16 相生
三つの属性を使い分けてくるダンジョンマスター。
一人だったら少々厳しい戦いだったかもしれない。
だが――。
「蛍火! 雷にだけ気を付けろ! 後は無視していい!」
こちらには同じ炎と水の属性を持つ蛍火とがーちゃんがいる。
奴の攻撃の内二種類は相殺出来る。
だとしたら後はあの雷を纏った突撃。
あれだけに意識を注力すればいいという寸法だ。
後は火に巻かれないように立ち位置に気を付ける。
その辺を気を付ければそう苦労する事は無い。
その筈なんだが。
「……何かを見落としている?」
そう、ダンジョンマスターとしては少し弱くないか?
こちらの相性が良い事は認める。
だけどそれを抜きにしても……大した強化とは思えない。
だとしたら何かこいつにも隠し玉がある。
蛍火が炎狐の後を追いかける。
速度は互角。
対する爪と拳。草原を縦横無尽に駆け回り至近距離での殴り合い。
元々炎狐は炎での攻撃が主体のモンスターだ。
ならば奴の本領はやはり尾からの攻撃……。
こうして俯瞰している俺の方が蛍火よりも全体を見渡しやすい筈なんだが、下草のせいで奴の尾が良く見えない!
これも加味した、フィールド構成か。
いっそ焼き払ってしまうかという短絡的な考えも頭に浮かぶが、多分その結果は焼死体二つだろう。
言うまでも無く俺と寝屋のである。
「寝屋、あるくんから離れるな」
「たくろーはどこ行くの?」
「上だ」
短く答えてジャイアントビートルを呼び寄せて、背中に乗る。
こいつなら俺を乗せても飛翔可能だ。
上からの情報を蛍火に送りつつ、相手の能力を探る。
「よし、よく見える」
草があるとはいっても、炎狐も蛍火も押しつぶしながら走っている。
その姿は上からなら丸見えだ。
「水だ!」
尾の一つ。水を宿していた尾が膨らみ輝く。
そこから放たれた水流を蛍火は首を傾けるだけで躱してみせる。
続けての炎も同様に。
至近であっても、それだけの速度差がある。
ならばやはり注意すべきは蛍火が振り切られた雷だけ。
既にあの炎狐は能力を三つ見せた。
……ここから更に増えるのは考えにくい。結局ユニークモンスターでさえ見せた能力は二つだけだった。
俺の考えすぎだったのか……?
そう思った瞬間。
再び水の尾が膨らむ。
再度の水流――かと思いきや、今度は水を自分の周囲に纏う。
火勢が弱まるような行動に疑問符。
何を、と訝しむより先に雷の尾が膨らむ。
それは、融合によって視界を共有している蛍火からも分かる程大きく。
そう、これまでよりも大きな力を蛍火が感じ取っていたのが伝わってくる。
そうして今度は雷雨を纏い炎狐が高速移動を始める。
「速い! さっきよりも!」
まるで台風。その速度に俺は上から見ているにも関わらず見失いかける。
草をなぎ倒しながら大きく旋回し、蛍火目掛けて突っ込んでくる。
対する蛍火は炎を生み出し拳へと収束させていく。
蝶人と戦った時のアレンジ。通常の状態で出せる最大の火力。
この延焼しやすい環境においても手元のゼロ距離で放つ炎は最適解。
真正面からならば、この速度であっても捉えられる。
その自信があっての選択。
一瞬の後、互いがぶつかり合う。
その刹那。
最後の尾、炎の尾が膨らんだ。
見下ろした視線の先。蛍火が動揺したように目を見開く。
そして、流れるように炎を足元に回し――その推進力で大きく跳躍。
その足先を掠めて行ったのは巨大な火球。
自らが生み出した炎に包まれて繭の様になった炎狐が草原を燃やしながら駆け抜けていった。
延焼はしていない。
するよりも早く一瞬で燃え尽きたせいだ。
そして、離れた場所で繭が孵るように炎が撒き散らされた。
届いた爆風が、熱風となって俺達を襲う。
「なっ……」
何だ、あの火力!
