16 みっちゃん再び
蛍火は? そう思って横を見ても、誰もいない。
……しまったな。手をつなぐだけじゃなく、融合状態で試す方が良かったか?
「さて、今回はどこから来たのかな? 20、30? まさか40層なんてことがあったりするのかな?」
「いや、10層だけど」
どこか楽しげだったみっちゃんの表情が一瞬固まった。
(呆気にとられた表情は緋鞠に似てるな)
そして再起動。
傲然とした上位存在仕草に戻る。
「前回と一緒じゃないか。何をやっているんだ君は」
「そう言われても……こっちにも色々と事情があるんだよ。そもそも、普通に☆2ダンジョンクリアしてもここに来れないのが悪い」
別に俺だって遊んでたわけじゃないと主張すると嘆かわしいと言わんばかりにみっちゃんは首を横に振った。
「やれやれ。これでは前回と話せる情報量としては大差ない」
「その前回みたいに妨害が入る前にさっさと話そう」
前回と同じなら、ユニークモンスターが出現するまでの猶予はほんの数秒間。
意識だけが切り離されたこの空間であっても十分かそこらしかない。
聞きたいことは山ほどあるんだからさっさと話しを進めよう。
前に会った時から聞くことは決めていた。
「まず、みっちゃんと接触するにはどうすればいい? 必ず会えるわけじゃないんだろ」
「そうだね。相性の良いダンジョンとしか私は繋がれない。或いは、60層より深ければ確定で会えるはずだよ」
「……待って、60層以上のダンジョンがあるのか?」
現在確認されている☆6ダンジョンは推定、60層にダンジョンマスターがいると考えられてきた。
だけど、まだそこまで到達した探索者はいない。
6つの☆6ダンジョン。六大ダンジョンの攻略は探索者連合の悲願でもある。
「あるよ。具体的にどこかは言えないけどね」
つまり☆7ダンジョン……その存在に組合は気付いているのか?
困った。ドデカイ情報だけどこれ、どうやって組合に信じてもらえばいいんだ?
いいや。氾濫とか全部終わってから考えよう。
「こっちからも聞きたいね。まるで今回妨害があるのが分かってるみたいじゃないか」
「こっちも色々あってね。ユニークモンスターの出現は予測できるんだよ」
「ほー。人もなかなかやるものだね」
凄いぞ寝屋。お前このよく分からん上位存在面した奴に褒められてるぞ。
「で、その相性の良いダンジョンってのは? 外から分かるのか」
「分からないだろうね。ああでも。ユニークモンスターを検知できるならもしかしたら分かるかもしれないよ?」
む、って事はこれも寝屋案件か。
嬉々としてダンジョンへデータの収集に走りそうだ。
「二つ目だけど、これ、どうにかならないのか?」
そう言って俺はバックドラフトの指輪を示した。
「ああ。前回の契約の。役に立ったかい?」
「無きゃ死んでたけど、使い勝手が悪すぎる」
「そう文句を言われてもね」
腹の立つ仕草で、みっちゃんは俺の抗議を鼻で笑う。
「私の契約によって得られる力がどう発現するかは、契約者の性質次第だ。君がどういう力を望んだかって話さ」
「む……」
つまり、バックドラフトが使いづらいのは俺がそう望んだからって事か?
……いや、確かに有り得る。
どうしようもない、逼迫した状況。
そんな時でも全てを燃やし尽くしてひっくり返せるような力が欲しいと。
そう願ったことは一度や二度ではない。
「つまり君がそういう力を求めるのに面倒くさい事を考える人間という事だよ」
「追い打ちかけてきやがった……」
面倒くさくて悪かったな!
「すまないね。正直に言えば、こうして二度目の会話が出来るというのが非常に久しぶりな事でね。我が事ながら……浮かれているらしい」
「この前は二度目に来た奴はいなかったって言ってた様な」
「それはこの底の底に押し込められてからの話。まさか君、私が最初からずっとこんな穴倉に押し込められているとでも?」
穴倉なんだ、ここ……。
「いつから押し込められてるんだ?」
「さあ……人が石器を持ち始めた後なのは確かだけど」
「冗談、だよな?」
それ何年前だ……? 一万年どころの話じゃないだろ。
「みっちゃんは、何者なんだ」
以前にもした問い。
だけどそれに答えは無い。
「それはもっと深くから私を訪れて聞いてくれたまえ。ここでは言えない」
「じゃあ質問を変える」
ここまではみっちゃんじゃないと絶対に答えられない質問だった。
ここからは……探り探り出たとこ勝負。
残り時間は……2,3分か? 急がないと。
「第三研究所って単語に覚えは無いか?」
どちらにも共通する契約石。緋鞠とうり二つの容姿。
安直に考えるならそこに繋がりがあるはず。
だと思ったのだが。
「第三研究所……? 悪いけど人の地名は覚えていないね」
と完全に興味なさげ。
無関係なのか……?
