○【21・朝風呂】○
ミーニャさんの作る簡易結界なるものはすごい。
誰かが近づいて来てもここには何もないような錯覚を起こしたり、無理に突っ込んでこようとしたらビリって痺れて怖気尽かせることができるそうだ。それだけでなく、野宿してても虫や小動物にも煩わされることもないし朝露も防げるとか。
おかげさまで、その朝も爽やかに目覚められた。
焚き火から少し離れた場所に古い布にくるまって寝ていたんだけど、起きたらウィリさんが焚き火の前に座っているのが見えた。
「起きたか、ベイル」
「あ、おはようございます……」
なんだかウィリさんの様子が違う。
首に厚手の手拭いをかけ、上掛けを脱いでいる。
そして、なんだかほこほこしてる。
「すまんが一番風呂はいただいた。やはり朝湯は気持ちいい」
「……はい?」
「体を洗うために石鹸を買ってきたのだろう? ミーニャがデラに聞いたのだ。本当は昨夜のうちに風呂を作ろうと思っていたが、さすがに疲れていたのでな。先ほど作って入ってきた」
作った。
風呂を?
「今はミーニャとデラが入っている、上がったらロームを連れて入ってこい」
そう言って、ウィリさんが指差したのは池の向こう。雑木と灌木の隙間から湯気が上がっているのが見える。
ちなみに、ロームはまだ寝てる。
「デラは服も洗うと言っていた。お前たちも洗うか? 着替えはあるのか?」
とりあえず風呂を作った件は置いておこう。
「あります、少し古いけど取っておいたのもあるので。ロームに着せられる分もあります」
雨なんかで濡れた時用に古くなった服を少し置いてある。二、三枚だけど。
「あれ? それじゃあデラは着替えはどうしました?」
「ミーニャの着替えの襦袢があるから、とりあえずそれを着せるそうだ」
じゅばんが何かわからないけど、ミーニャさんの服を貸すってことかな。
着替えがあったなら、まあいいんだけど……
「あの、ウィリさん」
「なんだ?」
「何か作業がある時は、寝ていても起こしてほしいです。手伝いたいので」
従者なんだから、主人が仕事しているのにのんきに寝ているのはどうかと思い進言してみた。ウィリさんはぽかんとしてたが、すぐに「そうだな」と言ってうなずいていた。
「すまない。昨日は買い物で疲れたろうと思ってな」
「あれぐらいなんでもないです。いえ、こちらこそ気遣ってもらったのにすみません」
「うむ……難しいな」
難しい?
何か悩みでもあるのか、聞くべきか、と迷っていたら、灌木の向こうから元気な声が聞こえてきた。
「さっぱりしたー」
ミーニャさんとデラが戻ってきて話は中断。
見れば二人ともほこほこだ。
ミーニャさんはウィリさん同様、上掛けを着ず首に手ぬぐいを巻いている。
デラはミーニャさんの服を着せてもらって、頭から手拭いをかぶって顔を隠していた。風呂上がりで包帯を巻いてないからか。
「デラ、おいで。おくすりぬって包帯まく」
「はい、ミーニャお姉様」
……お姉様?
ミーニャさんはデラの手を引いて馬車に向かう。その様子を微笑ましそうに見ているウィリさんがくすりと笑って言った。
「ミーニャはデラとロームを弟妹にするらしい」
「弟妹、ですか」
「養母殿に求婚していた小父上がミーニャに『弟妹が欲しくないか』と言って仲を取り持ってもらおうといろいろ言っていたらしい。それで弟妹願望が膨らんでいたそうだ」
「……小父上?」
「デラは小父上と毛艶が似ていて、ロームは名前が似ているから。と、ミーニャが言っていた」
……毛艶? 名前?
