13 残り4時間
「無理です」
シェルターから逃げ出した人たちに一先ず安全だって伝えて、戻してから数分。
「我々は五人しかいない。この人数でシェルターの人間を別のシェルターに移すのは不可能です。守り切れない」
俺はシェルターの中で聞いた話を神崎さんに伝えていた。
他の二人はビルの上で今も警戒中。だからここにいるのは三人だ。
苛立ったように自分の指先でこめかみを叩きながら忌々しそうに言う。
「大体何故、シェルターの中にダンジョンなど……!」
「ある程度の広さがあればどこにでも出現しますからね、ダンジョン」
岸田さんが宥める様にそういうが、俺も正直神崎さんと同意見。
よりによってこんな時に出現しなくても……。
いや、本当に偶然か?
「聞いた話だと、モンスターが出てくる前に魔法陣が見えたって」
「氾濫で門から出てくるモンスターには魔法陣はありません」
眉根を寄せて神崎さんは吐き捨てる。
「つまり、誰かが召喚したという事ですね」
「あーでも探索者が避難民を守ろうとしたって可能性も」
岸田さんの精一杯の擁護に俺は首を横に振った。
「真っ先にやったことがその避難者を襲う事だった。その可能性は殆ど無いと思う」
「そうだよなあ……そうなるよなあ……」
信じたくないという風に首を横に振る。
「って事は、誰かがシェルターの中をパニックにさせようとしてそんなことしたって事だろ?」
「この状況下でそんなことを仕出かす輩は、一つしか思い浮かびません」
「……氾濫を引き起こした奴ですね」
以前に氾濫を起こした天球会とイコールかどうかは分からない。
だけど、以前に俺達を襲ってきたアイツ……。
ダンジョンの中で何かしでかそうとしている奴がいるのは確実。
「兎に角、移動は無理だ。後四時間、本格的な救援が来なければな」
「いや、先生。そうは言いますけどね?」
そう言ってシェルターの方に岸田は視線を向けつつ。
「あと四時間も、あの連中が耐えられると思いますか?」
「む……」
「一回外に出ちまった。オマケに、今回は普通に戻れた。外は思ったより安全だって勘違いしてるかもしれません」
先ほどは戦闘の切れ間だった。
だけど次、戦闘中に来られたら足手まといも良い所だ。
「後は、召喚した奴がまだあの中に居る」
そして、倒した奴も。
どちらも正体不明のままだ。
「それなんだよなあ。何がしたいのかさっぱりだけど……騒ぎを起こしたいんだとしたら、そいつまたやってきますよきっと」
「流石に全員ボディチェックなんて出来ないですしね」
人数的にも無理だし、俺達にそんな権限はないからな。
同じことをもう一度やられたら今度こそ収集のつかないパニックになりかねない。
「……やむを得ない」
神崎はしばし黙考して、結論を出した。
「ダンジョンを攻略します」
その結論に、俺と岸田さんは揃って目を剥いた。
「いやいや、本気ですか?」
「本気です。最短最速で攻略し、避難民の不安を払拭する」
「騒ぎを起こそうとしている奴はどうするんです?」
仮にダンジョンを攻略できたとしても、そんな奴がいたら結局騒ぎを起こされるんじゃ?
