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捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
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●【08・知恵と旅】●

 

 辺境開拓領地アルダ領から中位領地イーク領へ向かう山道を馬車で走る。

 山道ではあるが急坂と言うほどの道ではなく、しばらくはなだらかに続くようだ。少し先に大きめの山があるが、どうやらそれは迂回するようになっているのではないか、とベイルは言った。


 行ったことのない道なのに、よくわかるな……


 国内の地理については城にいた頃に学んでいた。

 だが、実際の道など知りようもない。

 それを改めて考えさせられた。


 当初、北に向かって真っ直ぐ進むつもりだったが、やはり山があったり人の多い町などがあればそれだけで難儀しただろう。


 四年前、魔獣の森に向かった道筋は王都のある王領地から、傍位領地ペララーナ、中位領地マルエイン、中位領地トートウを通って来た。それだって、馬車に乗ってで外を見ていたわけでもなく。宿にも泊まったが護衛に囲まれ外に出たり平民と話したりなどはしなかった。


 落ち着いて考えろという、養母殿の言葉がしみる。

 先走って魔獣の森を飛び出したが、無謀だったと今は思う。


 道を知る案内人は必須だった。


 御者台で手綱を持って正面を見ているベイルにチラリとだけ目をやり、また考えにふける。

 考え事を始めてからは、ベイルは話しかけてこなくなった。

 これは気を使っているからか、それともたまたまか。


 軽く息を吐きつつこれからの旅程について考えるが、一人で頭を捻ってもどうしようもない。

 俺には安全に旅をするための知識がないのだ。

 それはわかる。

 わかってはいる、が……

 

 ベイルに相談するべきなんだろうが、どこまで話せばいいものか。


 ただ王都へ行く。それだけなら旅程の相談をするだけでいい。

 聖女として狙われる可能性が高いミーニャを、どう隠しながら連れて行けるかもまだ話せる。


 デラの傷は、薬と聖女の癒しを併用して手当てした。

 併用と言っても、基本的には痛みは聖女の癒しで抑えつつ傷は薬でゆっくり治すといったところだ。

 本当は薬だけで治療したかったが、あの傷を見てミーニャがソワソワし出したので少しだけ力を使ってもらった。ミーニャはすっきり治してやりたかったんだと思うが、それをするのはあらゆる意味で危険だ。

 受けたばかりの怪我なら僅かな力で癒せるが、膿んだり古くなったり原型からひどく崩れてしまった傷は直すのに相当な力がいる。毒もしかり。

 即完治などさせようものならミーニャがくたびれきってしまう。そんなことをさせる気はない。


 それに、ミーニャが本物の力を持った聖女だと知られたくはない。


 世間では『聖女』の癒しがどの程度のものかはほとんど知られていないようだからな。知られれば、ベイルもデラもロームさえも欲得の意識が出てしまうかもしれない。『聖女』として売り飛ばす算段までは流石にしないかもだけど、自分のために利用しようとか考えないとは言い切れない。

 子供だって侮れない。


 俺の正体だってそうだ。


 暗殺を免れた『王子』が王位を獲りに王都へ向かっているなど、彼らの口から下手な貴族に伝わるとまずい。

 間違ってもベールンスやモレッドに通じている貴族には絶対に知られたくない。暗殺が失敗していたとわかれば何をしでかすか。

 今度こそ確実に命を取られかねない。


 今のところ『異国帰りの貴族』と思われているようだから、そのままそう思わせておいた方がいい。

 忠誠を誓わせたが、言葉だけで信用できるわけでは──……


「ウィリさん、すみません」


 突然、ベイルに声をかけられ驚いた。

 そのままベイルに目をやると、ベイルの視線は道の向こうを見ていた。なだらかに登る道の向こうから馬車が来るのが見えた。


「ウィリさん、ミーニャさんとデラと馬車に入って隠れてください。窓も閉めて。ロームは御者台へ」

「へっ!?」


 ロームも言われて驚いた。

 俺も驚いたが。

 なぜロームを?


「後で説明するので、早く」

「……わかった」


 少し緊張した様子に、とりあえずここは言う通りにしようと馬車に入り、代わりにロームを御者台に。俺は馬車に入り窓を閉め、御者台裏の戸板を掛ける。だが、少しだけ隙間を開けて外の様子を見ることにした。


