05 ☆3
フレイムオーガの戦い方は基本的に徒手空拳。
そういう意味では蛍火と同じ。
ただ、彼女の倍以上もある太さの四肢から繰り出されるそれのエネルギーを見誤っていた。
ストーンゴーレムとの殴り合い。
三メートルを超えた巨人同士の戦いは――降り注ぐ石片という形で現れた。
(打ち砕かれた!)
たったの一発で、ストーンゴーレムの表面が砕かれた事に、驚きと納得が半分ずつ。
やはり長期戦は危険。
二度、三度の殴り合いで趨勢は一瞬で決まってしまった。
表面をぼこぼこに砕かれたストーンゴーレムの姿は痛ましい。
だがその時間で配置に付いた。
左右からの蛍火とアイシクルタイガーの同時攻撃。
奴は人型。だったら左右両方の攻撃を同時に捌けるか?
相手の応手は――蛍火を無視。
先の一撃で、自分に対する脅威とはなりえないと見切ったか?
アイシクルタイガーの方が脅威度が高いと判断して、大胆にも背を向けている。
「舐め」
アイシクルタイガーの爪を両手で抑え込み地面へと叩きつけたフレイムオーガ。
その無防備な背中に、蛍火が渾身の飛び蹴りを叩き込む。
融合で共有した感覚が教えてくる。
(何だこれ、鉄か?)
そう思うほどの硬度。事実、感覚だけではなく実際に大したダメージも受けていない様子。
そのまま地面で藻掻くアイシクルタイガーを踏みつぶそうと、足を振り上げて。
「るなああああああ!」
背中に突き立てられた足先から圧縮された炎が一気に解放される。
その衝撃で片足だったフレイムオーガは姿勢を崩した。
更に間髪入れずにストーンゴーレムの体当たりで、赤い鬼は転倒した。
その隙に蛍火が俺の元に戻ってくる。
「強い……」
「主様。あいつ、かなりタフです」
「本当にな」
先ほどから攻撃は当たっている。
にも拘らず全然気にせずに動けているのはちょっとした理不尽だ。
こっちは今の攻防で、攻めていたにも関わらずダメージを負っているってのに。
「……魔法融合で行けるか?」
尤も有効そうな組み合わせであるウィンドブラスト、ストーンピラーから生み出されるメテオインパクト。
だが今のあの様子を見ていると、単純な打撃力では突破できそうにない。
「悔しいですけど、今回は私よりもあの虎を主軸にした方が良いかと」
そう言いながら、蛍火は自分の手を握ったり開いたりしている。
「属性的にも虎の方が効率が良いかと思います」
「確かにな」
元々が水のアイシクルタイガーだ。魔法融合で蛍火の属性を相生させて増幅させるより、アイシクルタイガーを使った方が威力が上だろう。
「実際あ奴も私よりも虎を警戒しているようですし」
「……確かにな」
属性の相性の観点でもそうだろうな。
起き上がったフレイムオーガは――笑っていた。
まるで戦いが楽しいとでもいうかのように。
「……腹が立つ」
八つ当たりだと分かりながらもそう言わずにはいられない。
俺は未だ、自分が探索者をやって楽しいのかもよく分かっていないというのに。
「蛍火。あいつの体表にお前の打撃は通らない……だから、通りそうな薄い部分を狙え」
頑丈な表皮。
じゃあ全身隈なくそうなのか? 関節部はどうだ? それに……人間の急所は?
生殖器はついて無さそうだけど……鳩尾とか内臓はどうだ?
笑いながら手を叩いているフレイムオーガの余裕。
徹底した急所狙いでも、保っていられるか?
