22 奇襲作戦
四層入り口の転移門から一本道にあるY字路。
ここが俺達が襲撃すると決めたポイントだった。
「寝屋、この層に来てるか?」
「うーん、多分まだ来てないと思うー」
探知機をじっと見つめて寝屋はそういう。
入り口側から見て俺達の分かれ道は後ろに伸びている。
つまり、入り口から歩いてくるとこの分岐は見えない。
奇襲を仕掛けるには良いポイントだった。
後は身も蓋も無い事を言うと、この迷路みたいになっているダンジョン内で相手を探すのはかなり難しい。
俺も寝屋も索敵系のモンスターがいないので、遭遇できるかがあてずっぽうになってしまう。
それだったら最初の分岐で仕掛けるべき。
その為にこうも見通しの悪い分岐が出てくる層まで攻略を続けたのだから。
足音。
人間らしきものと、地面を這いずる音。
他の音は聞こえない。
予想通り、相手は一体しか召喚していない。つまり今回も融合したマリオネットを送り込んできたという事だ。
無言で蛍火と頷きあう。
(頼む)
(お任せを)
融合した意識越しにそんなニュアンスの思いを交わし合う。
初手で蛍火が強襲して、相手のマリオネットを行動不能にする。
俺自身の経験から言って、自分の身体の代わりの様にマリオネットを動かしているという事は相当深く融合している。
だったら、ダメージのフィードバックも相応に大きい。
マリオネットに大ダメージを与えることで、その向こうにいる召喚者を行動不能にする。
そして、その間に寝屋が魔力を計測。
残った蛇型は蛍火を始めとした四体で抑え込むという作戦だ。
静かに蛍火が炎を溜め始める。
この作戦、最初の奇襲でマリオネットを仕留めるのが前提。一応プランBは用意してあるけど……最初のが上手く行くに越した事は無い。
故に最大火力。
蛇型が頭を出した。
その後に僅か遅れて人影。
見えた瞬間に蛍火が動く。
動きと熱を察知して蛇型が首をもたげた。
だが、もう遅い。
拳に炎を宿した蛍火が相手を打ち抜こうと振りかぶり――。
蛍火の拳が何者かに弾かれた。
「っ!」
それはあり得ざる生き物。
水を纏い、宙を泳ぐ魚。カジキマグロの様に鋭利な触角をもっている。
「二体目!?」
蛍火の驚愕の声。
そんな生き物、現実に存在するはずがない。間違いなくモンスター。
だとしたら……。
「どういうこと?」
寝屋が二体目の魚型モンスターと人影を見比べて目を白黒させている。
「三体召喚なんてあり得ない。どういうトリック?」
それにこたえるよりも先に。
人影がこちらに向かって手を伸ばしてくる。
途端、俺の中に侵入してくる何か。
それを明確に意識して弾く。
「寝屋。三体召喚じゃない。召喚しているのは二体だ。ただ――」
「……やはり」
ダンジョン内に響いたのは第三者の声。
「同じか」
「ご本人様がそこにいるってだけだ」
舌打ちを一つ。
可能性としては考えていなかったわけじゃないが、相当に低いと思っていた。
まさか……召喚者本人がこの場に来るなんて。
「一つ、我が目で直接確かめたかった。我らが神を研究しようとする魔女。それに手を貸す者に福音を与えられし者が与しているかどうか」
そう言いながら人影はフードを捲る。
晒されたのは……多分、二十代くらいの男の顔。
露になった表情は――涙を流していた。
「おお……素晴らしい。我が福音の力をこうも容易く打ち破るとは。まさに! 神に愛されている!」
祈るように手を組んで天井を見上げる姿。
正直――話している内容も含めて常軌を逸しているしか思えない。
一つ分かったことは、内容的にダンジョン系新興宗教の関係者だろうという事くらい。
「……寝屋、魔力は取れたか?」
「本人がいるからバッチリ。もう間違いなく」
想定とは違うけど、俺達の第一目的は達成できた。
こうなってくると位置が良くないな。
転移門はあいつの後ろの一本道の先。
どんなに頑張っても、向こうからの追撃の方が先に来る。
「蛍火作戦変更だ。蛇型を頼む。他で魚を抑える」
どう見てもカジキマグロは水。
蛍火との相性は良くない。
その魚相手でも、三対一ならば十分戦いになるだろう。
「おお、兄弟よ。我らが戦う必要などない。我らの志は同じはず。汝の主はいずれの猊下か」
「知らん」
人の事散々追い回して、拉致しているような連中に兄弟呼ばわりに加えて同士扱いされて非常に不愉快だ。
人類皆兄弟とでも言いたいのかこいつ。
「お前は警察に突き出す。それだけだ。寝屋!」
「えっと、ストラングラーフィグ!」
寝屋に渡していたスペルリングの一つ。
狙いをつけるのがへたくそな寝屋でも扱える、大体この辺という大雑把な範囲にある物をツタで締め付けるというスペルだ。
ショップで見つけて、五万位するのを即決で購入してた……資本力が違う。
そしてこのスペル、何より蛍火との相性がいい。
「はあああ!」
気合を吐きながら炎を立て続けに打ち込む。
このスペルの色は緑――つまり、火との相性がいい。
相手を拘束しつつ蛍火の火力を底上げできる魔法。
『見た瞬間にこれは私達に使えると思ったー』
と得意気に言っていた寝屋の表情を思い出す。
寝屋は自然に、俺と組んで戦う事を考えていてくれた。
当人は足手まといなどと卑下しているけど……ありがたい話だ。
増幅した炎が相手を包む。
拘束した三つの影が炎に包まれて――。
「って蛍火やり過ぎだ!」
あの謎の男まで燃やしている!
「しまった、つい!」
常の炎でさえ人間には危険な攻撃なのに、増幅されたらどれほどか。
松明の様に燃えているのを見て、寝屋がぽつり。
「……このままダンジョン消滅させて見なかったことにする?」
冗談めかしているが、寝屋の声も震えていた。
「そうも、行かないだろ」
人を燃やしてしまった。いや、違う。
殺してしまった。
確かに追い回されたりはしていたけど……そこまでする必要はあったのか?
いや、拉致するような連中の仲間だ。
それに前回もこっちが防いだからよかったような物の、普通に殺されかねない攻撃をしてきていた。
だから俺は悪くない……そう思いたいのに。そこまであっさりとは割り切れない。
その逡巡は、炎の中から聞こえてきた声によって断ち切られた。
「この炎……」
燃え盛る炎の中から、男が姿を現す。
ほぼ、無傷。僅かに服が煤で汚れた程度。
見れば蛇も魚もほとんどダメージらしいダメージが無い。
「うそー」
「どういう仕組みだよ」
いや……相手は俺と同じ融合を使えるのだとしたら召喚者はモンスター並みの耐久力を得られる。
それに魚の水属性をあいつら全員が持っている? そこまで出来たら炎ではほぼダメージが与えられないのも納得だ。
「おお、おお、なんという事だ。これほど強き祝福を与えられし者が、こんな、背教者と共にいるとは!」
眉根に手を当て嘆かわしいと言わんばかりに首を横に振る。
「神よ。彼の者の迷いを許したまえ。今、正道に立ち返らせよう兄弟よ」
「人違いだ!」
咄嗟に言い返すが、相手は全く聞く耳を持たない。
ただ、二体のモンスターがそれぞれ前に出ることで戦いの意思を示してくるだけだった。




