○【23・領境にて】○
ラクナル領最北の町は領境の町。
そこを越えてまっすぐ進めば小さめの中位領地ゲルズがあり、そこから東に向かって隣の小位領地へ抜ける。そこからまた北に向かっていくつかの小位領地を抜けて王都を目指す予定だ。
「小位領地には大きな町がないですから、何か買い足すものがあれば今のうちに買っておく方がいいですよ」
町に入ってすぐに商店が立ちならぶ場所に出たので聞いてみた。
小さな町だと毎日市が立つとは限らない。さっき町の中央広場を通ったけど何もなかったから今日は市の日じゃないんだろう。なら、ちょっと値が貼るが商店で買っておくしかないかな、と思っての提案。
「今日は宿を取って明日は早く立つ予定なので、買えないかもしれませんし」
御者台で隣に座るウィリさんは少し考える。
「保存食も医薬品も十分だろうし、ここまででも色々と買い足しているから特に不足はないと思うが。ミーニャ、何か欲しいものはあるか?」
「んー ん?」
馬車の中を見てそう言うウィリさん。ミーニャさんも考えていたようだが、何かに気がついたような声をあげた。
ああ、なんだか甘い良い匂いが漂ってるな。
俺は並ぶ商店を見渡してみた。すると少し行ったところにとある看板が。
「お菓子屋がありますね」
「菓子を売っているのか?」
「お菓子!」
ミーニャさんが御者台がわの窓に来て外を見る。
「ミーニャ」
「ウィリ、お菓子……ダメ?」
「食べたければ作るぞ」
「んー……うん」
ウィリさんのお菓子は魅力的だけど、これはこれで気になるよな。これだけ匂いがいいんだし。
「ウィリさん。菓子屋なら保存に効く焼き菓子や飴なんかも売ってますよ。旅の友に少し買っておくのはどうでしょう」
提案したらミーニャさんの顔が輝いた。その後ろでデラとロームも目をキラキラさせてるよ。
「……そうだな。少し見てみるか」
「わーいっ」
「では、店の前に馬車を止めます」
ここの道は広いので店の前に馬車を止めても大丈夫そうだな、とお菓子屋の出入り口の横辺りに目をやるとガラス出窓の前に変なのがいた。
ボロの灰色のマントを羽織った、十五、六くらいの……たぶん女の子。たぶんと思ったのは黄みがかった茶色の髪がザクザクに短かい上に剣まで腰に下げていたから。旅でもしているのか、そばには荷物を乗せてロバもいた。
その子はお菓子屋の飾り窓から店を覗き、自分の手のひらの小さな巾着袋を見る。そんな仕草を何度かした後、俺たちの馬車が来ることに気がついてロバを引いて店から離れた。
よかった。そこに馬車を止めたかったんだよ。
「さあどうぞ」
「ウィリ、ミーニャも行っていい!?」
「馬車からすぐだし、この店ならな」
「わーいっ ウィリとお買い物ーっ 早く行こー」
「わかったわかった、急かすなミーニャ」
「デラもロームも行こ!」
「えっ!?」
「いいんですか?」
「お前たちくらいなら一緒に行っても狭くはないだろう。欲しいものを選んでいい」
「ありがとうございます、旦那様! お姉様!」
「ありがとうございますっ 旦那さまっ お姉ちゃんっ」
デラとロームのウィリさんたちへの呼び方が変わった。
デラは実の姉に『雇われた先で長く居続けるための心得』みたいなのをいくつか教えてもらっていて、その中に呼び方もあったらしく「ちゃんとしたい」と言い出した。
故にウィリさんのことは『旦那様』と呼び、ミーニャさんのことは『お姉様』と呼ぶことにしたそうだ。ミーニャさんは『お姉様』も嬉しいけど『お姉ちゃん』とも呼ばれたかったらしいので、その呼び方はロームがすることになったと。
というわけで、デラとロームは主従件身内な関係を築こうとしている。
俺は、とりあえず今まで通りなんだけど……いいのかな。
仲良く馬車を降りる皆さんを見ていたら
「ベイルの分も買ってくる」
と言ってウィリさんが笑った。
考え事してただけなんだけど、俺だけお菓子屋に入れないことに不満があるように見えたとか? いやいやいや。
思わず赤面。
そりゃお菓子屋を勧めたのは俺だけど。いや、気になるのは確かだけど。
俺は馬車の番だ。もちろん不満はない。
「いってらっしゃいませ」
無難に答えて照れをごまかし見送った。
お菓子屋に入って行くミーニャさんは本当にうれしそうだった。
もちろんお菓子もうれしいんだろうけど、やっと馬車から出てウィリさんと一緒に買い物ができるんだもんな。
デラとロームの服が整ったことと、デラがきっちり主従の対応をするのとで、ウィリさんとミーニャさんが以前より貴人として引き立つようになった。
それに主従で頭巾をかぶっているからミーニャさん一人が目立つこともない。デラなど、わざと黒髪が頭巾から見えるようにもしているし。
これならばミーニャさんだけが目を引いて白い髪を隠しているとは思われにくいだろう。
と、思っていたら。
道を少し行った先で、ロバを連れた少女がものすごい目でこっちを見ているのに気がついた。
目を見開いて口はへの字。
え?
