14 お兄様はちょっと勘弁してほしい
「おい、緋鞠。ふざけている場合じゃ――」
そう口を開きかけて気付いた。
「誰だ」
「あら、もう気付かれちゃった。見ただけで気付くなんて流石お兄様」
そういう姿はどう見ても緋鞠だ。
格好だって、さっき見た時と何も変わらない。
だけどまるっと中身だけが違う。
その現象を、俺は知っている。
「融合の使い手か?」
「誰、それ?」
不思議そうに小首を傾げる姿は俺の知っている緋鞠に近い。
そこには誤魔化しの気配はない。
だが――。
「緋鞠の身体から出て行ってもらうぞ……!」
融合能力だとしたら、俺の力で干渉できるか?
相手を引き剥がすような真似、したことが無いが……緋鞠の身体を人質にされたら成す術がない。
やるしかないか。
そう覚悟を決めた俺の意思を察したのか、慌てながら手を振ってくる。
「わあ! 待って待って!」
その姿は、普段の緋鞠の様で俺は毒気が抜かれてしまった。
「ちょっとよく分からないけど、今の状態がお兄様にとって非常に地雷だってことは分かりました。でも話を聞いて、お願いだから……ね?」
そう言って手を合わせてくる姿が策略だとしたら俺はまんまと乗せられているなと思いつつ。
一旦融合能力を使うのは控えた。
「で、誰だお前は」
「名前は無いよ。つけてくれる人もいなかったし。……適当にジェーン・ドゥとでも呼んで」
名無しという言葉に俺はちらっと蛍火の方を見る。
同じような事を言う奴だ。
「で、素性を言うと……そこのお姉様と同じような物、かな?」
「私、ですか?」
指を指された蛍火は怪訝そうな表情を浮かべる。
「そう。母様を守るため、この子と契約した。こういえば伝わる?」
「緋鞠と契約した?」
……それは。
あり得ないとは言いきれない。
第三研究所。そう、そこに関わっているのは俺だけじゃない。
緋鞠の父親だってそこにいたんだ。
寧ろあの遺品から出てきた契約石らしき物こそが、繋がりのあることの証明。
緋鞠がダンジョンと無関係であるというのは……俺の願望に過ぎない。
「肉体が無いからこうやって間借りしているけどね」
「いつから、契約しているんだ」
「うーん。覚えていない。そもそも私、ダンジョンに入っていないときは休眠しているし。過去に目覚めたのは二回。この子の身体の感覚的に一回目は動けなかった。二回目は今より少し小さいかな?」
動けなかった……いつの頃の話だ?
赤ん坊、くらいの物心つく前って考えておけばいいのか。
二回目は分かる。
三年前だ。
「随分と、蛍火と様子が違うようだけど? 何でそんな寄生してるみたいな状態なんだ」
「せめて共棲って言って欲しいなあ……それはこっちが聞きたいんだけど。どうして、分離しているの?」
向こうからすれば常識と言った口調で告げられた言葉は俺達にとって予想外。
「何?」
「どういうことですか?」
そう、まるでこれでは一つであることが正しい姿の様ではないか。
「そのまんま。どうしてお兄様とお姉様で肉体が別々になっているの? 本来私たちは一つであるはずなのに」
「そう、なのですか?」
「そうよ。そういう風に私たちは作られた」
「誰にだ」
「母様」
また、そいつか。
俺は最初そいつをみっちゃんだと……あのダンジョンの底の底で出会った存在だと考えていた。
だけど、こうなってくると話は別だ。
母様というのは……第三研究所に関係している誰かなのではないか?
「母様というのは、誰だ?」
「母様は母様。私たちを生み出した母親」
「だからそれが、誰かって……」
「主様」
蛍火が小さく首を横に振る。
「恐らく彼女も具体的には覚えていません」
「……お前と同じか」
与えたのは使命だけで名前も付けていない。
……本当の意味で生みの親だとしても、碌なもんじゃないな。
「とりあえず分からんことは多すぎるけど、分かった。俺達が分離しているのはなぜかなんてのは俺も知らん」
しかしそうなると、蛍火の契約石は俺の中から分離したのか?
そういえば。
「ジェーン、お前が緋鞠と契約しているっていうなら契約石はどこにある?」
「ここ」
そう言って彼女は自分の胸を指さす。
……肉に指を食い込ませているところからはそっと目を逸らした。
「私の契約石は緋鞠の心臓と一体化している」
「……だとしたら俺のも同じはずだったよな」
心臓からぽろっと落とした覚えはないんだが……。
「聞きたいことは終わった? そしたら私、向こう側に戻るけど」
そう言ってジェーンは転移門を指さす。
いや、帰るんかい。
緋鞠の身体でダンジョン探索なんかさせるつもりは全くないので、帰ってくれて助かるんだけど、こいつ本当に……。
「お前、何のために今、現れたんだ?」
「え、別に理由はないよ。私ダンジョンの中じゃないと出てこれないし。今何で追いかけてきたって意味だと単に挨拶したかっただけ」
なんとも、拍子抜けする答えだ。
「そっちのお姉様と同じで……」
「私の名前は蛍火です。ジェーン」
「ふーん。名前、あるんだ」
そこに少し複雑そうな色味の声を吐き出して。
「蛍火お姉様と多分同じ。私は宿主である緋鞠を守るために存在している。わざわざ危険なところにはいかないよ。さっきだって私が守ってあげたんだから」
その言葉で思い出したのは、シェルターに出現したモンスターが一瞬で凍り付かされたという話。
「お前がやったのか」
「そうだよ。これで少しは信用してもらえた?」
そう言って笑うジェーンに、俺は一先ず手を差し出す。
「こうやって握手をするくらいにはな」
「それは重畳だね」
手を握った感覚は、緋鞠と全く一緒。
だけど言葉と裏腹に恐る恐るという力加減が、なんともおかしい。
同時に、緋鞠だったら遠慮なくがっと掴んでくるんだろうなと思うと、本当に別の存在なのだと感じる。
「ただ、あんまり緋鞠の身体を乗っ取るようなことはしないで欲しい」
「それだったら、蛍火お姉様みたいに別のボディを用意してもらいたいね……うん、そうなったら私もお兄様と一緒に戦ってあげてもいいよ?」
そんな風に一方的に言い残してジェーンはダンジョンの外に出て行った。
「……お前の妹になるのか?」
「自称です。私には、全く記憶がありません」
「それも何でだろうな」
少なくとも今のジェーンにはある程度連続した記憶があるようだった。
或いはそれも。
「何で分離しているの、か」
俺達が本来一つであるという話と関係しているのかもしれない。
「まあいい。とりあえずジェーンの事は……信用しよう」
少なくとも緋鞠を守ってくれたという実績がある。仮によからぬことを企んでいたとしても……自分の宿主である緋鞠を傷つけることはしないはず。
逆に、ジェーンは自分を守るために緋鞠も守る必要がある。
「後はボディとやらを用意して引き剥がせれば一番なんだが」
流石にそれは後の話だ。
今やるべきはこのダンジョンの攻略。
なのだが……。
「マジか……」
寝屋の作ってくれた特別製の探知機。
ここが、衝突ダンジョンであるかという事を探る物。
「入って来た時は、そうじゃなかったぞ……」
ダンジョンに入って真っ先に見るのはそこだ。
ジェーンと話をしている間に、このダンジョンは衝突ダンジョンに代わっていた。
「いるのか」
ユニークモンスターが。




