07 ダンジョンテロ
「さて、みんな集まってくれてありがとう。この辺りは私のモンスターの領域だ。一先ずは安心してくれていい」
緋鞠のいるシェルターから比較的近い緑地公園。
そこには菅沼さんが声をかけた探索者たちが集まっていた。
(40人、か)
繁華街にいた人数としては多いのか。少ないのか。
……いや、多分これモンスターを召喚していた人たちだな。それ以外で探索者って区別する方法ないし。
ダンジョンに行こうとしていたのか、ダンジョン帰りなのか。
シェルター前に置いてきた蛍火に意識を向ける。
……向こう側で異常は無い様だ。目の前で始まる会話に集中しよう。
「一応状況は皆分かっているとは思うけど、改めて認識を統一しておこう。ダンジョンの氾濫だ」
改めて他人から突き付けられた事実に、気が重くなる。
そうなったのは俺だけじゃないらしく、深々とした溜息が公園に落ちていく。
「氾濫原は☆4ダンジョン。悪名高い第三研究所ダンジョンだ」
三年前にも氾濫を起こしたダンジョンの名が告げられても動揺はない。
この辺りで、氾濫を起こしそうなダンジョンと言えばそこしかないからだ。
その言葉に舌打ちをしながら別の探索者が声を上げた。
「つまり、組合が管理をミスったって事か?」
そうだ。
踏破不能と判断されたダンジョンであっても、組合は間引き作戦を行って氾濫を抑制しているはず。
それを怠った?
「マジかよ……」
「責任者首飛ぶんじゃね?」
隣同士の囁き声が、糾弾の声に変わろうとする直前。
「いや、そうとは思えない」
菅沼さんはその考えをはっきりと否定した。
「第三研究所の間引きは先週行ったばかりだ。私が参加したからね。間違いない」
だとしたら何故?
その問いは。
俺自身が三年前に何度も繰り返した物だ。
だとしたら、まさか。その答えも。
「……テロ?」
思わず考えが俺の口から漏れた。
三年前の氾濫。あれもテロだった。
剣呑な言葉に、その場の視線が俺に集中する。
「……いや、それはないだろ。だって、なあ?」
一人がそう言って同意を求める。
誰か否定してくれと願うような、どこか強張った笑みで。
「天球会は、自分たちのテロで大半が死んだはずだろ……? 生き残りだって、逮捕されたじゃねえか」
だからあり得ない。
あり得ないと言ってくれ。
全員の表情がそう言っていた。
「いや、恐らく彼の言う通りだ。少なくとも、自然発生があり得ないなら、人為的な行動の結果なのは間違いない」
「冗談じゃねえ!」
悲鳴の様な声があがった。
「紅蓮事変の再来だっていうのか!? あの時、探索者が何人死んだと思ってんだよ!」
三年前のテロの俗称を叫んだ探索者は、自分の言葉に慄いたように身体を震わせていた。
死者1000人のうち、探索者の死者は確か……100名近かったはず。
比率を考えれば死亡率は圧倒的に探索者の方が多い。
この事件が、ここ数年の探索者の減少に繋がっていると言ってもいい。
「逃げるべきだ」
誰かがそう言った。
「まだモンスターは広がってねえ! 今のうちに俺達だけでも逃げるべきだ!」
「待ってくれ。逃げるのはダメだ。連れがいる」
咄嗟に俺は口を挟んだ。
緋鞠がそこにいるんだ。そんな事出来るはずがない。
「だったらそいつも連れて行けばいい! 少数なら十分脱出の目がある!」
俺の反論を一言で抑え込んで、口早に言う。
「外で態勢を整えて、増援の探索者や……自衛隊のモンスター部隊を待つべきだ!」
「我々の生存を考えるなら、それが最善だろうね」
菅沼さんはそう認めつつ。
「だがその場合はこの区画にいる十万近い人間が取り残される」
「シェルターがあるだろ!」
だから、仕方ない。
だから大丈夫。自分にそう言い聞かせているのが分かる。
でも……。
「ダンジョンを封鎖してるバリケードは一瞬で突破されてた」
再び俺に視線が向けられる。
氾濫直後、あの場にいた探索者はきっと俺だけだ。
言わないといけない。
「シェルターの材質が同じなら、そう長い時間持つとは思えない」
「……外で救援が整って、内部に突入するまではどんなに早くても30分はかかる。つまり、内部で五時間だ」
「絶対に、そんな時間もたない」
逃げ場のない人たちのところに放り込まれたモンスターが何をするかなんて、想像するまでも無い。
「大量虐殺を止められるのは今ここにいる我々だけだ」
菅沼さんはその使命感でここにいるようだけど、俺にとっては少し違う。
緋鞠を守れるかどうかが重要だ。
……彼には悪いけど、早々に逃げ出す方が成功率が高いなら俺は緋鞠を連れてここから逃げる。
問題は、その成功率が高いとはとても思えない事だ。
前回を考えればダンジョンとなったのは数キロ単位。
その距離を緋鞠を連れて逃げるのは……現実的ではない。
「俺は降りるぜ。英雄気取りで死ぬのは御免だ」
最初に組合の不手際を指摘した探索者が吐き捨てるようにそう言って公園を後にした。
それに続くように、こちらの顔色を伺いながら菅沼さんに反論していた探索者たちが公園を後にしていく。
「構わない。逃げたいのなら、逃げればいい」
そう言って最終的に残ったのは……20人くらいか。
「半分残ったか。上出来だ」
「上出来なのか?」
「三割残ればいい方だと思っていたからね」
そう言いながら菅沼さんは残った面々を見渡す。
「Dランクが5人。Eランクが15人。4人チームを五つ作る。それぞれで大通りに防衛線を張る。一つは遊撃だ」
そう言いながら地面に大雑把なこの辺りの地図を描いた。
……元々防衛戦を想定されていたのだろう。
ダンジョンから伸びた通りは、要所要所を抑えればモンスターの進行を止められるようになっている。
勿論建物を全て破壊されてしまえば別だが……先ほどの様子を見る限り、道があればそこを使っている。
塞いだらどうなるかは、モンスター次第か。
「ショッピングモールの地下シェルターは一番収容人数が多い。遊撃チームもここを中心に回ってくれ。次がこの側の緑地公園地下シェルター。残りのシェルターはこの地域に点在しているが……」
その説明を遮って俺は地図の一角を指さした。
緋鞠のいるシェルターに通じる大通り。
「俺の配置はここにして欲しい」
「おい、君……」
身勝手とも取られることは承知の上。
他の探索者が眉根を寄せて苦言を呈そうとしたのを、菅沼さんは片手で遮った。
「分かった。そうしよう」
「ありがとうございます」
仮に、それが認められないなら単独行動も辞さないつもりだったけど。
認めてもらえたのは何よりだ。
手短に、チームを分けて菅沼が両手を鳴らす。
「さあ急ぐぞ。モンスター共がダンジョン周辺にいる間に通りを封鎖する」
通りを封鎖して、防衛線を張って……そこから五時間耐え凌ぐ。
「……長い五時間になりそうだ」
これから始まる耐久戦に、俺は身体を震わせた。




