第十八話 第六層
第五層のフロアボスを倒したことで、下層へとつながる階段が現れた。
床の石畳がふわりと浮き上がり光の粒となって消えていき、床にぽっかりと穴があいた。
のぞき込めば石造りの階段が下へと続いていて、「うひょー!エフェクトきれー!不思議ギミックktkr!」と中野が大騒ぎし、谷中に「うるせぇ」とマイク部分を叩かれていた。
「お先にどうぞ」
糺が一歩下がって半身になり、優雅に左手で階段を示した。
そのキザったらしい所作に谷中は「ふんっ」と鼻を鳴らし、腕をくんで仁王立ちした。
「あんたのこと、まだ信用してねぇからな。背中から襲われてもこの狭い階段じゃよけられねぇし」
そう言って谷中は顎で先に行けと示した。
「そうですか。ですが、彼らに背後をとられるのは構わないので?」
糺は谷中の言葉に一旦は頷いたものの、ちらりと視線を入り口に向けて流しながら谷中に確認をとる。
谷中がつられて入り口の方を見れば、数人の人影がささっと扉の外に隠れるのが見えた。
「なんだあれ」
「ボス討伐待ちの方々でしょう。フロアボスとは戦いたくないが、六層以降の雑魚敵は倒したいという人達です」
「漁夫の利ってことか」
谷中の言葉に「漁夫の利は違うとおもうなー」とイヤホンからツッコミが入ったが、谷中はいったん無視した。
「あんたはそれでいいのかよ」
「5層のフロアボスを討伐できる人は多くありませんから。そもそも、リポップ時間が24時間もあるので『結果的にフロアボスをパス』する人がでるのは当然ですから」
「……まぁ、そうか」
ボスを一匹倒して12時間というのは、ギリギリ倒せるレベルの実力ならば割に合わないのかもしれない。
糺も「今日は谷中君が倒したので、ボス部屋が空くのに時間が掛かったので入り口で待っているのでしょう」と言っているので、わざわざ入り口でボス討伐を待っているというよりは、糺がダンジョンに入るのを見計らって時間差で追い掛けるという事をやっているのだろう。
谷中も、ダンジョン内で他の囚人とかち合うのが嫌だからとダンジョン入り時間をずらすことがある。
「じゃあ、先に入らせて貰う。イヤカフのカメラ逆さに付けてナビに見張らせるから、変なことすんなよ」
耳元のカメラをずらして後ろ向きにし、狭い通路でも取り回せるように木刀を短く持つと谷中は六層への階段を下っていった。
その後ろで、糺は小さく肩を竦めると、入り口に隠れている囚人達を一瞥してから谷中の後を追うように階段を下り始めた。
◇
階段を下りきると、そこは八畳ほどの小部屋になっていた。
「おお。見た目が今までと全然ちげぇ」
谷中が感心したような声をあげ、当たりを見渡す。五層までは床も壁も天井も石造りになっていて、見た目はピラミッド内部の通路の様になっていた。六層は一転して床も壁も天井も土でできていた。所々に補強用だろう木材の柱と梁が設置されている。
木製の柱には所々にランタンの様な物がぶらさがり、周辺を照らしていた。
「ラピュタのパズーが働いていた場所みたいいっ」
「炭鉱ってことか?」
「うん。空から女の子が振ってこないかなぁ~」
「天井が開けてねぇから振ってこないだろ」
「ふっ」
谷中と中野が初めての六層について会話していたら、後ろから息を漏らすような声が聞こえてきた。谷中が振り返れば、口元を抑えた糺が控えている。
「あんだよ」
「いえ。こんな場所でも、楽しそうでなによりです」
「ふんっ」
冗談を言い合っている所をきかれて、ばつが悪くなった谷中はわざとらしく背中を向けると、前へ向かって歩き出した。
「谷中っち注意して。ここまでよりも全体的に暗いし、ランタンがあるせいで逆に暗くなっちゃってるところがあるよ」
「わぁってるよ。視界がわりぃってことだろ」
「ダンジョン刑データベースによると、六層目に出てくるのはジャンボコウモリが引き続きで、あとはでかいムカデっぽいのとかナメクジっぽいのとか、なんかジメジメしたところにいるっぽいのが出てくるみたい」
「げぇ……。そのデータベースには倒し方とかも載ってんのかよ」
「バッチリンコ! 随時倒し方しじするかんね!」
「おし」
中野との簡単な作戦会議をしつつ歩いていた谷中は、ふとランタンの明かりが遮られたことに気がついた。
