01 強くなっても胃は痛い
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10月4日 夕方
☆2ダンジョン 第20層
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氷を纏った虎が樹氷の上で咆哮する。
その一声で、木々が更に凍り付き、肌を刺すような冷気が襲ってくる。
「思ってたよりも強化されてるな……!」
想定よりも強い冷気に俺は舌打ちを一つ。
アイシクルタイガー。
寝屋の作った解析アプリのお陰で、ここのダンジョンマスターは奴だという事は分かっていた。
だけどフロアマスター補正での強化が想定以上。
咆哮だけで周囲を凍らせてくるとか聞いてねえ!
「蛍火! 耐えられるな!」
「この程度なら何とか!」
属性の相性的には、良くはない。
だけど、ダンジョン内では単純に属性だけでは物事は動かない。
例えば本来氷は青、水属性だ。
火属性の蛍火とは相克関係にあるので相性が悪い……訳ではない。
熱量で溶かし無力化が出来る。
だからその辺は絶対的な物ではない。
☆2ダンジョンを幾つか攻略する中で俺はその事を体感として理解しつつあった。
「ストーンゴーレム!」
重々しい音と共に、最近パーティに加えた新たなモンスターが動き出す。
岩でできた巨体は強力な盾でもあり、敵を打ち砕く拳でもある。
ジャイアントビートルと並んで前衛をしっかりと固めてくれている。
その巨体が、虎のいる巨木を一撃で圧し折る。
だが軽々ととんだ巨虎は次の木へと移りこちらを狙っていた。
「面倒な奴……!」
普通の虎の体重でさえ200キロ。
倍近いサイズのあのモンスターは、下手したら500キロ以上か?
モンスターに生物学的な正しさを期待しても間違っているけど、突っ込みたくて仕方ない。
その巨体で高所から伸し掛かられるだけでも危険だ。
(ストーンゴーレムを手に入れていて良かった)
前回の☆2ダンジョン攻略中に拾った召喚石だけど、文字通りの拾い物だった。
上限であるレベル20に到達して頭打ちになっていたジャイアントビートルだけでは、あの虎野郎は抑えきれなかっただろう。
そんな陣容でも☆2ダンジョンを踏破できたのはただ蛍火のお陰である。
「たん、たん、たん、たん……」
口元でリズムを刻みながら蛍火の視線は縦横無尽に飛び回る縞模様を追い続けている。
(……見切りが上手くなってる)
視界と思考を共有しているから分かる。
以前よりも蛍火の相手の動きを見る力は格段に上がっている。
契機となったのはスキュラとの戦い。
あの大量の触手を捌こうとした経験が、何かコツを掴ませたらしい。
今も、ギリギリで――しかし決して触れられない安定感で飛び掛かる巨体を躱して――すれ違いざまに蹴りを一発。
頑強な毛皮に阻まれ、有効打とはならなかった。
しかし、確実にダメージは積み重ねている。
だがやはりこの二次元対三次元の戦いは不利だ。
なら足場となっている木を切り倒そうにも、そんな重量を枝で支える巨木。
簡単に倒せるものじゃない。
ならば、もう一つの選択肢。
「見ていたけど、空中で軌道を変える術は奴にはない」
「はい」
「スペルで援護する。行ってこい蛍火!」
「行ってきます、主様!」
ストレングスで蛍火の脚力を強化。
凹凸のある樹皮。その僅かなとっかかりを、強化された己の肉体のみで駆け上がっていく。
――同じ土俵に上がる。
蛍火の機動力と軽快さならば空中戦も十分に可能だ。
葉擦れの音を鳴らしながら二つの影が宙をかける。
速度は互角かやや蛍火が有利と言ったレベル。
ならばぶつかり合って吹き飛ばされるのは軽量な蛍火の方。
単純に十倍近いウェイトの違いがあるのだからこれは仕方ない。
真っ向勝負は不利。
だからこそ蛍火は、更に加速する。
炎を足に纏い、爆発を初期加速に利用。
そして打撃の瞬間にはその炎を拳に、足先に集中させて威力を高める。
流動的な炎の運用。
一発使って終わりではなく、継続し循環させる。
その思考の転換は消費を抑えながらの戦闘力向上に繋がった。
「スパイダーウェブ!」
更にそこへスペルでの援護。
正しく蜘蛛の巣のように枝と枝の間に張り巡らされる蜘蛛の糸。
それは蛍火にとっては足場。
そしてアイシクルタイガーにとっては――。
木々の間から聞こえてくる煩わし気な咆哮。
蜘蛛の巣は、巨大な虎にとっては支えとなるには足りず。
かと言って無視できるほど脆くも無く。
純粋な妨害として機能していた。
ここに速度に明確な優劣が生まれる。
糸の反動さえも生かし更なる加速を生む蛍火。
