23 4対2
鱗に覆われた体表。
それが突き立てられた拳によって波打つ。
離れた俺達にまで聞こえてくる打突音。
「ふっ!」
短く息を吐きながら、ダンジョンの地面に足形の窪みが出来る程の踏み込み。
そこから生まれた力を全身連動させて、手からの衝撃力に変える。
炎が効かない?
だったら打撃力を上げるまでと言わんばかりの猛打。
「何で格闘技の動画見ただけであそこまで出来るんだ……」
この一週間で蛍火の格闘技術は格段に上がっていた。
彼女自身、相手がガチガチに炎対策をしてきた時の決定力不足を痛感していたのだろう。
その答えがこれ。
純粋に、格闘技を覚えてダメージを上げるというある意味脳筋な戦い方。
そこに加えて、今の蛍火のレベルは11。純粋に攻撃力自体も以前の倍近くに上がった計算だ。
一週間前は格上だったはずの蛇型と互角以上に渡り合っていた。
「ほう、やりますね……フラッシュ」
蛇の額から、閃光が放たれる。
至近から浴びた蛍火の視界が眩んで真っ白になった。
「まずっ……」
その隙を突いて、蛇型は毒の滴る牙で食らいつこうとする。
それは蛍火には見えていない。
だけど、離れた場所にいる俺には見えている。
「俺のを見ろ!」
視界の共有。
俺が蛍火の視界で見ていたように、今度は蛍火が俺の視界で見る。
己の喉笛に牙を伸ばす蛇の首を抱え、空中飛び膝蹴り。
関節の多さで衝撃を受け流せていなければ、何度昏倒させたか分からない程の怒涛の乱打戦。
「グランクラック」
蛍火の足元で地面が罅割れる。
そこへ足が取られそうになり――。
「スパイダーウェブ!」
その隙間を埋めるように蜘蛛の糸を。
そして敢えて蛍火はその糸へ踏み込む。
しなり、たわむ糸。その反動を使って、天井近くまでの跳躍。
狙うは蛇型――ではなく、召喚者。
奴を抑えてしまえば強制的に召喚解除も狙える。
俺達もつけているブレスレット。あれを奪えれば蛍火の様な例外を除いてモンスターは召喚が維持できないのだから。
「させん!」
蛇型が地面へ身体を打ち付け、その反動で天井目掛けて真っすぐに首を伸ばす。
「ちっ!」
それを空中で蹴りつけ、蛍火はトンボを切って着地した。
「すみません、主様。好機を……」
「いや良い」
……優勢だ。
向こうは徹底的に蛍火対策をしてきている。
だが今のところそれがあっても戦えている。
向こうは既にスペルを二つ切った。
対してこちらも二つ……だけど、それは俺と寝屋合わせてだ。
つまり現状、相手は俺達の倍のペースで消耗している。
ホントのところ、寝屋のスペルは結構大雑把なのでそこまで的確には使えない。
実際は良い所、1.5倍ってところか。
だが相手にはそこまで分かっていないだろう。焦ってくれれば儲けものだ。
「一週間で随分と鍛えてきた物です。やはり、神の恩寵! だからこそ解せない。何故そのような背教者と共に……」
「ぶつぶつと余裕だな」
「それはお互いさまという物。そちらも、余力を残している様で」
気付かれたか……いや、こっちの態度を見ていれば当然か。
この調子なら、時間をかければかける程こちらが有利になる。
だから欲が生まれた。
こいつは第三研究所というワードに釣られて出てきた。
ならば、知っているはずだ。
そこで何が行われていたのか。
俺達の親がそこで何をしていたのか。
「余力って意味だとまだまだそっちも残っていると思うけど?」
言いながら、もう一つの戦闘を見る。
宙を泳ぐカジキマグロ……。
どうやらこちらの方が蛇型よりも格が上か?
