06 誰のせいか
周りが俺から――モンスター操る奴から目を逸らす中。
緋鞠だけはじっと俺の事を見つめていた。
「……拓郎が最近ずっと隠していた事ってこれ?」
こと、ここに至っては誤魔化しても仕方ない。
「そうだ」
「……突然、皆守先生の知り合いだっていう探索者が魔石を私にくれたのも?」
「俺だ」
立て続けの問いに肯定すると緋鞠は唇を噛み締めた。
「どうして?」
そのあまりにシンプルな問いに、俺は答えられなかった。
誤魔化そうと思った訳じゃない。
その問いは、以前にも寝屋からされていた。
何故?
俺は、どうして探索者になろうと思った?
「私の、せい?」
「違う」
「だって、私のせいで、拓郎は、いろんなこと諦めたんじゃないの? バイト代、何に使ってるんだろうって思ってた。それだって探索者になるために使ったんじゃないの?」
「違う」
他の言葉を忘れてしまったかのように、それだけを俺は繰り返す。
「緋鞠のせいじゃない」
そうだ。
せい、じゃない。
緋鞠のせいなんかじゃない。
緋鞠の為。
緋鞠を魔力欠乏症にしてしまった罪滅ぼしの為。
言い方を変えたって同じだ。
他人を理由に、自分の行先を決めたことに違いはない。
きっかけは間違いなくそれ。
だけど、今の現状を選んだのは俺自身。
じゃあ。
「どうして拓郎は探索者になったの?」
数ある選択肢から、今を掴み取った理由は何だ?
(失敗した)
とんだやらかしだ。
緋鞠なら怒ると思っていた。
危ない事をするなと。その行動を、怒ると思っていた。
とんでもない思い違いだ。
かつて蛍火は言っていた。
心をこそ、守りたいと。
緋鞠も同じだ。根本はそこにあった。
「私のせいで、拓郎に未来を諦めて欲しくなんて、無かったのに」
緋鞠が、一筋涙を零した。
両親が死んだときも、自分の病気が発覚した時にも泣かなかった奴が。
ただ、眠りながら無意識の下でしか泣けなかった奴が。
それは、俺の人生の中で一番の衝撃。
足元がぐらつくなんて物じゃない。
世界がひっくり返る程だった。
こんな顔をさせたくなかったのに。
ずっと気丈に浮かべていた笑顔を、崩してしまった。
俺が。
間抜けにも、自分の行動原理を深く振り返ってこなかった俺自身の怠慢で!
「良く聞いてくれ緋鞠。俺は、俺は何も諦めてなんかいない」
どうして探索者になったの? その問いには答えられない。
だけど、未来を諦めたかという言葉には断じて否を突き付けられる。
「諦めなかったから今ここにいる。諦めなかったから、俺は探索者になった」
そこだけは間違いない。
誰が何と言おうと。例え天地が引っ繰り返ろうと。
「俺は、緋鞠がいない未来なんて、死んでも御免だ」
それだけは、絶対に嫌だった。
いつか道が分かたれるとしても。
もしかしたら、疎遠になることがあったとしても。
「お前がいない未来を一人で生きるなんて、絶対に嫌だったんだよ」
あの夏祭りの夜。緋鞠は言った。
一人でも大丈夫そう? と。
――大丈夫なわけがない。
「緋鞠は俺の半分だ」
生まれた時から17年間。ずっと傍らにいて。
ずっとともに過ごしてきた。
例え血が繋がっていなかったとしても。
親よりも長い時間を共有してきた。
「自分の半分が死にゆくのをただ見てるだけなんて、無理だ。俺は、俺の為に探索者になったんだ」
繋いでいた手の温もりが冷え切って。
視界から彼女の姿が消えて。
思い出が、古びて行って。
それでも生きて行けるか? そんな自分を想像できるか?