感覚的な話になるが、蛍火の神威限定解放の一発に匹敵する熱量。
炎に耐性のある蛍火でも直撃したら不味い。
「……何で今になって使ってきた?」
一部の例外を除けば、モンスターに温存するという考えはない。
本能に従って戦っている。
勿論、その本能が狡猾さを見せることもあるけど。
今回は違う気がする。
そう思っていると下で寝屋がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
遊んでいるのでなければ何か伝えたいことがあると見た。
「何か気付いたのか!」
「これ、相生かもー」
「詳しく!」
「超簡単に言うと、属性の組み合わせで威力が上がるって奴。Eランクの公開情報ー!」
オッケー。短くて非常に分かりやすい。そのロジックは後で聞くとして。
「分かった。相乗だな!」
「多分思ってる字違うけどー水雷火の順番が大事。どこか妨害してー!」
妨害。蛍火と一瞬の思考の交換。
蛍火側では最後の一撃の為に炎を温存する必要あり。
がーちゃんの水鉄砲は――ダメだ。恐らく、水、雷のタイミングでは相手に利する気がする。
撃つとしたら最後。蛍火と交錯する直前に相手の火を弱める時だ。
「使うしか、ないか」
ジャイアントビートルとあるくんに有効な妨害の手札が無い以上、ここは俺の手札を切るべきだ。
自然とフロストとウィンドブラストの選択肢は外した。
属性、という観点からだと相手と同種の様に感じられたのだ。
あの連携を断ち切る……だとしたら、狙うべきは雷のタイミング。
再び炎狐が立ち上がってこちらを睨む。
遠目に、水の尾が膨らむのが見えた。
「蛍火! がーちゃん!」
手振りで場所を指示。
蛍火は俺の意思が伝わっているけど、がーちゃんはそうではない。蛍火の後ろに位置するように調整。
雷の尾が膨らむ。
高速移動が開始される。
タイミングが命だ。
俺の妨害。がーちゃんの妨害。
そして本命の蛍火。
炎を纏う直前。
「金剛身」
一瞬の停滞。だが加速していた身体はそのまま突き進む。
狙ったのはそこじゃない。
雷、その制御だ。
纏っていた雷が一部霧散して消える。
明らかに規模が小さくなった。
そして、その後包み込む炎も先ほどよりも小さい。
「がーちゃん!」
そこへ水鉄砲。蛍火の影からのそれは、炎狐の炎を更に弱める。
迎え撃つ蛍火は、手足に炎を纏う。
正面から突っ込んできた炎狐を己の両手で掴み取った。
「この程度の炎ならば!」
蛍火が今出せる炎で相殺可能。そして、尚も残った速度は。
今この場で受け流す。
蛍火が後ろに倒れこむ。そのまま、炎を宿した足で炎狐の腹を蹴り上げて――。
「巴投げ!?」
あいつ、いつの間にあんな事を。
いや――そういえば学校に行っている間俺のタブレット使ってなんか調べてる様子があった。
最近俺のおすすめ動画に格闘技が多く出てくるかと思ったら、自分で勉強してたのか!
自分の勢いをそのまま地面へとぶつけられた炎狐は完全に動きを止めた。
そこへ水鉄砲を撃って一仕事終えていたがーちゃんが全体重を乗せた踏み下ろし。
ジャイアントクレイフィッシュ程の耐久力を持たない炎狐はその一撃で完全に潰され――足の下で光となって消えた。
魔石とスペルリングというドロップアイテムは即座に回収。――あの赤い石はない。
快哉を叫ぶことも無く、臨戦態勢を続ける。
消耗は最小限。
スペルリングは一つ使用したが許容範囲だろう。
倒した後は全員、ダンジョンマスターがいた場所に集合と決めていた。
寝屋も駆け寄ってくる。
さあ、ユニークモンスターが来るか?
終わっても尚、警戒を続けていると。
「主様!」
俺の後頭部目掛けて飛んできた何かを蛍火が掴み取る。
「寝屋! 気を付けろ!」
当たって欲しくなかった予想が当たったか、くそっ。
バックドラフトの事が頭を過る。
前回の蝶人ではこれが決め手だった。だけど、今こいつは発動するのか!?
全てを出し切った後の危機的状況が発動条件だと予測している。
だけど、バックドラフトを当てにしていたらその条件を満たさない。
バックドラフトがあったら勝てる。そんな状況では決して発動しない。そんな矛盾を感じる。
蛍火が掴み取ったのは、鋭い針の様な何か。
無警戒だったらきっと俺の後頭部を貫いていただろう。
今更ながら、生死の境にいたのだと気付いて背筋に汗が流れだす。
さあ見極めろ。
この攻撃一つだって相手の能力のきっかけになるかもしれない。
そして相手の姿。あらゆる情報から能力の正体を明かさないと勝負の土俵にも上がれない。
不自然な間。まるで今の一撃が防がれたことが予想外の様。
それでも尚警戒を切らさない俺達の前に現れたのは――蛇型モンスター。
「何だ……!?」
それは、組合に残されていた六体のユニークモンスターのいずれとも特徴が合致しない。
更にそのモンスターの後から、フード付きのパーカーを羽織った何者かが現れたことで俺は勘違いを悟った。
「違う、こいつ探索者だ!」
襲ってきたのはユニークモンスターじゃない。
人間だった。




