061決着
「何だ?」
俺は胸の痛みに耐えながら、壁に手をついて立ち上がった。足音――この音は足音だ。それも、数十人くらいの。
額に四つ目を開き、鋭い牙を生やした魔神ワルイは、興味深そうに耳をすましている。やがて無数のたいまつの光が大部屋の中に飛び込んできた。
「カイザ王子様! カレイド様! ヒロ! 助けに来たわよ!」
それは魔王討伐隊の面々だった。アクジョがいる。ウーザイもいる。広院もいる。イナーズもいる。ケルもいる。カパラウ、アヤツル、シトメール、ナオスらもいる。広い空間に湧き出てきた彼らは、ソーキンの死体や倒れているカレイド、そしてまがまがしい悪魔の姿に事態を察したようだ。武器を構えてワルイに対峙する。
カイザ王子は両膝をついたまま、彼らに対し怒り狂った。
「なぜここへ来た! 地上で待っていろと命じたはずだろう! ……大体、どうやってここへ?」
イナーズが答える。
「王子殿下よ、貴方様が日没までに戻らなかったので、全員の意志でダンジョン入りを決断しました。どうせ魔物に襲われるなら、地上でも地下でも一緒です。殿下が迷わぬように壁へ刻み込んだ丸印と、魔物たちの死骸で、道には迷いませんでした。……どうやら苦戦のご様子」
汗をかきながら、彼は微笑んで剣を抜いた。
「どうせなら共に戦い、共に死にましょう。それが我々の願いです」
「……まったく」
カイザ王子はよろよろと立ち上がった。剣を握り締める。もはや怒ってはいなかった。
「仕方あるまい。潔く共に散ろう」
フラフラと怪物に正対する。
その一方で、俺はアクジョに泣きつかれていた。
「あなた怪我してるじゃない! ああ、何てこと! 『治癒の法術』は使えないし……。馬鹿馬鹿、死んだりしないでよね!」
俺は苦笑した。と、そのとき彼女の首飾りに気がつく。
「それってマンプク王国のゲップ国王の首飾りじゃないか。もらったのか?」
「あんな枯れ枝みたいな老人よりか、私に付けられた方がネックレスも喜ぶってものよ。……って、そんな場合じゃないでしょ! ねえ、痛むの?」
俺はひらめくものがあった。激痛をこらえ、アクジョから首飾りを取り上げる。
「きゃっ! 何すんのよ!」
俺はそれを手にすると、床に落ちているランタンを拾った。カイザ王子のそばに寄って耳打ちする。
「王子、勝てる機会があります。どうにか俺を魔物のかたわらまで近づけさせてください」
少し相談して、計画は決まった。
一方、この事態をつまらなさそうに眺めていた魔神は、取り囲まれても一向気にしなかった。殺す価値もない愚者たちと、思い切り見下しているようだ。
「勇者カイザよ、さあかかって来い。仲間たちを殺されたくなければな」
斬られても再生できると知って、ワルイは完全に余裕をかましていた。カイザ王子が剣を振り、衝撃波を放つ。
「馬鹿め、通じないということがまだ分からぬと――」
だが元魔王は口を閉ざした。王子が彼を狙わず、その周りの壁や床、天井を集中的に破壊し始めたと知ったからだ。粉塵が舞い、視界がぼやける。
今だ。俺は歯を食いしばってダッシュした。一気に迷宮の主との距離を縮めていく。右手に首飾り、左手にランタンを持って。
かつて国王ゲップは、広院の体に魂を戻す際こう言った。
『娘の首にかけて光を近づけるのだ。後は揺り起こせば目が覚める……。逆に魂を取る時は首にかけず、胸に押し当てて光を接近させれば良い』
そう、俺は魔神の魂を、このネックレスで取ろうと考えたのだ。煙舞い上がる中、奴の姿を求めて突っ走る。
だが――
「ふんっ!」
ワルイが突風を巻き起こした。俺はその場に踏みとどまったが、煙幕の方は完全に飛ばされてしまう。敵と俺は1メートルもない距離で互いの姿を確認した。魔神は明敏にも俺たちの狙いに気づいたようだ。
「ほう、その手があったか。危ない危ない。……死ねいっ!」
極限の恐怖で動けない俺に、魔物の王は人差し指を突きつけた。今度こそ終わりか――
だがその瞬間、魔神の胸に剣が突き立った。
「ぐふっ!」
斜め後ろを振り返ると、勇者カレイドが自身の武器を投げつけてきたのだった。
俺は鮮血のシャワーを浴びながら、ワルイに刺さる剣の横に、首飾りを押し付けた。
「喰らえっ!」
ランタンの光を押し当てる。ネックレスの宝石が発光した。そして、数秒が過ぎた。
駄目だったのか? 俺は失敗したのか――?
その心配は杞憂に終わった。魔神はその6つの瞳全てを閉ざし、ゆっくりと倒れ伏したのだ。
や、やった。勝った……!
「勝ったぞっ!」
思わず振り返って首飾りを掲げる。胸が痛んですぐやめたが、周りの仲間たちには伝わったらしい。歓声が爆発して、剣の切っ先や拳が天をついた。
「ヒロっ!」
アクジョが飛びつくように抱きついてきた。胸骨が痛いんだっての……と思っていたら。
「んっ?」
彼女は俺の唇を奪っていた。情熱的な、大人のキスだ。俺は初めての行為にしばしうっとりとなって、アクジョの背中に腕を回した。
イナーズがおろおろする声が聞こえる。
「き、君たち、そんな趣味があったのかい? 女同士でなんて……」
魔王討伐隊の一行は、来た道を逆戻りした。カレイドは重傷で、ウーザイに背負われての移動となる。広院はカイザ王子に寄りそい、もう夫婦同然のあうんの呼吸だった。魔王亡き今、魔物たちはすっかり大人しくなっている。
そうして階段を上ること二十数階――
俺たちは朝日がまぶしい地上に帰還した。俺もカイザ王子も勇者カレイドも、『治癒の法術』ですっかり体を治した。
俺の傷は、アクジョが治療するといって聞かなかった。何だかすっかり恋人気分だ。
しかし――
俺は現実世界へ帰らねばならない。




