04 なし崩し
咄嗟に身体が戦闘態勢を取った。
炎系の人型。
☆3とはいえ、一体ならばなんとかなるか?
(モンスターの強さの目安は階層×2のレベル。☆3なら大体40~60辺りか)
単純な足し算で表せるものではないけど、俺のメンバーの合計レベルは66。
蛍火の15、ジャイアントビートルの20、ストーンゴーレムの17、アイシクルタイガーの14。
十分戦闘にはなるはずだ。
「拓郎、これ……」
緋鞠の心細げな声と共に、袖を引かれて俺は頭を打ちのめされたような心地になる。
(ここはダンジョンじゃない!)
当然、俺も普段の装備類は家だ。
(蛍火がこの事態に気付いて、諸々持ってくるのにどれくらいかかる?)
気付くかどうか。いや、きっと気付く。
あの何かが広がった感覚。あれは噂に聞くダンジョンが外に侵食してきた証のはずだ。
当時の記憶を思い出せ。
俺達の家も、避難区域だった――つまり、モンスターの襲撃があり得ると判断された地域だ。
凡そ半径十キロメートルの氾濫領域。
前と同じなら、さっきの感覚に蛍火も気付いたはず。
(だったら、俺が今やるべきは)
緋鞠の手を握りしめる。
「逃げるぞ!」
緋鞠を安全な場所に連れて行き、蛍火との合流を目指す。これしかない。
周りが呆然として動きを止めている間に俺達は走り出す。
(復興区にはあちこちにシェルターが設置されているはず。そこに辿り着ければ……)
だけど、と背後を振り向いて必死で走る緋鞠の表情と、その向こう側のモンスターの姿を見る。
バリケードの隙間から、モンスターは次々と溢れ出てくる光景は、市街地というのを踏まえるとこの世の終わりみたいな光景。
この辺りで漸く悲鳴が上がり、周りの人たちも逃げ始める。
一瞬で街が瓦礫に変わっていくのを見て俺は思った。
(シェルターで耐えられるのか?)
あのバリケードだって、モンスターに持ちこたえられるように作られていたんじゃないのか?
俺の眼には、さほどの足止めも出来ていたようには見えなかったぞ。
当たり前だけど一度も使われたことのないシェルター。そこは本当に安全なのか?
「たく、ろ……まって、速い……」
息も絶え絶えの緋鞠。
当たり前だ。今日の緋鞠は全力で走るような格好じゃない。
多少歩くことは考えてただろうけどこんな全力疾走は想定外だっただろう。
彼女に合わせて速度を緩める。
「もう少しでシェルターだから、頑張れ」
「うん、でも……」
でもの、後は言葉にならなかった。
ただ視線だけが疑念を伝えてきていた。
何で、そんなに冷静なの? と。
周囲がパニックになっている中で、多分俺はそこまで慌てていない。
モンスターその物に対しての慣れがある。
その冷静さは――この中では明らかに浮いている。
今だって、モンスターとの距離を確認している姿は異様だろうと思いつつも、行動は止められない。
(一個怠れば、それだけ危険になる)
ここはもう、ダンジョンだと思った方が良い。
だったら自分の経験と知識を総動員して緋鞠を安全な所に送り届ける。
他の事は今は考えていられない。
一台の大型トラックが逆方向に走っていく。
パニックで逆走……いや違う。
「マジか」
大通りを抜けようとしているモンスター目掛けて、一直線に突っ込もうとしているのだと気付いた俺は交じりの視線でそれを見送った。
モンスターがいくら巨大とはいえ、10トンの質量の突進には耐えられない。
跳ね飛ばしながら横転し、完全に通りを塞いでしまった。
あの行動が正解かどうかは分からない。
だけど、俺達にとってはありがたい話。
トラックの向こうで、フレイムオーガが立ち上がる。
吹き飛ばされただけで、大したダメージは負った様子が無い。
だけどトラックがバリケードになって確実にモンスターの進路は塞いだ。
生まれた僅かな時間。
その時間で俺達はシェルター前まで辿り着いた。が――。
「くそっ」
同じような避難者達が押し合いへし合い。
災害時でも日本人は規則正しく並んでいた……なんて話があるけど、流石に背後にモンスターが迫っている時まで整列は無理か!