俺にはできなかった。
そんな姿で生きていくことを、俺はどうしたって思い浮かべることが出来なかった。
例え生きていたとしても、それはもう、俺じゃない。
「そうだとしても危険な事はして欲しくない」
涙を拭って、緋鞠はそう言い切る。
それは決して譲れない一線だと。
「立場が逆だったら、拓郎は素直に受け入れることが出来る?」
その問いはずるいと思った。
受け入れられるはずがないと、そう思っているのは緋鞠にだってわかっている。
分かっていて、この問いかけをしてきたのだ。
「わ、私が!」
ここまでずっと周囲を警戒しつつ黙っていた蛍火が、我慢しきれずといった様子で口を挟んだ。
「私が命に代えても主様はお守りします! ですから、その」
危険な事なんてないと言いきれれば良かったのだろうけど。
悲しい事に真面目な蛍火はこれまでのあれこれを思い出してそうは言いきれなかったのだろう。
危険な事、いっぱいあったしな……安全とは口が裂けても言えない。
家族の会話に挟まってきた蛍火を緋鞠は胡乱気な目で見る。
「さっきから気になってたんだけど……この子誰?」
緋鞠の問いは当然の物だ。
さて、どこから説明した物か。
「私は主様の相棒の蛍火です!」
元気よく自己紹介する蛍火に毒気を抜かれたのか。
緋鞠の表情が常の物に戻っていく。
――それが良いのか悪いのか。単に命題が後に回されただけの様な気もする。
俺が何故探索者を選んだのか。
根本はそこだ。
それを緋鞠が納得しないと、彼女にとって俺のやったことは自己犠牲で終わってしまう。
「……拓郎。説明求む」
「俺の相棒モンスター」
「なるほど」
そう言って緋鞠は蛍火の姿を上から下まで見つめ。
鼻をすすりながら俺の方にかわいそうな物を見るような眼を向けてきた。
「拓郎、お姉ちゃん義弟がご主人様願望の持ち主で悲しい」
「俺が言わせてる訳でも、させてる訳でもねえから……!」
何の話ですか? と首を傾げている蛍火。
分からなくていいんだ。
「兎に角! この話の続きはシェルターに避難してからにしよう」
気付けば人の大半はシェルターの中に入っていた。
確かに危険な場所で長々と話す事ではないな。
「いや、それは困る。彼女は兎も角探索者の彼には残ってもらいたい」
予想もしていなかった第三者の言葉に俺は慌てて振り向く。
「すまない、驚かせたかな。君たちの話が終わるのを待っていたのだけど、声をかけても良かったかな?」
一見すればただのサラリーマン。
だが、全部の指に指輪を嵌めることを、そして腕時計の代わりに嵌められたブレスレットがその印象を否定する。
そして何より寄り添う様に佇む大鹿の存在が彼を探索者だと示していた。
「私は菅沼。Dランクの探索者だ」
「藤島、です。Eランク」
その言葉を聞いて彼はシェルターの周囲を見渡す。
その視線が、先ほどの戦闘痕に注がれた。
「ここに来たモンスターは君が倒したのかい」
「はい。何とか倒せました」
「素晴らしい。ならダンジョンの氾濫が起きてしまったことは理解しているはずだ。協力してほしい」
「協力?」
視界の隅で、緋鞠が首を横に振っているのが見えた。断れと、無言でそう言っている。
「ここはもうダンジョンと同じ……外部時間から切り離された空間だ。組合本部の救援が来るまでの数時間を生き抜くため、取り残された人たちを守りたい」
ああ、そうか。ここはもう本当にダンジョンと同じなのだ。
外での一時間が、ここでは十時間になる。例え組合が三十分で救援体制を整えたとしても救助が来るのは――五時間後。
「この中に何人探索者が残されたのかは分からない。私自身☆4ダンジョンの攻略経験などない……だが、やらねば取り残された人たちが危険だ」
例えシェルターがあったとしても。
それがどれほどの効果を発揮するかはあのバリケードを見ていれば怪しい物。
そう考えればこの菅沼さんの言っている事は正しい。
「手伝ってくれないか。一人でも多く、守るために」
差し出された手を俺は。
一瞬の逡巡の後、握り返した。
他の人たちは究極どうでもいい。
だがここで戦う事で緋鞠が生き延びられる確率が上がる。
その為だったら何だってしてやる。




