31 だから緋鞠は飛び出した
まあ一言で言えば。
見切り発車。
二言以上で言うなら……勢いだけで何も考えていなかった。
(えっと……電車は、東京行きで良いんだよね? 東京って名前についてるし!)
一つ、言い訳をさせてもらうとしたら当時の私はスマホという物に慣れていなかった。
中学入学と同時に渡されたそれで、調べ物をするなんて考えてもいなかったというのが正直なところ。
だから順当に迷子になった。
いや、ほんと。
あのぐっだぐだなスタートで拓郎が呆れ果てて帰らなかったのは本当によかった……。
「緋鞠」
駅の案内板の前で、やや溜息の入り混じった声に私はハッと振り向いた。
「どこに行きたいの?」
某有名なテーマパークの名前を挙げると露骨に拓郎は顔を顰めた。
「いや、お前……それ舞浜だから」
「東京じゃないの!?」
「千葉だよ」
ちゃっちゃと自分のスマホで経路を調べて、こっちと先導して歩き出す。
解せぬ。何故同じ日に買ってもらったのにたったの一週間でこうも使いこなせるのか。
電車に乗って。
しばし口を閉ざしていた拓郎が迷うように問いを発した。
「何で急に出かけようなんて言い出したんだよ」
そこに込められていた感情は私には分からなくて。
直前の失態もあって俯きがちに答えた。
「だって、行きたかったから……」
正確には場所なんてどこでもよかった。
ただ、私は拓郎と遊びに行きたかった。
あまり、落ち着ける場所ではなくなってしまった家から飛び出したかった。
「緋鞠はもうちょっと計画的に……いや、何でもない」
また、口を閉ざしてしまいそうになる拓郎の袖を咄嗟に掴む。
久しぶりの会話だった。
やめたくなかった。
「どうかした?」
その機微は拓郎には伝わらなかったらしく。怪訝そうな顔。
そして私も咄嗟の行動だったので何も考えていなかった。
必死で頭を回転させて。
「な、何か乗りたいものある?」
「んージェットコースター系とか」
「良いね!」
絶叫系大好き!
「ああ、でも制服だから止めておいた方が良いか? てか何で緋鞠は制服なの?」
「え、だって制服で行くんだよみんな」
「そうなの?」
「そうだよ」
だから、私は今日も中学の制服姿です。
窓ガラス越しに映っている自分を見て自画自賛。
結構似合ってると思うんだけどなあ。
遊園地についてからも拓郎に頼りっぱなしだった。
待ち時間なしで乗れるパスをさっさと入手してきたり、レストランを何時の間にか予約していたり。
私から誘ったにもかかわらず、手際よくスケジューリングをして可能な限りのアトラクションを回れるようにしてくれた。
「あー楽しかった」
……いや違う! 楽しかったで終わっちゃだめだ!
そうじゃなくて、私は今日、拓郎と前みたいに話せるようにしたくて来たんだった。
(あれ、でも今日は普通に喋れてたような気がする)
拓郎も、何時も通りだった。
いつも通りに私が思い付いたことを実現しようとしてくれた。
「そうだな。久しぶりに楽しかった」
そう言って拓郎も笑ってる。
でも、その久しぶりって言葉。
「……うち、楽しくない?」
つい。そんなことを聞いてしまった。
拓郎が困るのを分かっていながら。
「楽しくないっていうか……」
少し言葉を探しながら拓郎は。
「どうしていいのか分からない」
と、私と同じ悩みを口にした。
「急に兄妹だとか言われても、よく分からないし。そう思ってたらどう話すのが正解かも分からないし」
その悩みを聞いて、私はなんだかホッとしてしまった。
(ああよかった。私たちは、同じことで悩んでる)
そして今日、一日過ごして分かったことがある。
「変わんなくていいんだよ!」
「緋鞠?」
「だって、私達ずっと一緒だったんだから。最初から二人で一つみたいなもの。だから、今更何も変えなくていいんだよ」
そうだ。
別に関係性に何て名前を付けるか。そこだけの話だ。
私と拓郎は何も変わっていない。
ただ名札の問題だけ。
それ以外は何も変える必要が無い。
「今のままでいい、か」
そう呟いて、拓郎はじっと何か考えている様だった。
真剣な眼差し。
瞳の奥で揺れていた不安定な光が、小さくなっていくのを感じた。
ああ、多分。
今彼は何か一つ結論を出したんだと。
私だけが知っている。拓郎の顔。
「そうだな。今更、変える必要も無いか」
「難しく考えすぎてたね」
何も変えなくていい。
そう思ったら気が楽になった。
「でもそれはそれとしてさ。対外的には兄妹な訳だよな」
「そうだね」
「外では呼び方変えてみる?」
「んー拓郎がしたいならそうしてみる?」
正直、今まで通りで良いと思ったから呼び方なんてどうでも良いと思うけど。
でも形を整えるってのも大事かな?
「じゃあお姉ちゃんって呼んでもいいよ」
「ならお兄ちゃんって呼んでみてよ」
…………おや?
「いや、私が姉でしょ」
「俺が兄だろ」
おおん?
ああん?
と無言でメンチを切り合う。
「おいおい、俺の方が早く生まれてべそかいてたこと忘れたんか?」
「双子だったら後から生まれた方が上ですう」
「そもそも双子じゃないし」
「というかお兄ちゃん呼びっていうのがちょっと欲求入ってそうでキモ……」
「お前今ライン超えたぞ?」
とそんな下らない会話をしている内に、陽が沈み始めて。
馬鹿な事で時間を使ったと二人して笑って。
「それじゃ帰ろ拓郎」
「帰るか、緋鞠」
結局、これも何時も通りに落ち着いた。
ああ、でも。
一つだけ変えないといけない事。
変えたいと思う事があった。
家について。
まず言うべき言葉。
「おかえり、拓郎」
きっとこれから何回も何回も。
繰り返し言う事になる言葉。
「ただいま、緋鞠」
そしてきっと、何度だって聞くことになる言葉。
◆ ◆ ◆
―――――――――――――――
9月11日 夕方
藤島家リビング
―――――――――――――――
「あの時の考え事してた時の拓郎の顔にそっくりなんだよね」
絶対、今回も何か抱え込んでいるに違いない。
そんでもって、結構ドデカイ事の可能性大、だ。
「うーん。誰かと付き合ってるのを隠している……あるかなあ?」
ちょくちょく煽ってはいるけど、拓郎そこまで器用ではない気がするんだよねえ。
彼女出来たら浮かれて一発で気付けそう。
拓郎鑑定士一級の私なら日常からでも余裕です。
そう考えると別の話……。ダメだ、思いつかない。
「悩み事だったら相談してくれればいいのにさー」
二人で一つ。
そう思っていたからこそ、何も言ってくれないのが少し寂しい。
「……話してくれるのを待つ、か」
とはいえ、ずっと待ち続けるのも自分らしくない。
どこか期日を決めるとしよう。
「今日が9月の11日だから……一月経っても解決していなかったら聞きだしてやろっと。丁度誕生日で覚えやすいし」
私はカレンダーを見て、そう呟いた。
10月10日。
私と拓郎の誕生日。そこを一つの区切りにしようと。
第三章は四月中旬辺りから開始します。