「それより、ロームを起こして風呂に行け。上がったら朝食だ」
「あっ、はいっ ローム、起きろ!」
「……んにゃ?」
よくわからん。
考えていても仕方がないので、ずっと寝こけていたロームを起こして馬車から着替えを取ってきて、池の向こうの湯気が上がっている場所へ向かった。
そこには、立派な風呂があった。
でっかい岩が輪切りにされて、円を描くように地面に突き刺さっている。芋の輪切りみたいな感じかな。その中にお湯が満たされていて湯気を上げていた。大人でも二、三人ならゆったりつかれそうな広さだ。
池から引き込んで水を貯めたことはわかるけど、どうやって沸かしたんだ? まあ、妖術なんだろうけど。ウィリさんの剣は岩もこんなふうに切れるんだ。すごいな。
深く考えても仕方がないのですぐに頭を切り替えて、バケツと石鹸のある場所へ向かった。
そこで、それまで寝ぼけ半分だったロームがハッとして、なぜか頭を抑えた。俺は服を脱ぎつつ、ロームに声をかける。
「さっさと入るぞ。ああ、その前に体洗ってな」
俺は置いてあったバケツで湯を汲んで頭からザバッ
持ってきた手拭いと石鹸で頭から体からしっかりと洗う。
こんな立派な風呂に入れるんだ。ちゃんと清めなきゃ申し訳ない。
ザバザバ、ゴシゴシ。
しっかり洗って風呂に入ろうとしたら、まだロームが頭を抑えてじっとしているのに焦れた。
「ほら、風呂に入らないと朝飯食べられないぞ」
「ええっ!?」
ロームも朝飯は食べたいのだろう、その言葉にあわあわして頭から手を離したので服をひっぺがした。
「はわっ」
「ほら座れ。頭洗ってやるから」
「うわわわわっ」
ザバーっ
バケツに湯を汲んで頭からかけた。
問答無用で座らせて、石鹸を泡立てまずは頭をゴシゴシゴシゴシ……
「……へ?」
流れ落ちる泡が茶色い。
かなり汚れているから泡が汚れる事は想定してたけど、この色はない。
まるでロームの髪色がそのまま洗い流されて落ちているようだ。
ロームは黙って両手で顔を覆い、じっとしている。
再度お湯をかけてゴシゴシゴシ。
もう一度洗い流す。
ロームの髪は、灰色がかった白だった。
あー……
なんとなくだけど、ウィリさんたちはこのことを知っていた気がする。知っていたからこそ、ミーニャさんはロームを弟にするとか言い出したんじゃないだろうか。デラにしても『聖女』がらみの被害者で仲間意識が芽生えていてもおかしくない。
聖女つながりの姉妹弟か。
毛艶や名前よりしっくりくる。
顔を抑えたまま震えていたロームが、指の隙間からチラリと俺を見た。
「まあ、いいや。それより、さっさと風呂入って馬車の所に戻ろう。ローム、石鹸の使い方はわかるか? 自分で体、洗えるか?」
問えば、ロームはきょとんとしつつうなづいた。
とはいえ、慣れてないようで手がもたついていたので背中だけは洗ってやった。
立派な石造りの風呂にザブッと入り、ひと息。
あったけぇ……もうちょっと熱くてもいいけど。
「あの、聞かないの? 頭のこと」
隣で湯に浸かるロームが、不思議そうに聞いてきた。
「聞きたいとは思うけど、それはウィリさんの役目だ」
そう言うと、ロームはまたびっくりした顔になった。
「なんだ? 言いたいなら聞くけど」
じっと湯に浸かったまま困り顔でこっちを見るローム。
「……じーちゃんが、白い頭を見たらみんな悪者になるって言ってた」
「だったら、ミーニャさんの白い髪を見た俺やデラやウィリさんまで悪者ってことになるぞ? ロームは俺らが悪者に見えるか?」
ふるふると、湯を飛ばすように頭を振るローム。
あんまりやるとのぼせるぞ。
「そんな奴も多いけどな。だからウィリさんもミーニャさんも警戒してる。ロームも気をつけるんだぞ……て、色落としちまったからな。あれってどうやって染めてた?」
「カラカラにしたカルカラの花をくしゃくしゃに揉んでなんか混ぜてじーちゃんが塗ってくれてた」
「カルカラの花か。染め物なんかに使うやつだな。髪染めにも使えるのか」
なんかってなんだろう。
そのままじゃ使えないってことかな。
ウィリさんなら薬学にも通じてるみたいだからわかるかな?
それにしても……
ロームのいた村は荒地と雑木に囲まれた貧村だった。
人買いどもと村長が話していた内容では、ロームの祖父はもともと村の名士だったのに、家出した娘が父無し子を連れて戻ってきてから人が変わって村一番の嫌われ者になったんだそうだ。娘も孫も家に閉じ込め、不憫に思った村人を怒鳴って遠ざけ、とうとう村はずれの林の古屋に移り住んで村から孤立してしまったんだと。呆れた村人はそれ以来、ほとんど干渉しなくなったらしい。
母親は何年か前に亡くなり、祖父もつい先月亡くなって、一人残された孫を村人は誰も引き取らず。どうしたものかと困っていた時に人買いが来たので、これ幸いと売っぱらわれたと。
値切りたい人買いと、嫌っていながら少しでも高く売りたい村人との醜いやり取りは、今思い出してもげんなりする。
もしこの髪色がバレてたらロームは大変なことになってただろう。なにせ売れるのは『聖女』だから、男じゃいられなかったかもしれない。怖えよ。
俺はロームの頭をクシャリと撫でた。
「お前のじーちゃんはすごいな。あの欲張りな村の連中に気づかれず、娘と孫を守ってたのか」
暖かな湯気に混じるように吐息を吐いてそう言えば、ロームの目が潤んだ。
「ああっ、泣くな泣くなっ 褒めてるんだぞ?」
「うん……じーちゃん、いいじーちゃん……ぐすっ」
このまま長湯してものぼせるし、洗濯もしなきゃだし、ウィリさんたちを待たせられない。ので、湯から出た。
濡れた洗濯物を持って馬車のところまで戻ったら、案の定ウィリさんもミーニャさんも驚かなかった。デラは目をまんまるにしてロームを見てたけど。
そして、ウィリさんが言った。
「ローム、妖術士になるか?」
ウィリさんに問われたのになぜか俺を見るローム。
俺は苦笑した。
「ローム、返事はちゃんと自分でするんだ」
背中をポンと叩いてやると、ロームはうなずいで深呼吸。
そして元気に答えた。
「教えてくださいっ がんばります!」
ウィリさんもミーニャさんも笑ってうなずいた。




