第十九話 冤罪野郎
帰り道、三層まで戻ったところで中野との通信が復活した。
「てめぇどういうつもりだよ! 危うく死にかけたし糺のおっさんに借りができちまったじゃねぇか!」
「ボクちんもよくわかんないよ! 最初は谷中っちがダマリンコしちゃったのかと思って一生懸命虚空に向かって謝っちゃってたんだからね!」
「よくわかってねぇのに謝ってんじゃねぇぞ!」
「ええぇぇっ。理不尽んんん」
通信は中野が切断した訳ではない、というのをいったん信じて、谷中は六層降りてすぐの小部屋であったことを説明した。
「エムピー。MPね。PRGとかで魔法を使う為の数値を指す言葉だよ。マジックポイントの略がおおいかな。ゲームによってマナポイントって言っていたりマジックパワーって言っていたりすることもあるンゴ。モンスターの再発生をリポップって言っていたり、先人にゲームマニアがいたのかもしれないねぇ」
「呼び名がどうかはどうでもいいだよ。ダンジョンスキルに制限があるって事が問題だ。こんなんじゃ、毎度五層ボスを殺ったらガス欠起こしちまうってことだろ。いつまで経っても先に進めねぇじゃねか」
かといって、ボスフロア前でコソコソしていたような奴らと同じにはなりたくない。谷中はそう思って口をへの字に曲げた。
「それについては、レベルアップしていくしかないンゴねぇ」
「レベルアップ? いくらここがゲームの世界みてぇなダンジョンだからってそんな都合の良い話あるかよ」
「あるんだなぁそれが。ダンジョン刑務所内のネットワークハッキングしたらさ、積極的にダンジョン攻略してる人はダンジョンスキルを習得しやすいし、スキル使用回数も増えていってるってデータがあったんだよね」
「マジかよ」
「ステータスオープン!つって数字でちゃんと見られるわけじゃないのが残念だけどねぇ」
「じゃあ、しばらくは五層ボスを狩ってレベルアップ目指すか」
「急がば回れだねぇ。六層以降が雑魚的にもダンジョンスキル必須になるんなら、その方が効率が良いンゴね」
谷中と中野は今日の反省会やこれからの戦い方についてなどを話ながら移動して行った。
途中、何度か奥へと進む囚人ともすれ違ったが、谷中をみておどおどと挙動不審になりながら道を変える者や舌打ちをしながらすれ違っていく者など、谷中に友好的な態度をとる囚人はいなかった。 谷中も、なれ合うつもりはないので気にせず無視して道を戻る。
時間的にも、糺がフロアボスを倒した頃合いをみてダンジョン入りしていることが分かる。今までは谷中が糺の動きに注視していなかったせいで、ダンジョン内で他の囚人と会うことが少なかったのだという気づきを得た。
ほとんど雑魚的とも接敵することもないまま、谷中は管理棟へと戻ってきた。
「じゃあな、アキラ」
「まったねぇ! やなかっち。遅刻しちゃいやぁよ!」
通信機のスイッチを切り、ケースにしまってロッカーへとしまう。
ダンジョン産の木刀と地球産のクロスボウもロッカーへと入れて鍵を閉めると、今日の成果物だけを持って回収係のいる部屋へと入った。
「お。冤罪野郎じゃねぇか」
部屋には先客がいた。
スキンヘッドに牡丹と蝶の派手な入れ墨が入ってて、太い首と太い腕には紅葉と鹿の入れ墨が入っている。おそらく、服で見えないところにはイノシシがいるのかもしれない。そんないかにも悪そうな顔付きの男が、回収ブースの前に立っていた。
入れ墨スキンヘッド男が『冤罪野郎』と自分を呼んだ。そのことに、谷中は目を見開いた。
谷中は自分が殺人を犯していない事を知っているが、世間的には女も子どもも容赦なく殺した極悪殺人犯ということになっている。
裁判でも覆らなかったその事件の真相を、目の前の男が知っているかもしれないと思えばいても立ってもいられなかった。
「冤罪? おい、あんた俺が冤罪だってどうして知ってるんだ!」
駆け寄って叫ぶように問い詰めるが、入れ墨スキンヘッドは怪訝そうな顔をしてにらみ返してきた。
「は? 何言ってんだ。お前は西野さんに冤罪ふっかけた野郎だろ」
「はぁ?」
「金も取らずに怪我を治してくれるわ、欲しい獲物にあと少し足りねぇって時に成果物譲ってくれるわ、あんないい人を獄中殺人犯だつって触れ回ってただろ。だから、冤罪野郎だっつってんだよっ!」
入れ墨スキンヘッドはそう言って谷中を突き飛ばした。
自分の冤罪を証明してくれるかもしれない、そう思っていたのにただの勘違いだったと分かって気の抜けた谷中は、簡単に突き飛ばされて尻もちを付いてしまった。
「へっ。西野さんが気にしねぇって言ってるから見逃してやってるだけだ。ダンジョン内では背中に気をつけろよ、この冤罪野郎」
「相田ぁ、ダンジョン内と言えども人を殺せば刑期はふえるんだぜ」
「わぁってるよ。冗談じゃねぇか」
回収係が窘めるが、入れ墨スキンヘッドは谷中に向かってつばを吐いてそのまま外へと出て行った。
