10 学校の先生
「君は……後ろで待機と言ったでしょう。勝手はしないで頂きたい」
「勝手? ならここが壊滅するまでのんびり応援でもしていればよかったですか?」
独断で動いたのだから、褒められはしないと思っていた。
だが、まさか文句を言われるとは。
つい、こちらの口調もとげとげしい物になる。
「上が襲われてて援護が途絶えて、正面も押され気味だった。こんな短時間で後退してたら五時間後にはどこまで下がるつもりで?」
「一度下がって態勢を立て直し、再度押し返すという選択肢もあった」
「その頃にはバリケード代わりに使ってた車とかは殆ど残って無くて防衛陣地として機能してましたか?」
神崎と真っ向から視線がぶつかり合う。
譲れるところは俺だって譲るつもりだ。
だけどここは譲れない。
「すぐそこにシェルターがある。この場所は簡単に後退していい場所じゃないはずです」
「まーまーまーまー。二人とも落ち着いて」
険悪な空気が最高潮に達したタイミングで、神崎とペアを組んで前線を支えていた男が身体を滑り込ませて来た。
「さっきは助かったよ。俺岸田。そこの私立大で学生やってる。独断専行は良くない事だけど、助かったのは事実なんですからそこはお礼言っておきましょうよ先生」
前半は俺に、後半は神崎に向けて口早にそう言う。
まるで岸田さんが喋ることで俺達に喋らせないようにするかのように。
しかし先生? 確かに神崎の第一印象は口うるさい教師といった感じだけど……。
まさかそれを揶揄してる訳でもないだろうし、もしかして知り合いか?
「岸田君。しかし彼はまだ高校生だ。危険な場所に連れるべきじゃない」
「だからって頭ごなしに叱りつけるな、って俺大学の授業で習ってますよ?」
そう言いながら岸田さんはじりじりと神崎を俺から遠ざけていく。
「とりあえず先生は上の人たちに次の指示出してあげてくださいよ。こっちは俺が話しておきますんで」
「……まあ年の近い君の方が、聞く耳をもつかもしれません。良く言い聞かせておいてください」
そう言って神崎はビルの上に視線を向けて去っていく。
「やーすまんな。悪い先生じゃないんだけど兎に角頭硬くて」
「えっと……岸田さんと神崎、さんはお知り合いで?」
「ああ。俺の高校の頃の担任なんだよ」
やっぱり。というか……高校の教師やりながら探索者って相当珍しい気がする。
いや、サラリーマンの傍ら探索者やっているような人もいるから一定数はいるんだろう。恐らく。
「俺1高だったけど君は?」
「3高、です」
「だったら去年まで生徒会長やってたやつ分かる? あの七三の。あいつ大学の後輩だよ」
「覚えてます、けど」
なんか共通の話題見つけて、するっと懐に入り込んできたな。
……距離感の詰め方が早くてちょっと苦手なタイプかも。
「まあ高校の先生だからさ。教え子には危ないことさせたくないって人なのよ」
「それは、分かりますけど」
俺自身が緋鞠にそうしろと言っているのだから。
だけど、いざ自分がその立場に立ってみると……凄く嫌だ。
信じられていない。
頼りにされていない。
それが事実かどうかは分からない。
正直、赤の他人に近い相手でこんな不快感を覚えているんだ。
しかし、これが自分は信じている相手からそう思われていると感じたら。
「まあ筋金入りだぜ? 俺が一年の頃、学校に探索者部作りたいって言ってさ」
「へ?」
部活で探索者? その発想は全くなかった。
「で、当たり前に危険だからって却下されたんだけど」
「はあ」
「あの先生だけは自分の眼で見極めずにただうわべだけの知識で生徒のやろうとしている事を妨げるべきではないとか言って自分で探索者になって色々調べ始めてんの」
「それは何というか」
ちょっと変な先生だな?
いや、良い話ではあると思うんだけど……。
「変な先生だろ? で、結局どうなったかっていうと普通に『危険だから部活としては却下だ』だぜ? 笑うしかねえ」
そう言って岸田さんは笑うけど、そこには邪気も何もなく。
ただただ快活な笑みがあった。
「今は未成年のあんたを無事に返すことばっか考えてんだろうな。ま、あんたに取っちゃ物足りないやり方かもしれんけど……この場のまとめ役として必死なんだ。あんま虐めないでやってくれ」
別に虐めているつもりはない。
俺にだって緋鞠を守るという最優先事項があるんだ。
その妨げになるって感じたら……俺は何度でも勝手をするぞ、きっと。
それはそうと。
「いや、物足りないなんてことは――」
「謙遜すんな……ランクこそ低いけど、この中じゃあんたが一番強い」
迷いなく、岸田さんはそう言い切った。
「この場の誰よりも判断が速い。一瞬で次の行動を組み立ててる。そんなの相当ハードな潜り方してないと身につかないだろ。俺の見る限り、あんたはガチで上を狙ってる類の人間だ。違うか?」
見ただけでそこまで見抜かれたのは初めての経験。
いや、そもそもまともな探索者と一緒に戦うのは……雷蔵以来か。
他の探索者から見ると、そう見えているのか?
あの頃、兎に角がむしゃらに考えずに動こうなんて考えて失敗した俺が。
判断が速い? 一瞬で次の行動を?
思いがけない所で認められて、自分には向いていないと思って捨てていた理想的なスタイルが出来ていると評価されて。
ちょっと嬉しい自分がいた。
「はい、専業でやっていきたいって思ってます」
「やっぱな。気が向いたらうちの大学進学して来いよ。大学出て損することはないし……うちの探索者サークル、スポンサー契約してるプロもいるから結構本格派だから勉強になると思うぜ」
そう言って岸田さんは離れて神崎の方に歩いていく。
……いや、なんか上手い事丸め込まれたな。
「ここで意地張って険悪になっても得する事は無いか」
一旦落ち着かせてくれたことに感謝しておこう。
次同じ状況になったらまた、同じことをするだろうというのは……言わないでおく。
第二防衛陣地の準備を続けて十分ほどした頃。
「おーい。あんた。こっち来てくれ。一度、陣形を見直そう」
どうやら岸田さんが神崎さんの方も説得してくれたらしい。
そう言って俺に呼びかけて手を振り、直後怪訝そうな表情を浮かべた。
思いがけない物を思いがけない場所で見た。そんな顔だ。
視線は俺の後ろに向いている。
「た、助けてくれ!」
岸田さんが見た何かの正体は直ぐに分かった。
汗だくになりながら走って来た中年の男。
他にもぞろぞろと人、人、人人。
(こんな人数が避難できていなかった? いや、そんなはずはない)
この辺りに隠れていたなら蛍火が気付かないはずがない。
だとしたら。
「しぇ、シェルターにダンジョンが! も、モンスターも!」
その言葉を聞いた瞬間。
全てを置き去りにして俺は走り出していた。
「ついてこい蛍火!」
この人間達は、シェルターから逃げてきた。
何故?
全部彼が教えてくれた。
シェルターの中に、新しいダンジョンが出現したのだ。
そして言葉的に……そこはもう氾濫状態となってモンスターが溢れてきている。
「緋鞠……!」
間に合ってくれと。
祈りながらシェルターへの道をアイシクルタイガーの背に乗って疾走する。