「そもそも契約って何なんだ」
「君ね。今更かい?」
そう今更の話ではある。
だけどふと疑問に思ったのだ。
俺と蛍火、緋鞠とジェーン。そして俺とみっちゃん。
知る限り契約という単語が使われているのはここだけだ。
だがその発現の仕方はそれぞれ違う。
「言ってしまえば契約とは■■■■■■■の力を借り受ける……ちっ」
何かの情報規制に引っかかったのか。忌々し気な舌打ち。
「まあ私の力を借りているんだと思えばいい」
バックドラフトはまさにそれだろう。
ならば……蛍火とジェーンは?
俺はずっと蛍火と契約していると。そう思っていた。
だけど誰かの力を借り受けているのだとしたらそれは誰だ?
蛍火の力は決して、バックドラフトに見劣りするものではない。
瞬間的な力か永続的な力かという性質の違い。
その、強大な力を与えられる存在とは何だ?
――母様。
蛍火とジェーンがそう呼ぶ存在。
それが力の源だとするのなら、そいつは人間ではないのか?
「……みっちゃんの仲間というか同族は、いるのか?」
「私の?」
そういうとみっちゃんはどこか退廃的な、嘲笑めいた笑みを浮かべる。
「ああ。やっぱり。こうして私と普通に話をしている時点で思っていたけど……君は何も知らないらしい。君が何と、契約したのかも」
その言葉はどこか、あの融合使いの物言いと似ていた。
偶然なのか。それとも。
「教えてくれ。俺は一体」
そして緋鞠は一体。
「何に巻き込まれているんだ?」
俺達の知らない過去が。
今俺達を絡めとろうとしている。
あのストーカー事件を契機に何かが起きている。
そして俺達はその渦中にいるにもかかわらず、何も知らない。分かっていない。
「どちらにしてもここじゃあ無理だ。前にも言った通りだよ。せめて40層から私に会いに来たまえ。藤島君?」
その言葉が締めとなったのか。
いつかの様に空間が罅割れ始める。
時間切れ……!
いや、どの道これ以上聞こうとしても例の情報封鎖のせいで碌にみっちゃんは喋れない。
40層……☆4ダンジョンの攻略。詳しい話を聞くならばそれだけの力が必要だ。
「ああ、そうそう。言い忘れてた。二回目だからね。契約更新という奴だ。君の力、少しは強くなるはずだよ」
「いや、強さよりも使い勝手を……」
「そこは私の管轄外だ」
そんなやり取りをしている間にも罅割れは広がっていく。
時間が無い。
「えっと、みっちゃん!」
「なんだい?」
「ありがとう!」
その唐突なお礼にまた呆気にとられた後。
上位存在様は破顔した。
そして、意識が肉体へと戻ってくる。
指先に触れていた契約石が煙のように消えている。
代わりに、微かに熱が宿ったバックドラフトのリング。
遅れて勇気づける様に力を込められた蛍火の手。
前と同じで、みっちゃんとの会話は肉体時間ではほんの一瞬だったらしい。
「来るぞ蛍火!」
その呼びかけに、また行けなかったと一瞬の落胆。だが即座に戦闘態勢に入った蛍火。
そしてここまで駆け抜けてレベルも少々上がったアイシクルタイガー。
この二体が挑む相手は――。
「目標補足」
目の前に突然現れた。
そうとしか形容の出来ない出現の仕方。前触れも無く。予兆も無く。
それはそこにいた。
「対象脅威度判定――D。現行分体による排除確率37パーセント」
グロテスクな人型だった。
全身が甲殻に覆われている。
頭は無い。代わりに二つの眼が生えている。
腕は無い。代わりに二つの鋏が生えている。
脇腹から肋骨が突き破って、カニの足の様に生えている。
腹部に巨大な口がある。
「監視ユニット本体へ支援要請――エラー。空間許容度低。バックアップ不能。情報収集モードへ移行」
カニ怪人。
ホラー映画に出て来そうなそんな姿のユニークモンスター。
組合で見た記憶がある奴だ。
数少ない情報……決して攻撃が効かず、こっちの防御を一撃で突き破った最強の盾と矛を持つというユニークモンスター!
「これより隔離を開始する」
あの蝶人と同じような言葉で締めくくり。
カニ怪人は鋏を振りかざして俺達を切り取ろうと距離を詰めてきた。




