第十七話 初めてのフロアボス討伐
谷中は足音を立てないようにそっと柱の陰から移動すると、先ほどよりはすこし大きめの石を拾って振りかぶり、思い切り遠くへ向かって投げつけた。石が落ちるのを待たず、木刀を逆手に持って背負っていたクロスボウを構える。
「弱点を突くと削り幅がでけぇし弱るのがはぇえが、普通に殴ってもちゃんと削れるってことだよな」
「ざっつらいと!」
カツーンと石が遠くで落ちる音が響く。
フロアボスは寝ていた首をもちあげ、音のした方をのぞき込んだ。目が悪いという情報は確かなようで、首を小さく上下に振って何かを感じ取ろうとしているような動きをしていた。
やがてどうやって飛んでいるのかわからないほどの小さな羽をパタつかせると、体が浮き上がり、石が落ちた方へとゆっくり移動していく。
谷中はぴったりと柱に背中をつけて息を殺し、柱と一体化したフリをしながらクロスボウを構える。
ゆっくりと前を通り過ぎていくフロアボスにむけて、狙いをさだめ、息を止めて矢を放った。
「クソエイム!」
クロスボウの矢がボスのしっぽの近くを、かすりもしない程度の距離を開けて通り過ぎていった。カメラ越しにその様子を息を飲んでみていた中野が、悪態をつく。
かすりもしなかったクロスボウの矢が、通り過ぎた先で床に落ちて音を立てる。ボスはピタリと移動を止め、ゆっくりとふりむいた。
「気付かれた!」
「あんな小さい的に当てろって方が無茶なんだよ!」
「討伐記録みると、クロスボウで倒してる記録があるんだモン!」
「ウィリアムテルでも収監されてるってのかよ!」
中野が討伐記録を確認すると、そこには糺正義という名前が連なっていた。
「あー…」
「あんだよ!」
「頭上のリンゴ打ちまくってるのはスーツの人だぁ」
「あのおっさんのクロスボウは無限に矢がでるじゃねぇか! 真似できるかクソが!」
谷中が叫び、そして地団駄を踏んだことでフロアボスが谷中をしっかりと認識した。勢いをまして谷中へと向かって移動をはじめる。
「三十六計!」
「どこにだよ!」
とにかく、谷中はその場から走り出し、振り向いて距離を確認しながら柱の間を縫うように移動して行く。
「やなかっち! 右前方に十秒ダッシュ!」
聞こえてきた声とほぼ同時に谷中が右前方へと加速する。
「一枚だけ色の薄い床に着地!」
言われたとおり、少し色の薄くなっている石畳にグッと右足を載せた瞬間。床がぐらりと揺れて崩れ落ちた。
「うわぁあああ!」
「ビンゴ!」
一メートル半ほどの深さの落とし穴に、谷中は落っこちた。
「お、落とし穴?」
見上げれば、フロアボスが穴の上を通り過ぎていくその腹が見えた。
「罠発見の報告でも減刑あるからねー。地図に落とし穴情報を描き込んでくれた誰かさんに感謝やで」
「ふぅ」
突然消えた谷中の姿を探してフロアボスはうろうろと動いているが、落とし穴の中までは気が回らないらしくまだ見つかってはいないようだった。
「とりあえず、作戦会議の時間はできたンゴ」
「その間に、普通にフロアボスに挑戦するやつが正面玄関から入ってくるかもしれねぇがな」
「今回、ソレを待っちゃう? 救助を待つのも一案だよ。命あってのフシギダネ」
「アホ抜かせ。しらねぇやつに借りなんかつくれるかよ。ここにいんのは全員犯罪者なんだぞ!」
「入ってきた隙間からコッソリ出るとかは?」
「一度逃げると、逃げ癖が付く。人間てのはそういう風にできてんだよ。逃げてたまるか」
「わぁお。ヤンキー思考だ。コワっ。ちかよらんとこ」
「あのデカブツやりゃあどんだけ減刑できると思ってんだ。12時間だぞ。隠し部屋や地図更新は減刑でけぇが一度きりだ。ここで倒しておけば、次回からも倒せるってこった」
谷中の視界が暗くなり、上を見上げればまたフロアボスが通り過ぎていくところだった。
「作戦なんだけどぉ。まず、谷中っちの雷神激震波でボスっちを麻痺させてぇ」
「まて、なんだそのライジングインパクトってのは」
「雷神激震波って書いてライジングインパクトって読む! 谷中っちのスキルじゃぁん?」
「そんなスキル名じゃねぇ!」
「んで、ビリビリしびれて落っこちてきた所を、豪腕爆殺剣でぶったたくってのはどう?」