 近づいて来る馬車は屋根のない荷馬車だった。

 荷台には人が何人も乗っているように見える。

 御者をしている貧相で骨張った男がこっちに向かって手をあげた。


「よお、今から峠越えか? 子供ばかりで?」

「ええそうです」


 馬の足は止めず、しかしゆっくりとすれ違いざまに話しかけられベイルが答える。


「峠で真夜中になると危険だぞ。上りに入る手前に休息場所があるからそこで休め」

「ご親切に、ありがとうございます」


 貧相な御者はにこやかに言い「無理すんなよー」と手を振った。

 荷馬車に乗っているのは男ばかりで、何も言わずくたびれきったようにうなだれていた。その会話を聞いているのかもわからない。

 ゆっくりとすれ違った馬車は、そのまま別れてそれぞれに進んでいく。


「ウィリさん、もういいですよ」


 そう言われて、御者台の戸板を外した。


「なんだったのだ?」


 聞きながら御者台に座ると、ベイルは困ったように笑った。


「あれはたぶん、鉱山に出稼ぎに行っていた連中の送迎馬車じゃないかと思います。似たようなの見たことあるので。で、親切に気遣って休憩場所を教えてくれましたが、そこで休むと奴らに襲われる可能性があります」

「なっ!?」

「これも昔の話ですけど、行商仲間がそれで襲われたって話があったんですよ」


 ベイルが言うには。

 貧しい村や町の貧民の中には、連れ立って鉱山などに出稼ぎに行くことはよくあることと。

 そのほとんどは次男以下の家を継げない男だと。

 仲介屋に売られ捨てられるように働きに出されるのではなく、農閑期や個々の家の事情で一時的に金を稼がねばならない時にそういう仕事に放り込まれるそうだ。しかし、外に出て給料をもらえれば、実家に持ち帰るより自分で飲んだり遊んだりで使ってしまうことが多く、家に帰る頃には手元にはほとんど金がない者も多いとか。

 その、足りなくなった金を補うべく、帰り道で盗みや追い剥ぎをする者もいるのだと。


 それを聞いて唖然とした。


「ロゼロットは、それほど貧しいのか?」


 聞けばベイルは笑う。


「どうでしょうね。外で働いて自分の力で地位や金を得て独立する人もいるし。給料を遊びに使っておいて実家に叱られるのを恐れて泥棒する奴は、身も心も貧しいんでしょうけど。そんなのどうしようもないし」


 あっけらかんとそんなことを言う。


「ベイル、お前は十四歳だと言っていたが、本当か?」

「よく聞かれますね、歳ごまかしてんじゃねえかってのは。もうすぐ十五で間違いないです」

「出自が行商人というのは? 両親が実はちゃんとした教育を受けて育った貴族だったり豪商の出、ということは?」

「ないですないです。両親はどちらも孤児で二人で働いて勉強して、行商人になったそうです。父の名はリック、母の名はハルカ、取引のあった商会にはまだ記録が残っているかもですよ。問い合わせるのは面倒かもですが」


 慣れたようにそんなことを言うベイル。

 歳だけでなく出自もよく尋ねられたということか。


「……ハルカ?」


 いつの間にか俺の後ろに来ていたミーニャが呟いた。


「どうした? ミーニャ」

「んー……? んんん? ……わかんない」


 何がだろう。

 

「ひびきが、おかあさまを思い出した」


 養母殿?


 俺とミーニャが首を傾げていると、ベイルは「ははは」と笑った。


「俺の母親は庶民ですよ。お母様なんて呼び方するようなすごい感じじゃないです。自分でも庶民だ底辺だってよく言ってましたし」

「そう、なのか?」


 母としても人としても底辺と言うなら、今のこの国の王妃こそそれだ。とは言えないが。

 夫も子供も仕事も放り出して、愛人と遊び暮らす……俺の実母。


 嫌なことを思い出しそうになり、首を振って払い退けた。

 

「それなら、俺を馬車に隠してロームを出した理由は? 剣を持つ者がいる方が警戒して手出しを諦めるのでは?」

「あー……それはですね。さっきも言いましたが、ウィリさんは年若くてたぶん舐められます。そうでなくても護衛がいると思われれば、何か金になる物を持ってるんじゃと勘ぐられるし、諦めが悪くなるかもですし。対抗して武器を持って来られたら厄介ですよ」

「子供だけの方が、侮られないか?」

「俺とロームを見て金持ってそうに思いますか? 馬車もボロですし。襲うつもりで休憩場所に来たとしても、そこにいなかったら峠を越えてまで追いかけようって思わないでしょう。小さな子供づれなら、情で諦める奴もいるでしょうし」


 思わずため息をついた。


「お前たちを捕まえて、人買いに売るという考えの奴もいるかもしれん」

「そうですね。だから休憩場所では泊まらず、日が暮れるまでに峠を越えたいと思います。そこにいなきゃ諦めるくらいの獲物ですよ。俺やロームじゃ」


 ロームが少し微妙な顔をした。

 もともと安値で売り払われた貧しい身なりの子供。それがローム。

 デラを表に出さなかったのは、やはり少女だからか。顔の傷がなければ高値をつけられたはずの娘だしな。傷を晒さなければ目をつけられるには違いないと。


 あの一瞬で、そこまで頭が巡ったのか。

 それとも経験による反射行動か。

 どちらにしても大したものだ。


 感心して息をついていると、ベイルは目前の山を指差した。


「あの大きな山は越えなくていいようですが、横にある山の峠は越えなきゃいけないみたいです。馬がくたびれきったらまずいので、峠越えはみんな歩いてもらいます。いいですか?」


