18 二体目のユニークモンスター:下
仮に。
奴の空間転移が無条件にどこにでも飛ばせるのだとしたら。
「俺達は今ここにいない……!」
上下左右と絶叫マシーン張りに揺れるアイシクルタイガーにしがみ付きながら俺はそう叫ぶ。
あんな鋏で最強の矛、なんて言っていないで問答無用でどこかに放逐すればそれで済む話だ。
条件があるのは確定。
なら次に探るべきは。
舌を噛みそうになるので、意志だけで蛍火に伝える。
デカいの一発。
カニ怪人は今俺を集中的に狙っている。
蝶人に比べると随分と素直……というよりも分かりやすい奴だ。
俺の意を汲んだ蛍火が、一際大きな炎弾を放つ。
その一撃も、影も残さずに消えた。
なら。
「スパイダーウェブ!」
地面から伸びた蜘蛛の糸が全身絡みつこうとし、しかしどこへ辿り着くでもなく宙へ力なく舞う。
僅かに、数センチ。
奴の身体に届かなかった。
つまりそれがあいつの守りの境界線。
その辺りから攻撃を別の場所に飛ばしている。
……その範囲を大きく超えた攻撃はどうだ?
思いついた作戦を、蛍火とアイシクルタイガーへ一体化した意識で伝える。
即座に実行だ。
しがみ付いていたアイシクルタイガーの毛皮から手を放して、俺は宙に放り出される。
それを、地面へ転がる前に蛍火がキャッチ。
「無茶しないでください!」
「無茶しないとユニークモンスターには勝てないだろ?」
アイシクルタイガーと蛍火の役割のスイッチ。
今度は蛍火が俺を抱えて逃げ回り、アイシクルタイガーがオフェンスだ。
入れ替えた理由はシンプル。
蛍火には出来ない、大質量での攻撃をブチかます為。
フリーになったアイシクルタイガーが咆哮と共に氷を生成し始める。
広間に肌を刺すような冷気が満ちていく。
生み出された、カニ怪人の全長を超えるような氷の槍。
だが、俺を狙い続けている奴は気付かない。
随分と単調……いや、或いはそれがユニークモンスターの性格か?
そもそも蝶人と違ってこいつの能力は力押しで相手を倒せるような類だ。
能力と性格も結びついている? 流石にそれは考えすぎか。
確かなのは、この間抜けは自分を狙っている攻撃に意識を向けていない。
「やれ!」
巨大氷槍がカニ怪人へと放たれる。
その一撃は寸前で気付かれた。
奴の取った択は――迎撃。
最強の矛である鋏で真っ二つに切り裂いたのだ。
二つに分かれた氷が、広間を滑っていくのを見て。
俺は低く呟いた。
「やはり受けなかったな?」
あれが真実、最強の盾ならば迎え撃つ必要はない。
ただ悠々と受け止めればいい。
なのに、今もさっきも鋏で迎撃を選んだ。
その行動は何より明瞭に奴の弱点を語っていた。
即ち。
「シンプルに重量制限か? それとも飛ばす空間の外に質量があったら飛ばせないのか? ……どちらにしても質量攻撃か」
再び、蛍火とアイシクルタイガーがスイッチ。
宙へ投げ出された俺を、アイシクルタイガーが親猫が子猫を咥えるように首筋を牙付きの口で摘まんでいく。
「魔法融合!」
定番の組み合わせ。
ストーンピラーとウィンドブラストによる土の属性を最大限に強化する。
土の手甲と脚甲を纏った戦闘形態。
40秒のカウントダウンが始まる。
(瞬間移動も凡そ予想が付く)
空気とわずかな塵以外なにもない目の前の空間を飛ばす。
本来あったはずの距離が無くなったから見た目瞬間移動に見えているだけ。
あいつ自身は一切動いていない。
だから。
こんなことをされると困るだろう?
