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捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
22/31

○【22・新しい服】○



 ガラガラと音を立てて馬車は一路、ラクナル領の最北の町を目指して走っている。


 新しい馬車は妖術がかけられていて軽く、中には音が響かない。恐ろしく快適な馬車になっている。ただし、外にはそれなりに車輪の音が響いている。まあ、車輪はもともとあったものをそのまま使ってるからな。まったく音を立てない馬車の方がおかしいので、これはこれでいいとは思っている。


 風呂に入ってさっぱりした日から三日が経った。

 旅は快適に進んでいる。


 馬車の奥ではミーニャさんとデラがせっせと縫い仕事をしている。デラは練習がてら自分の分の難しくないところを縫っているらしい。

 ミーニャさんはさすがというか。縫い物に手慣れてる。手慣れすぎている。測って切って縫っていく、その作業がものすごく早い。あんなふうに人間の手が動いて縫い物を仕上げていくなんて、普通に考えたらありえない。あれも妖術の一端だろうか。


 ロームもできるようになるのかな。


 俺は御者台でいつものように馬と道を見ているけど、そのすぐ後ろでロームがウィリさんから魔力や妖術について講義を受けている。俺も聞こえるので聞いている。


「魔力の元となるものは空気中に塵のように漂っていて、それを寄せ集めやすい体質の動物が魔獣となった。同じく、人間にもその体質を持つ者がいて、その影響で髪が白くなるようだ」


 ほうほう。


「ただ、魔獣の場合は生まれた時は体毛が真っ白だが、野で生きるのに白は目立つので魔力を操って同族や環境に合う色に身を染めるらしい。森などで魔獣に遭遇しても白いものがほとんどいないのはそういうことだ」


 そうなのか。

 ロームも一生懸命ウィリさんの話を聞いている。ただ、ロームは聞くのに手一杯で質問なんかはまだ出来なさそうだ。

 俺が聞いてもいいかな?


「すみません、ウィリさん。ちょっと聞いてもいいですか?」


 少しだけ振り返って、後ろのウィリさんに話しかける。


「なんだ?」

「それって人間はできないんですか? 髪色を変えられれば、悪党に狙われずに旅が続けられますよ」

「それは……どうだろうな」


 ウィリさんはミーニャさんに目をやった。

 同じ馬車の中にいるのだから、もちろんミーニャさんもデラも聞こえている。

 ミーニャさんは手だけで針を動かしつつ答える。


「やりたくないことはできない」

「そうか」


 それじゃわからんよ。


「えっと、ミーニャさんは髪色を変えたくないからできない、ってことですか?」

「そうだ。意識して変化を望まなければ術とならない。いや、はっきりと意識していなくても自身の腕力や脚力を高めて木の上まで飛び上がったり、飛んでいる鳥を捕まえたりはしているから、慣れれば無意識でも術を使っていることがあるか」


 それはまた、すごいな。高速縫い物もそれか。

 ロームもその話を聞いて目をパチクリして自分の手をじっと見た。


「なら、ロームはどうでしょう。ずっと染めていた色が当たり前だったと意識したら、染料を使わず変えられたりするんでしょうか?」

「うむ、それはやってみなければわからんな。ただ、魔力による生物への干渉は自身であっても絶対にできるとは言い難いそうだ。大気、地、水などは術者の身の回りの範囲でなら干渉しやすいらしいが」

「例えば?」

「小さく火種を作る、水の流れを変える、水脈を探せる。風を纏い一定期間空を飛ぶこともできる」


 指折り答えるウィリさん。

 それ全部ミーニャさんができることか。

 火をつけているところは見たことあるけど、それだけできたら色々便利だ。自分たちだけで王都へ行こうとしていたのは、あながち無謀でもなかったわけだ。すごいな。


 俺は手綱を持ったまま、前方を見たり振り返ったりしながら話を聞く。


「生物への干渉が難しいなら、この馬車はどうなんですか? 木が素直だったとか言われてたのを覚えてるんですが」

「ああ。植物の中には変化を楽しめるものがいる。この馬車に使った大木は、ずっと同じ場所にいるのに飽きていたようで、魔力を介して馬車になることを頼んだら喜んで引き受けてくれたのだ。よって、ミーニャの術に呼応して馬車になった」