木刀をそちらに向けて振り抜きつつ、体ごと振り向けば、さっそく巨大なムカデのようなモンスターが現れた。複数の節に分かれた平らな体の両脇からは、沢山の足が生えてうぞうぞとうごいている。
見た目はムカデのようだというのに、頭側先頭の2対の足はカマキリの様な鎌状になっており、ギザギザとのこぎりのようなそれで谷中の首をねらっていた。
「アキラ! アイツの弱点どこだ!」
「……」
「アキラ!クソッ」
中野の応答がなく、谷中は仕方なく木刀を振るって巨大ムカデの頭をぶったたいた。ダンジョン刑務所に来る前、喧嘩をするときはまず鼻っ柱を狙うのが谷中の常套手段だった。
ぐしゃりと頭を潰した手応えはある物の、敵の突進はとまらずドンドンと谷中の首をねらって鎌を振ってくる。昆虫の様な足の関節を狙って木刀を振り、左側の鎌をたたき落として怯んだ隙にバックステップで距離をとった。
「アキラ!おい!」
イヤーカフをトントンと指先で叩いて声を掛けるが、中野からの応答がやなりない。
頭を潰され、左側の鎌を落とされたムカデは未だに動いてい入るが、その動作は遅くなってきている。
「しかたねぇな。あとでクソクレームいれてやっからな!」
谷中は中野に頼るのを一旦諦め、木刀を握る手に力を込めた。豪腕爆殺剣を使うつもりで意識を込めるが、いつものようなビリビリとする感覚が手に伝わってこない。それでもさらに力を込めて握り混むことで、いつもよりは薄いがスキルが発動する感覚が腕に戻ってきた。
「うぉおっ! しねぇえ!」
大きく振りかぶり、ムカデの胴体の真ん中を叩いた。昔、田舎に住む祖母から「ムカデははさみで胴体をちょん切れば良いのよ」と言われたことを思いだしたのだ。当時は「うげぇ」とその祖母のすることに嫌悪感があったのだが、今は知識をくれたことに感謝した。
谷中の渾身の一撃は、ぐしゃりという手応えはあった物の、胴体を切断するまでには至らなかった。
「くそっなんでだよ!」
まだ動く敵から距離をとるために大きくサイドステップをする。明らかに豪腕爆殺剣の威力が足りていない。
そのとき、チャキっと何かを構える音がした。
谷中が咄嗟に音のした方を振り返れば、谷中に向かってクロスボウを構えている糺の姿が目に入る。
「くそっ。やっぱり信用ならねぇおっさんだったかよ!」
「……」
谷中が悪態をつく間に、糺は三発の矢をうちはなった。ダンジョン産のクロスボウは矢が無限に補充され、力を込めなくても弓を引くことができるようだった。
糺から放たれたクロスボウの矢は、谷中の耳脇を通り過ぎ、後ろから迫ってきていたもう一匹の巨大ムカデの目へと吸い込まれるように突き刺さった。
「この敵の弱点は目です。退化していてもはやお飾りとなっているものですが、叩けば死にます」
糺はそう言うと、谷中の前でわずかに動いていたムカデにもクロスボウの矢を放った。こちらも正確に目を打ち抜き、敵はやがて砂が崩れるように消えていった。
消えていくムカデの姿を、悔しそうに眺めている谷中の前まで糺が静かにあるいてくる。
「谷中君。どうもエムピーギレを起こしているようです。今日はもうダンジョンを出た方が良いでしょう」
「あぁ!?」
「ダンジョンスキルには使用可能回数があります。囚人達の一部はそれをエムピーと呼んでいるようですが」
「……」
「いま、ストロングバーニング(プッ)を出そうとして、出なかったのではないですか?」
「笑ってんじゃねぇよ!」
「六層からは、ダンジョンスキル無しでのソロ探索はお勧めできません。それに……」
糺は、自分の耳元を指先でちょんちょんと小さく叩いた。
「つながっていないのでは?」
「……っ!」
糺は耳元を指していた手をおろし、ムカデの死体があったあたりまで足を進める。ひょいと屈んで何かを拾うと谷中の手の中にそれを落とした。
「とどめは私が刺しましたが、谷中君がほぼ倒していました。コレはさしあげます。彼らがここに降りてきたら入れ替わりで階段をあがりなさい。五層から一層までの雑魚敵もまだリポップ前でしょうから、今なら楽に戻れます」
谷中が手の平に目を落とせば、そこにはキラキラと光る親指の爪ほどの大きさの金属片がのっていた。