「ピラー!」
俺の声と共に、細い柱が広間のあちこちで立ち上がる。
蛍火の足場兼、盾兼、奴への妨害。
さっきまでバンバン使ってきていた瞬間移動を途端に使わなくなるのは分かりやすい。
苛立ったように鋏で柱を断ち切っていく。
これが駆け引きならばたいした役者だが――もう遅い。
柱を駆けのぼり、蛍火が宙を舞う。
「ギガンテス!」
蛍火の手甲が先ほどのアイシクルタイガーの氷に負けないほど巨大になる。
まさしく巨人の一撃。視界を覆いつくすような拳。
盾は破れる。
だが――まだ奴には矛が残っている。
全てを切り裂く最強の鋏。
それでカニ怪人は巨大な拳を蛍火諸共切り裂こうとする。
鋏が、閉じられた。
巨大な拳は真っ二つになり、そこから伸びていた蛍火も真っ二つになる。
筈だった。
きっとカニ怪人からは急に蛍火が消えたようにしか見えていないだろう。
だが俺の位置からはバッチリ見えている。
巨大な拳を目隠しにして、その陰で風を駆使して横合いへ回り込んでいた姿を。
狙うは、閉じられた直後の鋏。
それを真横からの拳が叩き折る。
右側に死角が生まれた。
鋏を喪った右腕は最早、迎撃の役に立たない。
その大きな隙を蛍火は逃さなかった。
「メテオインパクト!」
十分な大質量でのつるべ打ち。
一発では奴の甲殻は打ち砕けない。
だが二発なら?
それが耐えられても、三発目、四発目。
五発目まではカニ怪人も耐えた。それだけでも大したもの。
だけどそれで終わりだ。
甲殻が砕け散る。
残り四発は空間隔離と甲殻という二つの盾を失ったカニ怪人では耐えられなかった。
「全監視ユニット本体へ通達……危険因子を確認。統括個体へ対処方針の策定を要求……」
その言葉を言い残して。
カニ怪人も消えていく。
蝶人の時と同じだ。
「監視ユニット本体に、統括個体か……」
分かっていたことだけど、こいつらやっぱり本体じゃないんだな。
そして新たに出てきた統括個体という言葉。
「ユニークモンスターのリーダーでもいるのか?」
「主様、ご無事ですか?」
「見ての通りだ」
アイシクルタイガーに咥えられたままの俺の姿を見て蛍火がクスリと笑う。
「しかし、みっちゃんとやらのところには今回もいけませんでした」
「次はがっつり融合した状態で試してみるか……」
「良い案かと。にしても」
カニ怪人がいたあたりを見て。
「このユニークモンスターとやら。妙に弱かったような……」
「やっぱりそう思うか?」
レベル差があったのは事実。
ある程度の情報や準備があったのも大きい。
だがそれを加味しても奴の行動は妙に単調というか……。
「全部を出し切った感じがしなかったな」
蝶人の鱗粉の様な別の初見殺しも無かった。
空間隔離の情報はデカいけど……別の手を温存したままこちらの情報を抜き取られたような感じだ。
「……一先ずその事については後で考えよう」
はっきりと言えば氾濫中に考えるような話じゃない。
というかキャパオーバーだ。今すぐにユニークモンスターと再戦するのではないから後回し!
「とりあえず外に出よう。神崎さんとかにダンジョン攻略が完了したって知らせないと」
緋鞠の無事も早く確認したいしな。
ダンジョン攻略になんやかんや18時間かかった。外でも二時間近くが経過しているはずだ。
第一防衛線から準備していた第二防衛線まで下がってる頃合いかもしれない。
そんなことを考えながら転移門を潜って。
俺は自分の考えがあまりにも甘かったことを悟った。
「……え?」
空が見えた。
地下に埋まっているハズのシェルターから空が。
「これは……っ」
隣の蛍火の声も震えている。
シェルターが無かった。
そこにあったのは瓦礫の山。
ゆっくりと周囲を見渡す。
モンスターの侵入を阻むはずのゲートは無残にも引き裂かれていた。
壁にはダンジョンに入る前にはなかった赤黒い染み。
まだ乾ききっていないそれはゆっくりと流れ落ちている。
そして天井が無い。
地上と繋がって陽の光が俺達に注がれている。
「……緋鞠?」
どこか幻想的な光景の中に、地獄が顕現していた。