「……それって、この馬車、生きてるってことですか?」

「生きている。いろんなところへ連れて行ってやらねばな」


 それは流石に驚いた。

 いや、他のことも驚いたけど、馬車の件は驚きが過ぎる。


「そのうち、枝が伸びたり葉が茂ったりしますか?」

「するかもしれん。養母殿が作った家は枝葉が伸びているところもあった」


 おおう………………まあ、いいか。その時はその時に考えよう。



 そんな感じで講義が続き、昼休憩を終えてまた走り出す。

 この調子なら今日のうちにラクナル領最北の町に着くだろう、と思っていたお昼過ぎ。


「できたー!」


 と言う、ミーニャさんの歓声が響いた。

 どうやら服が完成したらしい。早い。


「着てみて着てみてーっ」

「そうだな。早く見てみたい」


 ミーニャさんもだけどウィリさんも嬉しそうだ。


「わかりました。馬車を止めます」


 俺は街道を少し外れた林に入り、馬車を止めた。

 俺とロームは馬車の外でウィリさんに新しい服の着方を習い、デラは馬車の中でミーニャさんに教わった。


 で。

 着てみた。


「うむ、皆なかなかだ」

「にあってるー」


 なんだか照れ臭い。


 俺の服はウィリさんの服を簡素にした感じ。上は前合わせで丈は尻の下くらい。下は同じ生地で普通のズボンっぽい。色は灰色がかった紺色だ。どうやったのか、靴まで同じ布で作ってる。

 サムエとかジカタビとか名称を言われたけど、まあ服と靴だ。

 着心地も履き心地もいいので呼び方はなんでもいいや。

 帯と一緒に、前から使っていた貴重品を入れる小型の鞄のついたベルトを巻き小さめのナイフを下げる。

 これで完璧。


 ロームは俺と同じ型。色はデラと揃いで買った白だけどな。それにミーニャさんのより短めの頭巾がある。

 染めていた髪色を落としちまったからな。今のところ妖術で染めることもできないし。だからロームもこれからは頭巾で頭を隠すことになる。今は被らずに帯に引っ掛けているけど。


 デラはミーニャさんの服と同じく足首までストンと長い服に幅広の帯をしたものだ。頭にはミーニャさんとロームと同じく頭巾をかぶることになっている。デラの場合、隠したいのは髪じゃなくて顔の傷だけどな。


 それにしても、これはなかなか。デラにはその服が思った以上に似合っていた。


「うん、おかあさまの言っていたとーり。黒髪はお着物が似合う」


 照れて頬を赤くしているデラは、袖や見える範囲を見渡すが、自分の着姿が見えるわけではないので戸惑っている。

 鏡があったら見せてやりたいな。

 俺も自分の姿、見たいし。


 まあ、似合っていると言われているから信じよう。


 それにしても新しい服なんてどれだけぶりだろうな。父さんが死んでからは服は貰い物か古着を買ったものだったからな。

 デラもロームも生まれ育ちを考えたら俺より新品なんて縁遠いんじゃねえかな。


 俺は改めてウィリさんとミーニャさんに向かい、踵を揃え胸の上の方で両手を重ねて目を伏せる。商会なんかで使う目上の人に対する礼の取り方だ。


「ウィリさん、ミーニャさん。新しい服、ありがとうございます」


 俺の知っている限りの、一番ちゃんとしたやり方でお礼をしたかった。

 デラとロームもハッとして、俺を真似て礼をする。


「「ありがとうございますっ」」


 二人が元気に声を揃えたので、少し驚いた顔になったウィリさんとうれしそうに笑ったミーニャさん。


「臣下の最敬礼は片膝もつくのだが、せっかくの新しい服を汚すわけにもいかんしな。気に入ってくれたなら良い」


 そうなのか。

 覚えておこう。


 そうして俺たちはまた馬車に乗り込み街道へ。

 これまでとはなんだか気持ちが変わった感じもする。デラもロームもうつむきがちだったのが視線が上がって笑顔になっている。


 馬車では新しい服の着こなしなんかが話題になった。

 特にデラとロームは白い服だから汚さないよう気をつけないといけないしな。

 そんな感じで楽しく道を進んで、日が暮れる前にラクナル領最北の町に着いた。

 

「今夜は宿を取ってみるか」


 とウィリさんが言った。

 野宿よりは服を汚さなくてすみそうで、ちょっとうれしい。




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