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25 融合

「ここに万物の根源は火であることを証明する!」


 蛍火の詠唱が俺達の意識を叩き起こした。


「壁だ!」

「ストーンウォール!」


 生み出された石の壁。

 真っ向から水流を受け止め――瞬時に罅割れていく。


 相克を無視する程の圧倒的水。


 神威限定解放でも止められるのか?

 言うまでもなく相性は悪い。


 だがスペルリングで止められそうな物はもう無かった。

 蛍火に賭けるしかない。


「神威限定解放!」


 無数の炎弾を指先に集約。極大の熱量に変えて撃ち出した。


「狐の婚、天気雨!」


 石の壁を砕いた水流。

 威力は相克によって多少なりとも落ちている。


 2つの激突の結果は――相殺! 共に消えて行く。


「よし!」


 再び同じ一撃を放たせないように、蛍火が距離を詰めようとし。


「言ったはずだよ。水流三叉と」


 今何とか相殺した水流と同じ物が、後二本控えていた。


 時が止まる。

 無理だ。


 この一瞬であと二本を打ち消すのは、不可能だった。


 一つが蛍火を飲み込む。

 悲鳴すら聞こえてこない。


 そしてもう一本が俺達の方へ。

 指示を出すよりも先に、がーちゃんとあるくんが俺と寝屋の前に割り込んでくる。ジァイアントビートルが少しでも遠ざけようと、俺と寝屋を角に引っ掛けて飛翔し。


 諸共全て流された。


「おっといけない。少しやりすぎてしまったかな?」


 全滅。


 水流に流されて、俺達は通路の端まで押し流されていた。

 蛍火だけがかろうじて岩に引っかかり持ちこたえていたが、ピクリとも動かない。


 偶々消滅を免れただけで、こちらの四体はもう誰一人として立ち上がれない。

 寝屋は衝撃で意識を失っている。俺だって、今にも意識が途切れそうだ。


 完膚なきまでの敗北だった。


 融合で感じる蛍火の状態は、バックドラフト発動時と同じか尚悪い。

 条件は満たしたはずだ。


 だから来いと。

 あの圧倒的理不尽な力しかこの場での逆転の方法は無い。


 だと言うのに。

 赤いリングは冷え切っている。

 くすぶった火種は燃え上がらない。


「っ!」


 最悪の予想が当たってしまった。

 バックドラフトの発動条件。


 心身ともに追い詰められた状態でないと発動しないのではないか。

 多分それ自体は合っている。


 問題はその追い詰めるの定義。


 バックドラフトがあれば逆転出来るなんて、そう思っている時点でまだ追い詰められていない。

 そう判断されるのではないか。


 正しかった。


 勝ち目なんて無い、そんな絶望の淵に立たないとこの逆転の炎は燃え盛らない!


「さて、名残惜しいが終わりにしよう⋯⋯だがその前に。こいつだけはきっちりトドメを刺さないとね。今も爛々とこちらの喉笛を狙っている」


 そう言って、スキュラを従えて歩き出したのは蛍火の元。

 蛍火はダンジョン外で活動できる代わりに、召喚解除ができない。


 殺される。


 このまま座していても蛍火は殺される。

 だったら一か八か。

 モンスター同士の融合を。


 少なくとも今よりも状況が悪くなるということはないはずだ。


「⋯⋯ほう?」


 その気配の起こりを感じたのか男が興味深そうに俺へと視線を向けてきた。


「何も知らなかったのは明白。だがこの短時間で福音をそこまで使いこなすか。これも興味深いね」

(すまん、覚悟を決めてくれ、蛍火)


 成功する未来なんてまるで見えないまま、ただ生存本能に突き動かされるままに俺は蛍火を別の何かへと変えようとし。


 そもそもなんでモンスター同士の融合が危険と直感したのか。

 そんな疑問が蘇る。

 別々の意識を持った存在。それを一つに纏めることへの歪みが出ると考えた。


(多分これは正しい。俺と蛍火の融合の時の感覚がそれを証明している)


 なら逆に考えよう。

 意志持たぬ存在との融合ならば?

