29 緋鞠は結構忙しい
―――――――――――――――
9月11日 昼
2ーC 教室
―――――――――――――――
暗闇の中、手を引かれて歩いたことを覚えている。
うっすらとした灯。
小さな小さな蛍の火。
その僅かな光源に照らされた横顔を。
暗闇の中を睨む眼差しを。
覚えている。
そこに惹かれた日のことも。
(……まあ結論から言えば、一時の気の迷いと言うかなんというか)
色々とあったけど、結局のところ最終的にはここに行き着く。
私と拓郎は姉弟であると。
だから。
「ねえねえ緋鞠。弟くんの噂って本当なのかな?」
順調に、学年内で拓郎が弟であるという認識が広まっていると心の中でにんまりするよりも先に。
またこれかといううんざり感の方が強かった。
勿論そんなことはおくびにも出さない。
万一表情に出した日には、次の日からハブ……は言い過ぎでも、陰口を叩かれるのは目に見えている。
あーめんどくさ。
「んー? 何の話だろ?」
「えーとぼけないでよー。弟から恋愛相談受けたりしないの?」
「その辺拓郎ガード固いから」
と肩を竦めて見せる。
幸いにして、これは嘘ではない。
マジでガード固いんだよね。
先生の知り合いの探索者のお陰で、多少の猶予が出来た。
就職まで持ちこたえて。その先は……まだうまく想像できないけど
おおよそ4年で必要な魔石は100%増えていくと言うから、30になった頃には今の四倍。
40だと6倍かあ……。
そんな先の話は一旦おいておくとして、今年中にどうこうという話ではなくなった。
私としてはそんなに急いで拓郎を現実に繋ぎ止める相手を見つける必要はないんだけど。
いや、でもやっぱり気になると言うか。
(姉として、家族として! 私には知る権利がある筈!)
今イマジナリー拓郎がねえよと突っ込んだ気がした。
「でも相手寝屋さんってのが意外だよね」
「えーそう? 前から結構一緒にいるじゃん」
「いや、拓郎くんって恋愛に興味なさそうっていうか。ストイックっていうか」
「あー修行僧的な」
「そうそう。そこが良くてちょっと狙ってたのになーショック」
最近クラスでは話題になっている二人ということもあって、ワラワラと集まって来た他のクラスメート達。
口々にそう囃し立てているのを聞いて私は心のなかで腕を組んで首を横に振る。
分かってないなあ。
(拓郎が一番かっこいいのは真剣に物事考えているとき何だから。何かをやっているときっていうのは基本的にあいつ頭の中空っぽにしてて、実際ぼーっとしているときも多いし。それよりもやっぱり何か計画立てている時、必死で頭を回している時の横顔。少し眉根を寄せて鋭くなった目つきが良いんじゃない。昔から、いざという時にああいうキリッとした表情を見せるのがギャップ萌えというかなんというか。学校でそんな表情を見せたことなんて一度もないから、あの表情の良さを知っているのは私だけっていうのはちょっとした優越感あるからまあ良いんだけど。しかし、同時に拓郎の魅力を普及したいという気持ちもほんのりとあることは否定できない……!)
「やっぱ2人きりのときにしか見せない表情とかあるのかな」
ちょっとその発言にモヤッと。
……寝屋ちゃんの件は、拓郎が真剣になって当然の事態だ。
だとしたら、寝屋ちゃんも見ているのだろうか。
あの拓郎の表情を。
私だけしか知らなかった、秘密を。
それはちょっと、なんか嫌だな。
「あれで彼女の前だとデレデレしてたらウケる」
「むっつりじゃん」
「そういえばさ、最近何か2人揃って眠そうにしてること多くない?」
ふっと、後ろの方の席の子がそう呟いた。
彼女の位置からは教室全体が見渡せるので授業中の様子がよく分かったのだろう。
「え。もしかしてそういう事? そういう事?」
「若い男女が付き合ってたらそりゃあ、ねえ?」
きゃーと黄色い悲鳴が上がった。
う、噂に尾ひれが付くのを目撃しているのかな、これは。
「いやいや……流石にそれはないよ。毎日晩御飯一緒に食べてるし」
「その後に抜け出したりしてるかもしれないじゃん!」
いや、大体寝る前まで一緒にいるし……あ、最近はそうでもなかった。
というか、これうっかり口に出したらまたブラコン呼ばわりされてしまう。
違うの! 私がブラコンなんじゃなくて、拓郎がシスコンなの!
「流石にそれは、気づくと思うよ」
「なんだつまんなーい」
「でもさ……体格差結構えぐくない?」
「ちょいちょいクラスメイト相手に生々しい話やめようやめよう。2人の顔まともに見られなくなる」
比較的良識ある1人がそう言って話題を打ち切ろうとするが、つい私はぽろっと口から零してしまった。
「まあ確かに抱えられそうだけど」
最近拓郎結構筋肉付いてるしなあ。
多分寝屋ちゃんくらいならお姫様抱っこできそう。
そんなくらいの意味で言ったんだけど。
「緋鞠は結構ムッツリだね」
「なんで!?」
いわれなき誹謗中傷!
そこでちょうどチャイムがなってしまったので、それ以上の弁明も追求もなかった。
寧ろ私としては言い逃げされたような形で不完全燃焼です。
かと言って、また話を掘り返してムッツリじゃないよと言うのもおかしな話だし……。
あーもう!
あれもこれも拓郎が悪い!
そう肩を怒らせながら放課後。まっすぐ家に帰る。
(魔力欠乏症って診断されてからあんまり寄り道とかしてないな、そう言えば)
末期症状が出るまでは平気だと言われても、やっぱりおっかなびっくりだった。
もしも急に倒れたら。
そう考えるとおちおち友人と出かけたりバイトしたりということもし辛くなる。
拓郎と一緒の時なら、そんな心配しなくても良かったんだけど。
逆に今ならしっかりと魔力が補充されているのが明らかだし寄り道しても良いんだけど……お金がなあ。
バイト……ううん、魔力欠乏症発症している人間雇ってくれるかなあ?
「ただいまー……けーかちゃんもいないのか」
大体帰ってすぐに拓郎が散歩につれていくのが新学期のルーティーンだ。
寝屋ちゃんを送り迎えしたり、バイトもしているはずだけどその間どうしているのかは未だ謎。
「……最近なーんか秘密にしてるんだよなあ」
そりゃ私だって、拓郎に1から10まで全部喋ってるわけじゃないよ?
だけど、なんだろう。
拓郎の場合、罪悪感を滲ませていると言うか。
その秘密自体を負担に感じている様な。そんな雰囲気を感じる。
いつかどこかで。その雰囲気をまとっている姿を見たことがあるような。
「どこで見たんだっけか」
記憶を辿っていけば……今回のが始まったのは大体夏休み頃。
その前となると。
頭の中で四季が逆回しされていく。
一年、二年、三年、四年、五年前。
「ああ。そっか」
思い出した。
前に拓郎があんな空気をまとっていたのは、私たちが12歳になった頃。
両親が再婚して、私たちの関係性が幼馴染から義理の姉弟に変わった辺りの話だ。