糸によって速度を一方的に削られる虎。
「速く」
蛍火の意識が伝わってくる。
「もっと速く!」
その意思に呼応するように蛍火の旋回速度が上回り始めた。
次第に蛍火が虎を追い回す構図に変わっていく。
だがこの状況は長くは続かない。
蛍火が使った糸は兎も角、虎が突っ込んだ糸はどんどんと千切れて行っているのだから。
虎が獰猛な笑みを浮かべた。
糸が残り少なくなってきたのが向こうにも分かったのだろう。
最後の一本。
蛍火はそれを足場として最後の加速。
対してアイシクルタイガーの動きを妨げる糸はもう無い。
今こそ最大の速度で真っ向からの突撃を――できなかった。
「アイヴィ」
木から伸びた蔦が虎の足を絡めとる。
実にいい環境だった。木のお陰で良く伸びるし、属性的にも水のお陰で蔦は頑強になっている。
蜘蛛の糸は目晦まし。
本命はこっちだ。
こっちの手を破ったと、そう考えるだけの知能があったからこそその先の落とし穴に引っかかった。
そしてこの一瞬の停滞。
それが欲しかった。
「魔法融合!」
補充したストーンピラーと、ウィンドブラスト。そして蛍火の融合。
制限時間は約45秒。
――だがそんなにはいらない。
石で出来た具足を巨大化させ、更に風と炎で加速した蛍火の拳が虎の顔面を殴り飛ばす。
牙が圧し折れて、飛び散る。
それだけの衝撃を受けても巨木は折れない。
折れなかったからこそ、虎にとっては悲劇だった。
何故なら吹っ飛んでいたら食らわなかったもう一発をその身に浴びることになったのだから。
今度こそ、巨木が圧し折れる。
その破片と共に落ちていくアイシクルタイガーを、加速しながら追いかける蛍火が空中で殴り続けていく。
最後に殴るのではなく、巨大化した掌で頭を握りつぶして――アイシクルタイガーの巨体は光となっていった。
「虎を威で狩る狐だな……」
ちょっと上手い事言ったなと思ったけど、なんか緋鞠から冷たく突っ込まれそうな気がした。
「主様! 魔石と召喚石です!」
「よし、やったな!」
これで四体目。
☆2ダンジョンでの召喚枠を埋められた。
魔石も約30グラムか?
☆2ダンジョンの攻略には一週間近くかかるけど、トータルで魔石が150グラム以上手に入るからかなり良い。
戦力も適正になったからドロップ品もそこそこ落ちるし、順調に戦力が整ってきている。
「これで三つ目」
☆2ダンジョンの攻略数が、である。
昇級からこっち、かなり良いペースだと思う。
ここ数日、ダンジョンの発生数が増えているのもあって隙間なく予約が入るのも大きい。
組合でもこの速度で攻略してくれるのはありがたいと褒められたしな。
……尚、仲間探しは難航している。
何しろ魔法融合なんて物も出来るようになったのでホント信頼できる人が……。
寝屋はやっぱり研究優先だからホントどうした物か。
おまけにこのペースについてこれる様なフリーのEランク探索者があまりいないのだ。
Fランクと比べるとガクッと数を減らし、大半がチームを組んでいるような状況。
「まあいいさ」
気長に探すとしよう。
急いで変な奴と組んで、情報だけ抜き取られて晒されるなんて事になるよりは余程いい。
幸いにも戦力的な意味だとEランクの間は問題なさそうだし。
「目標は年内にDランクだな」
第三研究所があったダンジョンは、☆4の未踏破ダンジョン……。
間引き作戦すら危険という事で極限られた探索者にしか入場が許可されていない魔境だ。
最低でもCランクが必要というあそこに踏み込むにはもっとダンジョン攻略をしていかないと。
あの男の意味深な言葉。その真相は突き止めたい。
と言っても確かCランク昇格の最速記録は探索者になってから二年だったはずだからまだまだ先は長いな。
「それは良いんですけど主様」
しらーっとした視線で蛍火が俺の方を見つめている。
「一週間切りましたよ? ちゃんと緋鞠様への言い訳は考えたんですか?」
「やめろ、思い出させないでくれ」
急激に自分の顔から血の気が引いてくるのが分かる。
正直、ユニークモンスターと戦っていた時より緊張してるんだ。
その緊張を誤魔化すために、ダンジョン攻略に邁進していたといっても過言ではない。
もしかなくても、滅茶苦茶怒る。
想像しただけで胃が痛い。
未だに、どうすればこれまでの経緯を告白した時に緋鞠の怒りを抑えられるか。
思いつかないんだけど……。
「……蛍火」
「なんですか?」
「もしも俺が気絶しても緋鞠が殴るのを止めなかったら、お前が止めてくれ」
「殴られるのは前提何ですね……」
それだけのことをやってしまったからな……。
10月10日まで後6日。
4/20はギリ下旬