まさかバレた?
これだけ離れていたらミーニャさんの髪は見えないはずだが?
自分が買えなかったお菓子を買う子供の集団が妬ましい顔、とは違うだろうし。
ボロマントの少女は、お菓子屋の入り口を凝視したまま動かない。入り口ばかりに気を取られているのか、俺に見られていることは気にしてない様子。
俺から声をかけたりしない方がいいか。
下手な藪だと蛇が出る。
単にウィリさんがかっこいいから見惚れているだけかもしれない。
どうしたものかと考えていたら、扉が開いてウィリさんたちが出てきた。
「待たせたな」
ミーニャさんは買い物用の布袋にいっぱいのお菓子を抱えてほくほくだ。
みんなが馬車に乗り込み、いつものように御者台に来たウィリさん。
俺はボロマントの少女の様子を見ていたが、そいつの視線はミーニャさんではなくウィリさんに向いていた。
あいつ、もしかしてウィリさんの正体を知っているのか?
俺は隣に座ったウィリさんをチラリと見て、小声で問うてみる。
「ウィリさん。あそこからこっちを見てる人、知り合いですか?」
三軒先の店前に立ち、チラチラとこっちを見ては何食わぬ風を装っているボロマントの少女に目を向けて言った。
「いや?」
首を傾げるウィリさん。
「あいつ、ウィリさんを見て驚いた顔してました」
そう告げると、ウィリさんの表情が厳しくなる。
ウィリさんが警戒したので俺もそうする。
何かわけがあると言うことだろう。
「馬車を出せ」
「はい」
俺は馬に軽く鞭を入れて馬車を動かした。
ゆっくり進み出す馬車。
横を通り抜ける時にチラッと見たら、ボロマントの少女はサッと横を向いて口笛を吹くそぶりをした。音は出てない。
なんか間抜けだな。
馬車は商店のある場所を抜け、大通りに出た。
「ミーニャ、ロバがついてくる気配はするか?」
「うん。女の子がのったロバ、馬車とおなじ速さでついてくる」
馬車の中でじっと座って目を閉じるミーニャさん。
ロバの気配もわかるのか。
ちなみに窓は開けてないので目で確認しているわけじゃない。
「どうします? 今日はこの町で宿を取る予定でしたが」
「……町を出る。それでも付けてくるなら、対応を考えねばな」
ふう、とため息をつくウィリさん。
この旅では、初めての宿泊のつもりだったのにな。ミーニャさんが馬車を出ても違和感なく買い物できるようになって、次は宿に泊まれるか。と、試すつもりもあったんだと思う。
「まだついてくる」
ミーニャさんの声もいささか機嫌が悪い。
町の外れまで来てもついてくるのか。だったら──
「ウィリさん。ここから少し行ったところに絶景の岩場があるんですよ。ちょっとだけ山を登りますが馬車を止めて野宿できる場所もあります。今からならちょうどいい時に着くでしょう」
「ちょうどいい時?」
「見てみたいですか?」
少しいたずらっぽく尋ねれば、ウィリさんは不思議そうな顔をしミーニャさんを振り返る。ミーニャさんも興味を持ったみたいだ。ならばと俺に向き直るウィリさん。
「それは是非、見てみたいな」
「では、向かいます」
俺は馬車を西に向けて走らせる。
町を出てしばらく街道を走り、山に向かう道へと入る。
ラクナル領はイーク領ほど山はないがそこそこの山はある。
街道では行き交う人や馬車があって、それに隠れるようにロバに乗ったボロマントがついてきていたが、山に向かう道は通行人がほぼいなくなり追跡者が丸見えになった。
それでも、ボロマントの少女は距離を取りつつついて来た。