「無視すんな。そんでストロングバーニングじゃねぇ」
「あ、超力爆轟剣の方が良かった?」
「どっちでもねぇよ」
無駄話をしているうちに、谷中の息も整ってきた。
「デモでも! 意思疎通の為にはスキルに名前ないとダメでしょ! だったら、谷中っちはそれぞれどんな名前をつけるっていうのさ!」
「……ビリビリ剣とクソ重剣」
「………ダサっ……」
常に冗談めかして話す中野から、ため息交じりに本気の感想がもれでたことで谷中は少しショックを受けた。
「じゃあいいよ。電気系がライジングインパクト。強打撃のやつがストロングバーニングでいい。ただし、漢字を当てはめるのはやめろ」
「アイコピー!」
逃げまくり、走りまくっていた疲れも抜けている。
「じゃあ、行くか」
気合いを入れて、谷中が立ち上がった。作戦はシンプル。ライジングインパクトで麻痺させて、動けないところをストロングバーニングでぶったたく。
「ライジングインパクトが効かなかったら、スタコラサッサだよ。これだけはボクちんとのお約束! 命あってのフシギダネ!」
「へぇへぇ」
頭上をフロアボスが通り過ぎたタイミングで、谷中が落とし穴の壁を蹴って穴から飛び出した。
「え、え、今何したの!? 一瞬で穴の外ですが?」
耳から聞こえてくる驚きの声を無視して、谷中は木刀を構えた。右手に集中するとピリピリとした感覚が返ってくる。
谷中が穴から出てきて着地音を聞き取ったのか、フロアボスがゆっくりと振り替えようとしている。
「ライジングっインパクトぉ!!」
谷中が叫び、そして木刀を振り抜いた。
地面を白い稲妻が走り、フロアボスへと向かっていく。やがてぶつかると、ビリビリとその全身を覆うように広がっていった。
「ぴぎゃあああ」
ビクビクと体を小刻みに麻痺させながら、フロアボスが床へと落ちてきた。そのまま、ビクンビクンと体を震わせながら起き上がろうとしない。
どうやら、ちゃんと麻痺効果がでているようだ。
谷中はダッシュでフロアボスに駆け寄ると、さらに木刀を振り上げる。
「ストロングぅううバァニングゥ!!!」
渾身の力を込めて、フロアボスの頭をぶったたく。肉がつぶれ骨を砕く感触が両手に戻ってきて、手応えを感じた。
スキルが途切れないうちに、と谷中が二度三度と木刀でボスをたたきのめせば、やがてフロアボスはキラキラと光りながら砕けるように溶けはじめた。
「ハァハァ。やったのか?」
「適性反応……消失! やったねヤナちゃん! これで減刑12時間だよ!」
スキルを使うと疲れる。
ボスを倒したという安心感も相まって、谷中はその場にへたり込んだ。
パチパチパチパチ。
後ろから聞こえてくる音に、谷中は座ったまま肩越しに頭だけで振り向いた。
「ライジングインパクトと、ストログバーニングですか。スキルに素敵な名前をつけてるんですね」
そこには、本来のボス部屋入り口であろう扉をあけた糺が立っていた。無表情のまま、ゆっくりと拍手をしている。
「なっ。あっ。おまえ!」
「谷中っちぃ。ボクちんとの意思疎通用にスキルに名前つけようって言ったけど、別に使うときに叫ぶ必要は無かったンゴ」
厨二病バリバリの技名を叫んでいたのを糺に聞かれた事も、厨二病バリバリの技名を付けた元凶に叫ばなくても良かったのにと哀れみのこもった声で言われた事も、どちらも谷中の羞恥心を煽るのに十分だった。
みるみる真っ赤になる谷中の顔をみて、糺は無表情のままだったが肩が小さく震えていた。
「フロアボス討伐おめでとうございます。正直驚いてますが。ソロで討伐してしまうなんて」
「クソが! お前だってソロ討伐してんじゃねぇか! 俺を下に見んな! 俺はなぁ、こんなところで足踏みしてる場合じゃねぇんだよ! さっさと減刑してこんな場所出てってやるんだからな!」
「……ええ。私も、それを期待しています」
糺のその言葉が、本心なのかどうか谷中は表情からは読み取れなかった。
「あと、ソロ討伐じゃねぇ。こいつと二人でやったんだ」
そう言って、谷中はコツコツとイヤーカフを指先で叩いた。
谷中の耳元では、感極まった中野が訳の分からない事を一生懸命に叫んでいたが、谷中はそれを無視した。