はかれたつばは谷中に命中はしなかったものの、靴先にふれそうな場所の床を汚していた。
「谷中、気にしねぇことだ。あぁ言ってるけど、西野さんだってここにいる以上犯罪者なんだからな」
慰めっぽい言葉をかけてくれるが、それはつまり谷中もいい人ではないと言っているのと同じだ。
谷中は立ち上がると、回収係の前まで移動した。
「ティッシュとかねぇ?」
「これはサービスにしといてやるよ」
回収係は自分のポケットから花柄のポケットティッシュケースを取り出し、ティッシュを一枚抜き出して谷中に差し出した。
受け取ったティッシュでゴシゴシと床に吐かれたつばを拭き取ると、谷中は丸めて部屋の隅にあるゴミ箱へと放り投げた。
「なぁおっさん。地球産の武器の買取りってしてくんねぇ?」
「基本的にはしてねぇな。それを許しちまうと、外から差し入れした物を買い取って減刑できちまうだろ?」
回収係の説明に、谷中は素直に頷いた。
ダンジョン刑初日、糺からも「外部から鉄くずなどを差し入れてそれを減刑に充てることもできる」という説明を受けていたので、回収係の説明は納得のできるものだった。鉄くずなどは差し入れされたところで差し引かれる刑期もたいしたことがないので見逃されるのだろうが、例えば拳銃などの武器などを買取りしてしまえば、少なく無い刑期が引かれることになってしまうのだろう。
「基本的には、ってことは買い取れる武器もあるってことか?」
回収係は谷中の言葉にニヤリと笑った。
「ここで交換した物に関しては引き取ることができる。ただし、新品で売ったときの半分以下になっちまうからよく考えてから手放せよ」
「半分以下かぁ……」
「状態によっては二束三文になる」
回収係の言葉に、谷中はうーんと首をひねる。
戻ってくる間の谷中と中野の作戦会議の中で『クロスボウを手放すかどうか』という議題があった。
これまで谷中は、空を飛ぶモンスターや動きの素早いモンスターに対してクロスボウを打ち込み、動きを止めたところで木刀で殴るという戦い方をしていた。しかし、五層のフロアボスに対して雷撃スキルで動きを止めて強攻撃スキルでダメージを入れるという戦い方をしたことで「ライジングインパクトがクロスボウの代わりになる希ガス」と中野に提案されたのだ。
谷中のクロスボウは糺のクロスボウとは違って地球産なので、矢は消耗品で金が掛かるし弓を引くにも力がいる。なにより、あまり谷中の射撃精度が高くないのが問題だった。その点、ダンジョンスキルであるライジングインパクトであれば成果物を無駄に消費する必要もないし荷物にもならない。
ダンジョンスキルを積極的に使ってレベルアップを目指そう、という方針にしたのもあって、使わないのであればクロスボウは邪魔なだけのお荷物になってしまうのだ。
「まぁ、まずは今日の成果物をだせよ」
そう言って回収係はトントンと提出台の上を指で叩いた。
谷中は素直に頷くと、ポケットに入れておいた戦利品をジャラジャラと回収用トレーの上へとひっくりかえした。
回収係はスリットからトレーを引っ込めると計測器のなかへと戦利品を入れていく。カランカランと鉄のかけらや正体の分からない石ころなどが機械の中へと吸い込まれていき、側面からレシートの様な紙が吐き出されていく。
「おお、凄いじゃ無ねぇか。五階層のフロアボスを倒したんだな」
レシートの中身を確認した回収係が、意外そうに目を見開いた。
「おめでとう」という回収係の意外な言葉に、谷中の心がすこしだけ温かくなる。『冤罪野郎』と蔑まれてささくれ立っていた心がすこしだけ救われたような気がした。
「五階層ボス討伐の12時間と、ボスから出てきたレアメタルの3時間、その他もろもろの金属片や稀少石など合わせて18時間と3分の減刑だな」
「あれだけ苦労しても一日分にもならねぇのかよ」
「いやいや、立派なもんだろ」
「毎日倒せたとしても、二年かかって一年分しか減刑できねぇんじゃ意味がねぇんだよ」
谷中の量刑は350年。第五層のフロアボスばかり相手にしていては700年掛かる計算になる。
それでは全く意味が無いのだ。
「更に下にいけばもっと減刑数の多いモンスターも出てくるようになるさ。でも、命有ってのものだねだからな」
回収係はそういって、レシートの一部を指差した。そこには『レニウム(ムカデ):3時間』と書かれていた。ムカデ4匹で五層フロアボス一体分の稼ぎになるということだ。
命あってのものだねとは言うが、谷中は命を賭けるつもりでやらなければ、生きているうちに出られない程の刑期を抱えているのだ。
「今日はマッチも減ってねぇし特に欲しいものもねぇ。そのまま全部減刑にあててくれ」
「あいよ。じゃあメシ食って早く寝るんだな」
回収係に見送られて、谷中は自分の部屋へと戻っていった。