「どうもしません。特定できていない以上、その何者かが動くのを止めることは我々には出来ない。だから一旦は放置です」
そう言いながら彼は指を一本立てる。
「代わりに避難民同士で監視させます。少なくとも奴は今、ブレスレットを付けていない」
それは確かにそうだ。
少なくとも俺が突入した後、ブレスレットを付けている奴はいなかった。
「手に装飾品を付けることを禁止し、違反しようとしたら取り押さえてもらう。迂闊には動けなくなるでしょう」
「そんなに上手く行くか……?」
だが、実際に打てる手は他には無さそうだ。
「だったら、ダンジョンも放置で良いんじゃ?」
「モンスターは出てこないから安全です、って言われても多分信じない奴いるだろうからな。そういう奴ら向けにダンジョンは攻略しちまってうだうだ言わせない……って事でしょ、先生?」
「ええ。そういう事です」
言ってしまえば避難民を落ち着かせるためのパフォーマンスって事か。
それなら一応理解はできるけど……。
シェルター内がパニックになれば危険に晒されるのは緋鞠だ。
そのパフォーマンスで沈静化が図れるのならそれに越した事は無い。
だけど、その為にはただでさえかつかつの人員を更に割く。
「ダンジョンのランクは?」
「……多分☆1」
歪みのサイズ的にそんな物だろう。
「☆1か……」
「内部で約十五時間、戦いっぱなし。☆1とはいえかなりハードです。誰を行かせるか」
「俺に」
☆1の弾丸攻略。
それは――。
「やらせてくれ。経験がある」
一度、やったことがある。
緋鞠を助けるために、決死の覚悟で挑んだあの夏祭りの夜。
あの時から戦力は大きく高まった。
Eランクに上がった今となっては、本気で1~10層を駆け抜けようと思えば……一層辺り1時間強かな。二時間はかからないと言ったところ。
アイシクルタイガーが加わった今となっては、もう少し短縮できるかもしれない。
時間倍率が平均的な10倍なら、ダンジョン外経過時間は1時間半。その位ならパニックも抑え込めれるのか?
分からないな……集団心理なんて考えたことも無い。
「一時間半くれ、攻略して見せる」
俺の言葉に、神崎は否定的な表情を見せた。
……ダメか?
「任せても良いんじゃないですかね先生」
「岸田君?」
「俺らEランクの中じゃ一番腕が立つのはこいつだよ。それに、☆1ダンジョンなら外よりも安全とも見れるぜ?」
その言葉に、しばし考えこみ。
「良いでしょう。君に任せます」
「どうも」
ちょっと経緯に思う所はあるけど、俺の希望通りだ。
文句は言うまい。
決まったのならすぐに準備だ。
十五時間連続のダンジョン攻略。休憩は最小限に。
下手に長引かせてしまえばシェルター内の空気が悪化する。
そこでまた。外に出ようなんて言い出す奴がいたら今度こそ止められないんじゃないか?
「……食料と水だな」
後はそれを入れるリュックもあると良い。
幸いなことに近くのコンビニで全て揃った。
「よし、行くか」
再びシェルターへ。
先ほどと同じ様に移動させてくれと言いだした人が俺の前に駆け寄ってくる。
「あ、あの探索者さん。移動の件は」
「はい、安心してください」
大丈夫。言うべき内容はちゃんと考えている。
「今から、このダンジョンを攻略します。ダンジョンが無くなれば、このシェルターも安全でしょう?」
「い、いやでも。またモンスターが出てきたら……」
「大丈夫。それはあり得ません。私が中に入って外に出ようとするモンスターは倒しますので」
嘘です。
大嘘過ぎて笑えてくる。
実際にはわき目も振らずに最短ルートを突っ走るんだからそんなことはしない。
だけど、それでいい。
こう言っておけば大半の人間は信じる。
だって、元々氾濫もしていないただのダンジョンからモンスターが出てくるはずが無いのだから。
この嘘が嘘になるのは――また誰かがモンスターを召喚した時だ。
その対策であるのが神崎さんの言っていた相互監視。
この話をした途端に目の前の男の顔色が変わった。
僅かに焦った様な表情。
(……こいつか?)
思えば、妙に移動することに拘っていた。
中でパニックを起こそうとしているのはこいつかもしれない……けど、ダメだ。
そんなかもしれない、でこいつを拘束することなんて出来ない。
違っていたら後で偉い事になる。
だから俺に出来ることは。
「緋鞠。あいつには近づくな。なんか、ちょっと怪しい感じがする」
緋鞠にそう忠告することだけ。
「拓郎、ダンジョン攻略って」
危ないでしょ、って表情が物語っている。
「大丈夫だ。☆1で一番弱いダンジョンだし……正直、外よりも安全だよ」
そう笑って。
俺は☆1ダンジョンへ一歩踏み込む。
早く攻略すればするほど、緋鞠の安全度が高まるんだ。
急ごう。
「よし、蛍火。早速だけどこの層を……」
「あ、あの主様?」
蛍火が若干引きつった表情で俺の横を指さす。
その指先を追いかけるとそこには。
緋鞠がいた。




