使ったピストン輸送だけど時間がかかりすぎるな。

 

 精々同時に運べるのが2人程度。

 流石にジャイアントビートルとストーンゴーレムだけじゃ☆3相手に時間稼ぎも厳しい。

 

 と考えると俺は常にモンスターと共に行動することになって。

 

(結局運べるのは一人か)


 全員運び終わるまでに30分近くかかる。論外だ。

 

 後は、緋鞠だけ先に運んで残りを誘導していくというプランもある事にはあるが……。

 

 緋鞠がそれを承諾しない。

 仮に彼女の意思を無視して無理やり連れて行ったとしても。

 

 緋鞠はきっと自分・・を責める。

 自分のせいで、俺にそんな非道な事をさせたと。

 

(……内罰的なんだよな)


 自分が泥を被ることで解決するならばそうする。

 根底にあるのは……己に対する過小評価なのだろうか。兎に角、自分の価値を低く見積もっている。

 

 だから他人を優先する。

 そうしなくてはいけないと、思っているかのように。

 

 氾濫直後の緋鞠との口論で、漸く俺はそれを理解した。

 

 そんなこと、無いのに。

 

 瞑目して息を吐く。

 決めた。

 

「やっぱり今の形がベストだと思う。偵察を頼む。蛍火」


 かなりやばい状況だが少しでもベストを目指したい。

 今はここにいる全員を生き残らせることだろう。

 

 不安を隠せないながらも、蛍火はそれに頷いた。

 

「分かりました……何かあったらすぐに呼んでくださいね」


 手短に目的地の認識を合わせる。一つがダメでも二つ目、三つ目と複数の候補を。

 送り出してからも、何度も何度も振り向いて不安げにこちらを見ていた。

 

(モンスターの勘か)


 果たしてどこまで当てになる物なのか。

 

 そんなことを考えている間に、蛍火から意識が伝わってくる。

 

「……ダメか」


 最寄りのシェルターも破られていたらしい。同時に、近くに探索者らしい気配もないとのこと。

 一体、幾つのシェルターがやられたのか。

 

 そしてもう一つ検討すべき事項がある。

 

 この近場のシェルターがやられたのと、こっちのシェルターがやられたの。どっちが先だ?

 

 それはつまり探索者を壊滅させたモンスターの進行方向。

 向こうが先で、こっちが後ならば良い。このまま蛍火を先に進ませてもう一つ先のシェルターに行く。

 だけど、逆なら? 俺達は強力なモンスターのいるところに近寄ることになる。

 

 いっそ離れるべきか?

 外縁に近づけば近づく程モンスターは散るだろう。

 残った探索者からも離れることになるが……。

 

(くそっ……)


 悪態を一つ。

 どんな選択肢を選んでもきっと後悔するだろうなと言う予感の元。

 

「3番目の候補を偵察してきてくれ、蛍火」


 それは約1キロ離れた場所。

 ショッピングモールの地下シェルター。氾濫領域で最大のシェルターであり、同時に。

 

「あそこは防衛線のチームと遊撃チーム二つが守ってる。そう簡単には落ちないはずだ」


 今最も安全の確率が高い場所だ。

 総勢十人の探索者による戦力は☆4モンスターであっても簡単には突破できない。

 そう信じるしかない。

 

「皆さん、ある程度先までの安全が確認できました。移動しましょう」


 声をかけて、24人が移動を始める。

 緋鞠が駆け寄ってきて小さく囁く。

 

「お願いだから、無理しないで」

「今は、無理をするべき時だと思う」


 そうしなければ何も守ることが出来ないのだから。

 

 約1キロメートルの逃避行の幕開けだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「へえ、まだ生き残りが居たんだ。そして私の推しも健在と。素晴らしい! この試練の中、まだ生き延びているとは!」


 遠くから、拓郎たちが移動し始めたのを見てアダムは歓喜の声をあげる。

 そこでふと思い出したように、手元のナイフを足元に投げた。

 

 小さくうめき声をあげていた影が静かになる。

 

「さて、これで逃げ出そうとした連中は全部かな?」


 彼の足元に転がっている死体、死体、死体。

 

 ――菅沼の案に反対して逃げ出そうとした探索者たちの末路だった。

 

「困るんだよね。中の情報を持ちだされちゃ。しかし根性ないね君たち。少しは兄弟を見習ってほしい物だ」

 

 そう言いながら、アダムは拓郎へと視線を戻す。

 

「さて兄弟。だけどそっちは地獄だよ? もしかしたら知らないのかな? 氾濫したダンジョンからは――ダンジョンマスターが出てくることもあるって」


 拓郎が進む先。

 そこにいる強大な存在を感じ取ってアダムは身震いする。

 

「ああ素晴らしい。まさしく使徒へと至れる器。まあ、こうして外に出て来てしまうのは少しばかり想定外だが……問題はない。そのおかげでダンジョン内の生存者は急激に数を減らしているのだから」


 或いは、ダンジョンマスターも本能で感じているのかもしれない。

 これが己の力を高めることに繋がると。

 

「ああ、楽しみだ。果たして私の推しは生き延びられるのか! 願わくば、私との戦いで見せてくれたような輝きをもう一度!」


 それが自分たち天球会の計画を打ち砕くことを意味すると理解しながらアダムは笑う。

 それは正しく狂人の笑みだった。

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