 馬まで気遣うのか。

 確かに、馬一頭で重い馬車を引いて登るのは大変だろうな。


「あ、あたしは足は丈夫です。歩けます!」

「ぼくも歩くのは好きです」

「ミーニャは走れるよ。馬車、引こうか?」

「……ミーニャ、一緒に歩くように。もちろん俺も歩く」


 それぞれが答えれば、ベイルはなぜか嬉しそうに笑った。


 そうして、しばらく馬車で走り山際の樹林に入ったところで、奴らが言っていた休憩場所らしきところに出た。馬車が何台か止められる広さで、岩場から湧水が流れ、簡易な木を掘っただけの水受けがある。石で囲った竈門のようなものまであった。旅人がよく使う場所のようだ。

 ベイルはそこで馬に水をやり、少し休んだらすぐに出立。

 明るいうちに峠を越えた。


 峠を越えた先にも似たような休憩所があったが、ベイルはそこに留まることなく樹林を抜けて見晴らしの良い草原地帯に馬車を止めた。

 

「ここで休みましょう」


 そこにも草が焦げた焚き火後があった。

 似たような難を避けて、ここに泊まった者もいるということか。


 かなり日は傾いていたが、焚き火の用意には間に合った。

 ベイルが硬いパンを出してくれたので、俺は養母殿の持たせてくれた荷物の中から蜂蜜の瓶を取り出して皆に分けた。皆、それはそれは喜んだ。

 他人から口に入るものを貰うのは、やはり少し怖気が出るが……そのパンも、ありがたくいただいた。

 味は微妙だが、蜂蜜をつければなんとか食べられた。



 それから。

 日が沈み、今は真夜中。

 焚き火を囲み、デラとロームが古布にくるまって眠っている。その隣にベイルもだ。

 俺が起きているのはただの見張り番。しばらくしたらベイルと交代することになっている。


 チラチラと燃える火。

 今夜は晴れているので空にはたくさんの星と少し欠けた白い月。

 風のない草原に、ゆらりと空気が動いてミーニャが帰って来た。

 無事な姿にホッとすると、ミーニャは俺の背中に背中をくっつけて座った。

 そして、俺にだけ聞こえる小さな声で言う。


「来てた」


 それは、例の休憩場所に襲撃者が来るかどうかという話。


 火の番を引き受け、子供たちとベイルが寝入った後。今のように俺にもたれかかって寝る体制だったミーニャが小さな声で言った。


「見てこようか?」


 ベイルが言ったことは大袈裟すぎやしないか。考えすぎではないか。あるいは、何か裏があっての発言ではないか。と、ずっともやもやと悩んでいたのを見透かされてのことだ。


「危険だから行くな」


 と、止めたが。


「木の上で見るだけ。だいじょうぶ」


 と言って颯爽と走り去ってしまった。

 ミーニャが本気で走れば風のように速いし、跳べば家より高い木の枝に音もなく上がれる。わずかなら、空中で止まることもできる。


 養母殿仕込みの妖術だ。


 木々の合間なので、行って戻るだけなら確かに簡単なんだろうが……戻って来るまで気が気じゃなかった。


「ウィリ、心配しすぎ」

「しないわけがないだろう。もう少し遅かったら、ベイルの馬を奪って迎えに行くところだった」


 静かにため息をつき、ミーニャにだけ聞き取れるような言葉を口の中だけで発する。それにミーニャは「えへへ」と笑って答えた。

 それにしても──


「……来たのか」

「うん、ベイルの言った通り。いないってわかると怒りながら帰っていった」


 本当にそのような事が起こるのか。

 ベイルが何も企んでいないことがわかり安堵しつつ、この国の荒れように悲しくなった。

 金のために子供を売ったり襲ったり。そんなことがまかり通っているなんて。


「ウィリ、おかあさまの言葉」

「わかっている。短気は損気、だな。今、焦って奴らを制裁しに行っても意味はない。それより……」


 ベイルのやり方に感心する。

 知識と知恵だけで難を回避した。それは、剣で戦うより鮮やかに思えた。

 

 そんな戦い方を、好ましく思う。

 

 デラを狙って追って来た人買いを、ベイルは言葉で回避すると言っていた。あの時、ベイルに任せていればミーニャに無駄な妖術を使わせずに済んだのだろうか。


 考え込んでいるうちに、背中のミーニャが寝息を立てはじめた。


 さらに考えているうちに、空が明るみはじめた。


 日が登る寸前に飛び起きたベイルになぜ起こさなかったのかと怒られ、ミーニャにも寝なかったことを叱られた。




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