 その答えを、俺は既に知っている。


(マリオネットだ)


 マリオネットとの融合。

 あれはまさしく、意志の持たない存在との融合だった。

 融合能力を自覚する前、あの時は何の危険も感じなかった。


 ならば。

 ならば。

 ならば!


「うおおおお!」


 震える膝に拳を叩きつけて血の混じった唾を飛ばしながら立ち上がる。


(まだ、まだ俺達は負けていない!)


 その叫びに応えるように。


「⋯⋯主様が立っている」


 ピクリとも動かなかった蛍火が低く呟く。

 指先が傷つくのも厭わずに、地面を掻いて拳を握る。


「なら、第一の下僕たる私が寝ているわけにはいかない⋯⋯!」


 額から流れる血を拭うこともせず、蛍火も立ち上がった。


「ほう、その傷で立ち上がるのはすごいね⋯⋯それで? 死にかけが立ち上がったところでどうなるのかな」


 勝利を確信しているのか。

 慌てる様子もなくゆっくりと人間の歩みに合わせて近寄ってくるスキュラ。


 それを見て俺は。


「ウィンドブラスト!」


 スペルの名を叫ぶ。右手に嵌めた薄い緑のリングが輝く。

 魔法の力を解放するのではなく、手元に留め置く。


「ストーンピラー!」


 左手に嵌めた薄い黄色のリングが輝く。

 二つの力が俺の中で荒れ狂うが。


(蛍火の神威限定解放を肩代わりしたときに比べれば容易い物!)


 そして向かい合わせた手のひらの中間点。


 そこに炎が。蛍が生み出す燐光のような炎が生じる。


 それを包み込むように両手を合わせた。


(頼む⋯⋯!)


 その姿はきっと。

 何かに縋り、祈るようだっただろう。


(上手く行ってくれ!)


 ここで倒れたらまた緋鞠は死に向かう。

 だから、真実それは真摯な祈りだった。


魔法融合エンチャント!」


 2つの魔法の力が蛍火へ注ぎ込まれる。


 そうだ。

 意志あるもの同士の融合が危険ならば。

 ただ、力だけを融合させてしまえば良い!


「なんだ、何をした⋯⋯?」


 意表を突かれたのか。男は狼狽している。

 その僅かな時間で蛍火の変化は完了した。


 全身から風が吹き出し、蛍火の炎を強く大きく変えていく。

 さながら、火炎旋風とでも呼ぶべき現象。


 四肢を包み込むように石柱が生える。

 それは一瞬で凝縮され硬度を増し。

 火炎旋風がその無骨な石柱を洗練させ、力を与え、手甲と脚甲へと姿を変えさせた。


 新たな具足を身にまとった蛍火は、爆発的な加速でスキュラとの距離を詰め。


「いいいやああああああ!」


 気合と共に手甲によって一回り巨大化した拳で殴り飛ばした。

 そのインパクトの音が、まるで爆発のように通路に鳴り響く。


 その信じがたき結果。それは。


「浮い、た」


 2倍近く巨大なスキュラが、蛍火の一撃で地面から離れて宙に浮く。

 地面へと落ちてきた際の地震めいた揺れ。それがやつの重量が決して見掛け倒しなんかじゃないことを証明する。


 たったの一撃で、あの怪物が悶絶していた。


「モンスターと魔法の融合!? 有り得ない! 福音の強さの問題ではない⋯⋯! そもそも全く構造どころか概念すら違うものをどうやって一つに!」

「ああ。これは知らないのか。それは良かった」


 奴が慌てている表情を見て、存分に溜飲が下がる。

 ずっと訳知り顔で上から目線だったのがそれなりにストレスだったらしい。


 ピシリと、小さな破断音。

 見ればウィンドブラストとストーンピラーのリングに欠けが生じている。


 一つ、二つと。この調子だと完全に砕けるまで一分もないな。


 蛍火とスペルの融合。

 その代償はこれか。蛍火という強大な存在にスペルリングの方が耐えられていない。


 俺達だって殆ど気合だけで立ち上がったんだ。元より長くは戦えない。


 故に短期戦。

 ここからの一分であのスキュラを打倒する。


 寝屋が気絶してろくに動かせない以上、俺達の勝利条件はそれしかない!


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