28 深き淵に潜むモノ
そこは太陽の光も届かぬ場所。
星の息吹さえも絶えた路。
即ち、ダンジョン。
そこを多くの人間が行き来していた。
それは在り得ない事態。
たとえ管理ダンジョンであっても、そこまでの人が同時に入ることは稀だ。
大抵の人間は、モンスターや物資的な原因から内部で何週間も過ごすことはできないのだから。
だから、もしもそんな場所があるとしたらそこはきっと。
そのどちらもを解決した場所。
☆5相当ダンジョン。
異界都市アストロペである。
「組合の連中が面倒なシステムを作ってくれたようだ」
ため息交じりに。同時に聞く者を萎縮させるような硬い声音。
事実、その男が声を発した事によってその場の空気は張り詰めたように静まり返る。
巌のような肌に刻まれた深い皺が老齢にあることを示しているが、声からは衰えを感じさせない。
この都市の支配者の1人。
外ではダンジョン系新興宗教の主要人物と見られている老人は対面にいる相手を鋭い視線で睨みあげる。
「そうさせないために、貴様には研究者の拉致を命じていたはずだがな。アダム。手抜かりがあったか」
「はい、いいえ枢機卿猊下。研究者の拉致自体は順調でした」
応えたのは、金髪のまだ少年と青年の境にある年代の男。
アダムと呼ばれた彼はどこか楽しげに笑みを浮かべつつ言う。
「誤算は、僅かな期間で魔紋の解析手法を発見したという点にあります。まさかまさか。あの時に取られていたとは私も想定外でした」
「融合体まで晒した挙句に敗走した事への反省が足りていないようだな?」
「それについては弁明のしようもなく。Eランク程度ならばあれで十分かと見くびっておりました」
このアダムという少年こそが、拓郎達を襲った者の正体。
だと言うのに、自分の敗北を嬉々として語る姿は同じ信仰を抱く老人としても軽く距離を置きたい物。
仕事はしているので文句はないのだが、この精神性は理解しがたいと思う。
まあ尤も。
まともな生まれでないのだ。
まともな精神性など得られるはずもないかと内心で嘆息するに留める。
それよりも考えるべきは。
「寝屋さつき。始末できるか?」
「可能不可能で言えば可能でしょう」
あっさりとアダムはそう言う。
今彼の頭の中にはいくつもの手段が思いついている。
ダンジョンの外ならば方法はいくらでも。
「ただ、時期を逸しましたね。福音の力を借りたとしても……今となってはその後が問題です。最悪アストロペの存在が露見しかねない」
組合が作り上げたシステムは突貫ではあるが広範囲をカバーしていた。
探索者用のスマホ、組合の支所だけに留まらない。
チェーン展開しているスーパーコンビニの監視カメラも首都圏を中心に順次置き換えられていっている。
「一手遅かったか」
「敢えて言うならば、奴らに勘付かれた時点で形振り構わず始末するべきでした。あの時点ならばまだ間に合ったかもしれません」
一度拓郎達を襲った後に、間が空いたのは彼らの間で意見が別れたからだった。
それを暗に非難しつつ、アダムは肩を竦めてみせた。
「まあもう過ぎた事です。魔紋感知のシステムを、こうも急いで構築したのは組合も我々の存在に気付いていたと見るべきでしょう」
「で、あろうな。こうならないように、研究者を拉致していたのだがな」
「仕方ありません。先も言った通り、これについては相手が悪かった」
「これからの活動には細心の注意が必要になる。福音持ち達をよく指導しておけ。しばらく貴様は都市待機だ」
「御意。まあ暫く彼の事を思いながら己を鍛えるとしましょう」
その熱に浮かされた様な言葉に老人は汚らわしいものを見る視線を向けた。
「契約者か」
「ええ。彼は素晴らしい。強大な福音を与えられながらもアレと契約し、あまつさえ我らが使徒を退けているとは!」
「俄には信じがたい。使徒……組合の連中はユニークモンスターなどと俗な名前で呼んでいるが、あれを退けたというのは」
「ええ。不可能を可能にした。そう、今回だってそうだ。最初に出会った彼は属性の概念すら理解していなかった。なのに次にあったときにはそれを使いこなし、私に対して勝ち筋を見つけていた! そして一度見ただけで私の融合を真似て、魔法とモンスターの融合という未知を見せつけてくる。ああ、たまらない! 僕はもう、彼の虜ですよ。推しですね、推し」
そこまでを息継ぎ無しで一気にいいきったアダムに枢機卿はしばし口を開け閉めして。
「取り敢えず貴様の人生が楽しそうということだけは分かった」
「はい、楽しいですとも! ところで推し活のために外に出るのは」
「却下だ」
「それは残念」
枢機卿は再度ため息を一つ。
「それで、例のダンジョンについては――」
「それも僕が報告しましょう」
「……あの件は別の者に任せていたはずだが?」
「僕が巻き取りました。随分と疲れていた様でしたので。ええ、メールの送り先を間違えそうになるくらいに」
その意味深な物言いを、枢機卿は正しく読み取った。
「……組合の犬か」
「恐らくは。今頃は永い休暇を楽しんでいることでしょう」
「ならば急がねばならんな。準備は?」
「既に完了しております。何しろ3年前にもやったことですから!」
両手を広げながらアダムは天井を見上げて叫ぶ。
「前と同じでは困る。今度こそ成功させなくては」
「勿論ですとも! 前回邪魔したあの2人はもういない! 今度こそ我らが祈りが、主に届く! 新たな☆6ダンジョンが……新たなる使徒が生まれる!」
「決行日は?」
「予定通りに。10月10日。新しい使徒の誕生を祝す日となりましょう」
「素晴らしい。これからも励み給え。天球会司祭アダム・月村」
この場には誰もいない。
天球会という名を聞いて顔を顰める者は誰も。
「ええ。大いなる天球の導きの元に」
3年前に、未曾有のダンジョンテロを引き起こし、表向きには解散させられたはずの新興宗教団体。
それが、決して余人には見つからない拠点を得て今も活動を続けている事に気づける人間は誰も。




