09 独断専行
「融合呪文」
アイアンエッジ、そしてフロスト。
蛍火たちが戦っている頭上に、巨大な剣が現れる。
漂わせる冷気が、戦場の熱気さえ冷やしつくして白煙を棚引かせて。
金から水への相生。
「フロストエッジ!」
融合した意識で、こちらの攻撃のタイミングは蛍火にもアイシクルタイガーにも伝わっている。
凍てついた刃が突き立てられると同時に蛍火は大きく飛び退き。
アイシクルタイガーはその冷気を取り込むように大きく胸を膨らませた。
そしてヘルハウンド達は。
一体残らず冷気にからめとられて動きを封じ込められている。
現れた氷像を、アイシクルタイガーが一回り大きくなった爪で叩き切って回る。
「フロストの効果で強化されたのか」
思いがけないメリットだった。環境を変えるようなスペルだと、モンスターの能力アップにもつながるのか?
(なんか、これも今のランクじゃ公開されていない情報の類な気がする)
確認する術はないけど。
組合は探索者を増やしたいと思いつつも低ランクの内から強くなって欲しくないような。そんな矛盾した空気を感じる。
放たれた冷気は一瞬。
だから新たに表れた分身は凍り付いておらず自由に動き回れる。
だけど見えたぞ。
出現する影。
未だ凍り付いたその本体を。
虎に挑みかかる猟犬の群れ。
自分の毛皮に噛みつく犬を振り払い、牙で噛み砕き、爪で切り裂く。
その大暴れっぷりは、分身体の視線を釘付けにさせた。
「スパイダーウェブ!」
ビルとビルの間に張られた蜘蛛の糸。
それを蛍火が掴んで大きく跳躍。
乱戦となっている眼下の虎と犬を飛び越えて。
凍り付いたままの本体へと一足飛びに。
同時にアイシクルタイガーへ時間稼ぎを指示。
ここで分身体を倒されると蛍火の邪魔になる。
だがその必要もなかった。
伸ばした指先に沿って伸びる炎。
手刀が紅蓮の刃となって、ヘルハウンドの首を焼き落す。
視線の先で蛍火が肺から息を吐きだす。
一戦終えて気が緩みかけている。
「蛍火、前方警戒!」
いつものダンジョンとはまた環境が違う。
モンスターのグループ同士が離れているダンジョン内なら、連戦は基本無い。
だが今回はそのグループがダンジョン入り口から次々と湧き出ている状況。
いつぞやの統率個体の戦いの様に明確な指揮に従っているわけではないが……その分無秩序で予想が付かない。
「……こっちに抜けてくる奴らはいなさそうか?」
今はきっちりと、四人の防衛線で抑えられている。
だけど、戦闘音に釣られてどんどんとモンスターが増えている様子が後ろからでも見えた。
見れば、ビル上からの援護が途絶えている。
「飛行型のモンスターか」
ビル上の二組はファイヤーバード――と言っても、俺達が良く戦っていたランク1とは二回り以上のサイズ差がある――に襲われて、その対処で手一杯になっている。
素早い動きに対応しきれていないらしく、すぐの処理は難しそうだ。
そして援護が来ないので正面からの戦闘でも徐々に数に押されつつある、と。
このままでは遠からずあのラインは放棄するしかなくなるだろう。
「蛍火。頼めるか?」
「片方ならなんとか。しかしビルとビルの間を飛び越えるのは……難しいですね」
「そこは俺が何とかする。行ってくれ」
「了解。しかしよろしいのですか?」
そう言って蛍火はニヤッと笑った。
「勝手はしないのでは?」
「向こうが一方的に言って来ただけだ。俺は、返事をしていない」
ニヤッと笑い返して蛍火の背を軽く叩く。
「上は任せた」
「はい!」
まだ防衛を始めて三十分も経ってない。こんなペースでラインを下げていたらあっと言う間にシェルターはモンスターに飲み込まれてしまう。
あそこではまだまだ、戦ってもらう必要があるんだ。
「行くぞアイシクルタイガー、ストーンゴーレム」
ジャイアントビートルは俺の足場なので動かせないけど、この二体は正面戦闘でもそれなりに役立つ。
それはここまでで証明済み。
押されている第一防衛線を助けに行く。
先陣を切ったのは蛍火。
ビルのわずかな凹凸を足場に壁を駆けあがっていく。
そのまま平地を走るが如く素早さで屋上を飛び渡る。地上を走っている俺達と互角なのだから大した速度だ。
「ふっ!」
大型ファイヤーバードと交錯した瞬間にその翼を奪い、一瞬で無力化。
飛べなくなった鳥は、最早戦闘力としては無いに等しい。
「援護しに来ました!」
その声に神崎は振り向いて露骨に顔を顰めた。
だが何か言うよりも先に、もう一人正面を張っていた……多分大学生が歓声めいた声を出す。
「助かった! あのデカブツを抑えていてくれ! 30秒でいい!」
「はい!」
「おい、君。彼はまだ高校生だ!」
「んなこと言ってる場合じゃねえでしょ!」
その口論を置き去りにしてアイシクルタイガーがデカブツ――フレイムオーガへと飛び掛かる。
フロストによる強化。そして格上相手との連戦によるレベルアップ。
初戦ではあっさりといなされていたアイシクルタイガーをフレイムオーガはギリギリのところで回避。
そこへストーンゴーレムの体当たりが決まり、大きく姿勢を崩した。
その隙間でヴァンパイアが強化された腕力で掴んだヘルハウンドを地面へと叩きつけて頭を潰し生き血を啜り。
恐竜――ラプトルめいたモンスターが4体。まるで一体の生き物の様な動きで別のフレイムオーガを一方的に追い詰めて狩っている。
そこで伝わってくる蛍火の思念。
声を出すのは不味いという俺の話をちゃんと覚えていたらしい。
(主様。こちらの上は終わりました)
見れば、片方のビルからの援護射撃が再開されている。
地上の敵を、徐々に減らし始めた。
「よし、飛べ!」
その声に合わせて、蛍火がビルの屋上で助走を始める。
彼女の跳躍力でも、片側三車線の通りを飛び越えるのは無理だ。
なら当然、そこには俺の手助けがある。
「ウィンドブラスト!」
魔法融合用に、予備も含めて三つ。
そのうちの一つを蛍火の跳躍補助に使う。
背中に突風を受けて、足りない距離を稼ぐ。
そして再び、対面のビルの上で彼女は大型ファイヤーバードとの戦いを開始する。
控えめに言っても……相性がいい。
鳥型は基本的に防御力が低く、その素早さで回避することが前提。
同時にその速度を活かし、一点を強化した突撃で敵を仕留める。それが奴らのセオリー。
だけど蛍火の眼はその速度に完全に合わせることが出来る。
突っ込んでくる嘴を避けて、何も強化されていない場所を狙える。
そうなれば残るのはただの脆いモンスター。
彼女にとって鳥型とは、例え格上でも簡単に倒せるボーナスキャラでしかないのだ。
「いつか鳥だけが出るダンジョンに行きたいです」
とは、狩り方が確立した後の蛍火の談。
両方のビルからの攻撃が再開されたことで、正面のモンスターも殲滅。
こちら側に来るモンスターが減ったことで、漸く一息入れることが出来た。
「さて……」
そうなると棚上げされていた問題。
俺が勝手に後ろから前に出てきたことを咎める視線と向き合う必要があった。
正直、だるい。