こちらの攻撃を、宙に潜って躱し。
逆に死角から水を螺旋の様に纏い、突撃をしてくる。
だが相性自体はこちらも悪くはない。
ジャイアントビートルの属性は緑――木。そしてあるくんは黄の土。
水相手に木は増幅がかかるし、土相手だと水は減衰する。
事前に俺達のモンスターの属性を調べておいた甲斐があった。
ただその属性相性と数の優位があって尚互角。
くそっ、こっちも指示を出したいが……蛍火の戦いを支援しながらこっちにも支援をするのは厳しい。
「ええっと……どれだっけ……サンドストーム!」
俺が貸したリングの一つを寝屋が切る。
それなりの広さがある通路を埋め尽くす砂嵐。
「チッ……これは誤算」
これ、味方が使った場合でも俺や蛍火は視界が奪われる。
あくまで、使用者と召喚者だけが視界を確保できる物か。
俺は砂嵐の外にいるからうっすら見えるが、中に居る蛍火は完全に視界を奪われている様子。
それでも大規模な土属性のスペルによってカジキマグロは動きが鈍った。
「あるくん! 突撃だー!」
丸まったアルマジロ型が飛び跳ねてカジキマグロへと体当たり――直撃だ!
纏っている水の制御が揺らいだのが砂塵越しにも分かる。
「形勢はこっちが有利だ。大人しく後ろの転移門から逃げ帰ったらどうだ? ああ、そうだった。話されたくないんだったな第三研究所の事が」
挑発的にそういうと、向こうは感情の見えない目でこちらを見ている。
そして。
「ああ、なるほど」
そう言って小さく笑った。
「君は第三研究所の事は何も知らない様だ」
――今の会話だけで何で看破されたんだ!?
「何故分かったのかと、そういう顔をしているね。簡単な話だ……もしも君が知っていたら、とても口に出そうなんて思わないだろうからさ。挑発だったらそっちの魔女にやらせるべきだったね」
そう言いながら奴は顎へ指先を伸ばす。
「しかし妙だ。これほどの福音。にも拘らずあそこを知らない……となると兄弟は兄弟ではない……?」
ぶつぶつと呟いている内容ははっきりとは聞こえない。だが最後の困惑だけはしっかりと聞き取れた。
こいつ、本気で俺の事を兄弟だと思っていたのか……?
何を今頃真剣に言ってんだ。その思考回路が分からなくて怖気が奔る。
「まあいい。二人とも捕らえてからゆっくり話を聞くことにしよう。安心したまえ。私は友人を作るのが得意だよ」
「洗脳は友人作りとは言わねえ!」
「そもそも、この調子なら捕まえるのはこっちー。警察に突き出してやるんだから」
戦闘センスのない寝屋でも現状の優勢は分かるらしい。
そういうと、男は喉の奥でくっくっくと笑った。
「何がおかしい」
「いいや。そっちの魔女は兎も角……兄弟も気付かないなんて。福音を与えられた者にとって、こんなものはまだ前哨戦みたいな物だろう?」
相手の言葉を理解できなかった。
福音――恐らくは融合能力の事だ。
それを持っているならこれは前哨戦。
「では本番と行こうか……」
そう言って両の手のひらを掲げる。うっすらと見えるのは青い光。
それがそれぞれの手の上で光り輝いている。
その二つの光を押しつぶすように、がっちりと手を組んだ。
「融合」
その言葉と共に、蛇型の姿消えた。
同時に魚型の姿も。
違う。二体とも同じような青い光の球に姿を変えて、ぶつかり、混じり、一つになっていく。
「まさか」
「召喚――いでよスキュラ」
そして手が広げられた。青い輝きが一つになった球体から漏れ出て――巨大な魔法陣を描き出す。
そこから現れたのは、通路を埋め尽くす巨体。
犬の頭を持ち、女性の上半身、そして蛇と魚が多肢の足の様になった下半身を持つ異形。
犬の頭が唸り声を上げ、下半身の蛇が舌を伸ばしちらちらと揺らす。
漂ってくる生臭さが――モンスターというよりも猛獣の様な気配を俺達に叩きつけてくる。
蛍火でさえ、一歩後退ってしまった。
「モンスター同士の融合……」
理解してしまった。
こいつ、圧倒的に俺よりも融合の使い方を熟知している!