「別のシェルターに……」
もう少し離れた場所ならば入れるかもしれない。
そう思ったけど緋鞠を見て考えを改めた。
(ダメだ。緋鞠の体力が持たない)
広がってくるモンスターの速度を考えれば、次のシェルターには辿り着く前にモンスターに追い付かれる。
トラックを乗り越えて、フレイムオーガの頭が見える。
口から火の粉を吹いている様子さえ。
それがパニックに拍車をかけた。
下手に入り口近くに行けば、それだけで人に押しつぶされかねない。
混乱し始めたこのシェルターに入るまでモンスターがお行儀よく待ってくれるか? あり得ない。
どっちを選んでも詰みだ。
今の状態じゃどうしようもない。
走り始めて五分少々。
家からの距離を考えれば――そろそろ来ているはずだ。
「緋鞠、ちょっと耳塞いでて」
「え、ええ?」
何でそんなこと言われるのか分からないと目を白黒させる彼女の手を取って、耳元に運ぶ。
そして俺は大きく息を吸い込んで。
「蛍火あああああ!」
肺活量が許す限りの大声で相棒の名前を街中で響かせた。
なんで犬の名前叫んだのという緋鞠の顔。
突然大声を出した俺に、周囲がぎょっとした視線を向けてくる。異常行動に、一瞬パニックが沈静化したように見えた。
だがそれも、俺の大声に反応したフレイムオーガが吠えるまでだ。
さっきよりも酷いパニックに巻き込まれないように俺は緋鞠の手を引いて少し離れる。
離れた方がきっと見つけやすい筈だと思ったんだけど……。
(くそ、まだこの辺りまで来ていなかったか?)
フレイムオーガが近づいてくる。
シェルターを諦めて逃げる人。
近くの建物へ逃げ込もうとする人。
少しでも離れようと走り出す人。
諦めて祈る人。
俺は、少しでも生き延びようと走ろうとし。
ビルの上から、降ってくる銀の光を見て笑みを浮かべた。
「せりゃああああああ!」
炎を纏っての全力飛び蹴り。
銀髪の和装少女の無謀に見える一撃が、フレイムオーガの額に突き刺さる。
その巨体が大きくぐらつく。
そして、地面を響き渡らせながらその身体を転倒させた。
その振動をBGMに、蛍火が俺達の前に着地した。
「お待たせしました主様! 叫んでくれたおかげで見つけやすかったです!」
あれを聞いてこれだけ時間かかったって事は相当遠くにいたって事。
その距離を一気に駆け抜けてきた蛍火は、珍しく息を切らしていた。
「え、誰?」
緋鞠の当然の疑問に、答える余裕はない。
フレイムオーガは今にも起き上がってこようとしている。
蛍火から投げ渡されたバッグには、ブレスレットとスペルリング。
ちゃんと、期待した物を持ってきてくれた。
「☆3一体。見ての通り炎系だ」
「☆3、ですか。道理で」
ブレスレットを嵌めて、召喚石が輝いていることを確認する。
フレイムオーガが完全に立ち直り、己を転倒させた蛍火を睨みつけた。
少なくとも二回、クリーンヒットしているハズなのに、大したダメージは見られない。
「召喚!」
ダンジョンの外で、魔法陣が展開される。
蛍火を除く三体が突如として現れた事に、シェルター前は呆然としていた。
その中の一人である緋鞠に振り向いて俺は一言だけ。
「ごめん、実は最近探索者になった」
何を言われているのか分からないという顔。立て続けの状況の変化に、緋鞠はもうついていけていない。
その一言を背後に置いて、俺は前方に集中する。
「ストーンゴーレム! 絶対に奴を後ろに通すな!」
俺の指示に従って、巨大な石像が重々しく動き出す。
アスファルトに罅を入れながら、赤い鬼へと掴みかかった。
「ジャイアントビートルは……緋鞠を守ってくれ」
ここ最近はメイン盾から移動式の盾と使っていた古参は緋鞠の守りに置く。
「蛍火とアイシクルタイガーはオフェンスだ。他のモンスターが来る前に奴を倒す」
相手は格上。
複数体相手にするのはまず無謀。
各個撃破は必須条件だ。
アイシクルタイガーはこれが初の実戦。
出来れば連携を試したかったけど……贅沢は言っていられないか。
「行くぞ!」
すぐ背後に緋鞠がいる。僅かなミスが彼女の命を危険に晒す。
いつも以上のプレッシャーを感じる戦闘へと、俺は身を投じる。
「なんで……」
背中に落とされた、緋鞠の声を振り払いながら。