「ストーンゴーレムと二人がかりで奴をひっかきまわしてくれ」
その間に、俺はアイシクルタイガーと奴を倒す準備をする。
言葉にしなかった後半は、蛍火にも伝わった。
一つ頷いて、彼女は鬼との戦いに舞い戻っていく。
「お前はこっちだ」
アイシクルタイガーの腕に触れる。ひんやりとした、だけどごわついた毛皮。
触れた手を通じて、こいつの意識に俺の意識を伸ばす。
蛍火みたいに離れた場所でも瞬時に融合は出来ない。
だけれども、こうやって直接触れて時間をかければ、他のモンスターとも軽い意思を伝えることは出来るようになってきた。
(怒ってる怒ってる)
フレイムオーガに地面に叩きつけられた事。
一方的にやられた事に怒りを覚えているのが伝わって来た。
やられっぱなしじゃ終われないよな?
咆哮と共に同意の意思が伝わってくる。
それで十分だ。
「あいつらがフレイムオーガの気を引いてる。さっきと同じだ。お前のその爪と牙で奴を抉り取ってやれ」
唸り声で悔しさ交じりの否定の意思。
認めたくないけど、自分の爪でもあの体表は切り裂けない。アイシクルタイガーはそう言っていた。
それも予想通り。
「大丈夫だ」
二つのスペルリングを虎の前に翳してやる。
「お前の爪は、俺がもっと強くしてやる」
二対一の戦いは、拮抗していた。
正面をストーンゴーレムが。
そして、その隙を埋めるようにチマチマと蛍火が急所を狙っていく。
鳩尾、脇腹、膝裏。
ダメージ自体はそれほどじゃないけど、鬱陶しいのだろう。
先ほどまでの完全無視とは違って、煩わし気に腕を振るって追い払おうとしている。
「当たるか、ノロマめ」
果たしてその挑発も効果があったのか。
貶しているというのが分かる程度の知能はあったのだろう。
更にムキになって蛍火を追い回している。
挑発している蛍火だって余裕ではない。殆ど援護の無い状態なのだから彼女も必死だ。
「サンドストーム!」
それも作戦の内。
フレイムオーガの意識を蛍火に集中させるために、俺からは何もしなかった。
だから、奴の中で俺はただの小突けば潰せるような戦力外扱い。
このスペルは意識の外からの一撃。
フレイムオーガの視界は今頃砂嵐に塗りつぶされているハズ。
その最大の隙を今活かす。
「いけ!」
アイシクルタイガーが走り出す。
同時にストーンゴーレムへ。
「屈め!」
丸まった背中を、虎が駆け上がり宙を舞う。
目が見えなくても、その足音で大まかな位置を掴み取ったフレイムオーガが拳を振り上げようとして。
「魔法融合!」
透き通った氷の結晶の様な光に、アイアンエッジとフロストの力を合わせこむ。
アイシクルタイガーの爪を一回り大きくするように、冷気を纏った鋼鉄で出来た鉤爪が装着される。
金から水への相生。更にそこへ生来の物に加えてフロストの力も追加。
これまで苦戦していたのが嘘のように、鉤爪がフレイムオーガの腕を真っ二つに切り裂く。
そしてそのまま喉笛に食らいつき、振り回して圧し折る。
だらりと力の抜けた身体が光へと変わり、魔石とリングを残して消え去った。
「ダンジョンの外でもドロップするんだな……」
そんな些細な発見は寝屋が見ればなんかうんちくたれそうだなと現実逃避。
戦いが終わったと、足から一気に力が抜けた。
知らず止めていた息が再開される。
ふらつく身体を支えろ。
今のは全て掌の上だったと思わせないと。
俺達の戦いを呆然と見ていたシェルター前の人たちに、俺は声をかける。
「モンスターはここで食い止めるんで、順番に落ち着いて中に入っていってもらえますか?」
そうして漸くのろのろと列が動き始める。
この沈静化は、俺という探索者がいるからだ。ここで俺が崩れたらまたパニックが再発する。
……後続はまだ来そうにないな。あの横転したトラックのお陰で視線が遮られている。
先頭を走っていたフレイムオーガ以外はこっちに人がいるとまだ気づいていないらしい。
避難するだけの時間は、稼げたか?
「……拓郎」
だからもう。
緋鞠から逃げることは出来ない。




