第10話 寝付けない夜
外では、強い雨が窓を打ち、雷が鳴り響いていた。夜の静けさを破るように、雷の音が家全体に響き渡り、まるで何かが破裂したかのような音が続く。愛理は、和宏の家の客間に横たわりながら、何度も天井を見上げていた。
「こんなにひどい雷、久しぶりだな……」
愛理は静かに呟いた。今日は和宏の家に泊めさせてもらう事になったが正解だった。こんな日に外に出ればまたずぶ濡れになる事は避けられなかっただろう。
それに気になる事があった。桜子のことが頭を離れず、手紙に書かれていた彼女の不安な心情が、愛理はずっと気になっていた。
「明日はまた調査を頑張らないと。今日はもう寝よう」
そう思いベッドの上で寝そべりながら、何度も目を閉じようとするが、雷の音に引き戻されてしまう。どうしても頭の中が整理できず、静かな部屋の中で時間だけが過ぎていった。
「桜子さん、無事でいてほしい……」
愛理は心の中で何度も祈るように呟いた。しかし、どんなに願っても、答えは返ってこない。
その時、また雷が大きく鳴り響き、愛理は思わず身体を震わせた。怖いわけではないが、この孤独な夜に鳴り響く雷の音が、何かしらの不安を呼び起こしているような気がしてならなかった。
「なんか不安だな。いや、そんな事は無いはず」
嵐が事件の前触れなんてフィクションの中での話のはず。だが、不安は拭えなかった。
しばらくして、部屋のドアが静かにノックされる音が聞こえた。
「愛理ちゃん、もう寝たかな?」
「和宏さん!?」
一瞬お化けか怪人かと驚いたのを恥じ、愛理はすぐに起き上がって答えた。
「はい、どうぞ?」
ドアが開き、和宏が顔を覗かせた。
「良かった。君がまだここにいてくれて。激しい雨だね」
「そうですね」
彼は少し躊躇しながら、「愛理ちゃんも寝られないのかい?」と声をかけてきた。
「うーん、ちょっと……雷がすごくて、寝付けなくて」
愛理は少し苦笑いしながら答えた。子供っぽいと思われただろうか。
和宏は部屋に足を踏み入れると、愛理のすぐ近くに座った。
「確かに、雷は気になるよな……でも、あまり気にしすぎると余計に眠れなくなるんじゃないか?」
和宏は優しく言いながら、少しだけ愛理の方に体を向けた。
「そうですね……雷は不吉の予感……いえ、おへそを取られると言いますけど、そういうのって迷信ですよね!?」
愛理は自分が良くない事を言いかけたと気づいて慌てて言い直したが、和宏に心配そうな顔をさせるのは止められなかった。
「桜子は帰ってくるよね……?」
「はい、必ず帰ってきます」
「愛理ちゃんのおへそは大丈夫かい?」
「はい、多分大丈夫だと思うんですけど」
その顔にはまだ少し緊張の色が浮かんでいたが、愛理が冗談めかして笑うと彼も安心したように微笑んでくれた。
和宏の存在が近くに感じられると、何となく不安な気持ちが和らぐような気もしたが、やはり二人きりの家で過ごすと、少し気まずさを感じる自分がいた。
和宏はその気まずさに気づいたのか、少し微笑んで言った。
「あまり気にしなくても大丈夫だよ。この家だったら雷からもきっと僕たちを守ってくれるはずだ」
愛理はその言葉に少しだけ安心した。和宏の優しさが、心にじんわりと染み込んでいくのを感じた。
「ありがとうございます、和宏さん」
愛理は感謝の気持ちを込めて答えた。だが、その時、雷が一際大きく鳴ってつい悲鳴をあげてしまった。
「ひゃい!?」
「今の大きかったね。近くに落ちたのかな?」
「一人でいなくて正解でした。平気だと思ってたんですけど、こうも激しいと雷が鳴るたびに、なんだか心配になってしまいますね……」
和宏は愛理の気持ちを理解したようで、立ち上がって部屋の明かりを少し明るくした。
「どうやら僕たちはお互いにまだ寝付けないようだし、雷が去るまで気を紛らわせるために、少し話をしようか? 桜子のことについてでも」
「そうですね、少し話しましょうか」
愛理は少し考えた後、うなずいた。そして、しばらくの沈黙の後、愛理は言った。
「桜子さん、音楽に憧れてギターを練習していたんですね。あの手紙を読んで、桜子さんの心の葛藤が少しだけわかった気がします」
和宏はその話をじっと聞いていた。
「桜子は、音楽が好きで、夢を追いかけていた。それが、彼女にとっての支えだったんだろう。でも、何かがその道を邪魔したんだと思う」
愛理はうなずきながら続けた。
「桜子さん、金井という男に依存していた部分があったと思います。でも、彼女はその男を完全には信じきれていなかった。それが彼女を不安にさせて、最後には……」
和宏はその言葉を聞きながら、少し黙っていたが、最後に静かに言った。
「桜子のこと、きっと助けられるよ。君がいれば、絶対に」
愛理はその言葉を胸に、静かにうなずいた。
「はい、必ず助けます。桜子さんを……必ず見つけて、守ります」
その瞬間、和宏は少しだけ目を閉じ、深呼吸した。
「それが一番大事なことだよ。君がそう言うなら、僕も何でも協力する」
愛理は和宏の言葉に、心から感謝を感じた。そして、ふと気づいた。雷の音は、少し遠くに感じるようになっていた。和宏と話をしているうちに、雨雲が通り抜けて静けさが戻ってきたのだ。
「ありがとう、和宏さん。少しだけ、気が楽になりました」
愛理は微笑んで言った。和宏も微笑み返した。
「いいんだよ、気にしないで。愛理ちゃん、眠そうな顔になってきたね。もう少しで寝られるんじゃないかな?」
愛理はうなずいた。
「はい、少しだけ……安心したら眠く……」
愛理の意識が続いたのはそこまでだった。雷が去って静かになったのも束の間、愛理は安心したように眠りについた。
和宏はそっと彼女をベッドに寝かせ、部屋を出ていった。




