19 釣りには餌が必要です
誘き出す方法については、お互いに考えることとした。
というよりも、その場では思いつかなかったからそうせざるを得なかった。
家に戻って昼食を食べながら緋鞠に尋ねてみる。
「なあ、緋鞠。ストーカーが目の前に姿を現すときってどんな時だと思う?」
「ええ……何その質問……」
最初嫌な顔をしていたけど、寝屋絡みだと思ったのか少し真剣に考え始める。
「うーん、よく分かんないけど相手が異性と歩いていたら、とか?」
流石に今回はそれ関係無いだろうな……。
恋愛感情からのストーカーだったら逆にびっくりする。
「他には何かない?」
「私にストーカーの心理聞かれてもなあ」
そりゃそうだ。
「後は……うーん、見つかった時とか?」
「見つかった?」
「現場を押さえられたというか、証拠を押さえられたというか。もう特定された! ってなったら観念して出てくる……かも?」
証拠か……。
それがあれば苦労はしないんだけど。
いや、待てよ。
あるかもしれない。
同じ融合能力。それが繋がっているのだとしたら……もしかしたら。
「あとさ、緋鞠。母さんたちの部屋、片づけないか?」
「……急だね」
少し真剣な面持ちになって、緋鞠は俺の行動に疑問を挟む。
「やろうって言いだしたのは私だから、全然やるのは良いんだけどどういう心変わり?」
「寝屋のストーカーが母さんたちの勤め先に関係しているかもしれない」
それ自体は嘘ではないのだが思いっきり胡散臭そうな視線を向けられた。
まあそりゃそうだ。
普通に考えて、そんな事素人の高校生が突き止められる様な情報じゃない。
「何でそんなことが分かったの? とか色々と聞きたいことはあるけど……とりあえず寝屋ちゃんの為ね。了解」
そこで溜息を一つ。
「でも拓郎」
「なんだ?」
「いつかちゃんと話してね」
その言葉は遠回しに、隠し事があるのは分かっているという緋鞠からの釘刺しだ。
流石に探索者の事まではバレていないと思うけど……今回の一件だけでも怪しまれるには十分すぎる。
「……ああ。必ずちゃんと話す」
誕生日には必ず。
今は母さんたちの遺品の調査――融合能力の手がかりがどこかにあるかという確認だ。
俺達が引き継ぐもの。処分する物と淡々と、機械的に振り分けていく。
機械的にせざるを得なかった。
「……ちょっと、つらいね」
「本当にな」
ふとした瞬間に思い出が蘇る。
ああ、この服よく着ていたなとか。
プレゼントで送った物、大事に取っていたんだなとか。
一つ一つに感情をこめていたらきっと何もできなくなると思っていたから二人とも心を静めて。
只管に振り分ける。
時折、懐かしむように話はするけれど。
それ以外はお互いに無言で。
その中で遂に両親とダンジョンを繋げる手がかりを見つけた。
「……あった」
緋鞠にも聞こえない程度の小声で呟く。
見つけ出したのは一葉の写真。
約二十年前の日付。
「研究所開設記念……」
建物には内藤製薬ダンジョン第三研究所という文字が見えた。
ダンジョン……まさかというべきなのか。やはりというべきなのか。
関りが、あったのだ。
「いや、でも内藤製薬って……」
聞き覚えがあった。スマホで検索する。
「……やっぱり倒産してる」
そうだ。覚えている。三年前のダンジョン氾濫。その少し後に倒産していた。
理由は、何だ?
そう思って出てきたのは。
「おい、嘘だろ……?」
第三研究所は、ダンジョン由来の物質、素材、そして魔法を使って新たな薬を製薬するために建てられたらしい。
そして、その設備は――ダンジョン内に建てられていた。そうすることでより画期的な研究をという狙いだった。
そして三年前のダンジョンの氾濫は、そのダンジョンから発生している。
その第三研究所の壊滅が倒産の切っ掛け。
多額の投資をしていた研究所の壊滅と、第三者によるものとはいえ管理していたダンジョンによる甚大な被害の賠償金に耐えられなかった。
「知らなかった……」
親の職場が何処かなんて気にもしていなかった。
あの事件がどこで起きたのかは知っていてもそこに何があったのかはよく調べようともしていなかった。
氾濫の中心地にいたんじゃ……逃げるどころか事態に気付くことさえ出来たかどうか。
「拓郎、何見てるの?」
肩越しに緋鞠が覗き込んでくる。
さりげなく写真に視線を誘導しながらスマホの画面を消す。
両親が、死んだときの話なんて見せる必要は無いだろう。
「わ、義母さん若いー。あ、お父さんもいる」
「ホントだ」
同じ職場だって言ってたから緋鞠の父親……義父さんもいるか。
……そしてもう一人。
「これ、拓郎のお父さんじゃない?」
「……ああ多分」
俺の生みの父親も写真にいた。
緋鞠が見て気付くほどに顔はよく似ていた。
「父親似だったんだね」
奇妙な気分だった。
物心着く前に父は死んでいたから俺は直接顔を見たことが無い。
写真もほとんどなかったのでこうして若い頃の姿を見たのは初めてだ。
本当に、鏡の中の自分を数歳年取らせたらこんな感じだろうという顔付。
……母さんの遺伝子少なすぎないか俺?
「これは取っておこうよ。みんなが写ってる写真ってあんまりないし」
そう言って緋鞠は自分の方の整理に戻った。
この写真から分かったことは一つ。
やはり高い確率で俺は物心つく前にダンジョンに入った事があるのだろう。
母さんか父さんかがこの研究所に連れてきていたらあり得ることだ。
「……使えるか?」
三年前のダンジョンテロ。その中心地にこの第三研究所が選ばれたのは偶然では無いだろう。
ダンジョン系新興宗教の言い分から考えれば、ダンジョンの中で何かを研究するなんて冒涜以外の何物でもない筈だ。
だから、それを壊滅させるために敢えてそこで起こしたというのは決して突飛な発想じゃない。
「……その研究が続いているとしたら相手はどう思う?」
きっとそれは看過できないだろう。
最優先で、妨害しようとしてくるはず……。
この情報を上手く使えば、あの襲撃者を誘き出せるかもしれない。
釣り餌としては有力候補だろう。
後はこれをどうやって襲撃者に伝わるようにするか……ここは寝屋と相談だな。
「お、ねね拓郎。これ宝石かな? こんなルビーみたいなの持ってたんだ」
「母さん、そんな派手なアクセ持ってたっけ……!?」
緋鞠が手にしているアクセサリー……ネックレスを見て俺は絶句する。
ここにあるはずのないものだ。
「んん。違うな。これどっかで見たような……ああ、そうだ。夏休みに拓郎が見つけた石。あれとそっくりだね」
ネックレスのヘッドにある石。
それは炎のように赤く揺らめく奇妙な石。
――契約石が、そこにあった。




