062旅立つ前に
俺はいつ頃からアクジョが好きになっていたのだろうか?
彼女には散々情けない姿を見せられた。カイザ王子への盲愛に溺れ、広院すなわちヒロイに嫉妬した。2人にキスを見せつけれたときは、狂乱してヒロイを短剣で切りつけたりした。そして王子から婚約破棄を突きつけられると、頭のネジが飛んだかのような醜態をさらした。俺とウーザイにヒロイを殺すよう依頼してきたこともあったな。
更にマンプク王国王都ではケルたちに誘拐されたのだが、カイザ王子に事実上見捨てられ、三くだり半をつきつけられた。ヒロイへのどうしようもない敗北に慟哭し、地面に突っ伏して負け犬のように号泣した。魔王の大陸に来たら来たで、怪物の大挙襲来に怯えて縮こまってテントに引きこもった。周りで戦いが行なわれているにもかかわらず、だ。
とんでもなく利己的で、小心者で、嫉妬の激しい女だった。今考えると、大富豪フゴー家の令嬢とはいえ、よくカイザ王子と婚約できたものだ。もし本性を知ったなら、ヒロイと知り合わなくとも王子は婚約破棄に踏み切っていただろう。
財閥というバックを鼻にかけ、小さなことで癇癪を起こし、俺に対しても女装させ続けて所有物扱いしていた。本当にどうしようもない悪役令嬢……
だが俺は、そんな彼女が好きだった。多分いつの間にか自然とそうなったのだろう。何しろアクジョは人間らしい愚かさを体現していた。現実世界における日常でも、この世界で過ごした短い月日でも、彼女ほど俺を振り回した女はいない。あまりにむき出しな感情は、俺の気遣いや同情をいつしか本当の恋心に育て上げていったのだ。
俺たちはもはや魔物たちに襲われることもなく――その結果、美味い食材の調達に困ることになったが――無事港に辿り着いた。マンプク王国国王ゲップ、およびその海軍のオヨグとミズカクを人質に、ちょうど様子を見に来ていたマンプクの船を奪う。そして対岸の港町ポートに到着すると、馬や馬車を用意させて、3人を解放した。
後は簡単だった。俺たちは勇者2人に前後を守られながら、マンプク王国王城の脇を通過して、短い旅路でゼイタク王国に凱旋を果たしたのだった。
その間、俺とアクジョはベタベタしていた。というより、馬車の中や夕食の最中など、所構わず彼女が俺にしなだれかかってきたのだ。カイザ王子との関係が駄目になった途端、急に俺に愛情を傾けてきたのだから、まったくいい加減でデタラメな令嬢だった。
凱旋パレードは壮麗だった。紙吹雪が舞い、道路や窓や屋上から人々が手を振る中、俺たち一行は手を挙げたりしてその祝福に応える。歓声と楽団の曲をBGMに、馬の列はなかなか進まず、天守閣到着までかなりの時間がかかった。
「我が父、国王陛下よ。その子息カイザ・レギオン・ジャン・アルベルトが、魔王を討ち果たし、ただいま戻りました」
大聖堂での謁見は、神聖かつ厳粛な雰囲気の中催された。国王と教皇、聖俗それぞれの最高権力者が、数々の部下と共に勇者カイザ、勇者カレイド、そして冒険者たちを褒め称える。
「息子よ、貴殿の業績は長く賛美されることであろう。旅の途中で散った者たちも含め、全ての者に神の祝福があらんことを。では、皆に褒美を取らそう。一人ずつ前に進み出よ」
俺は本来アクジョの従者なので、この場に出られる身分ではなかった。しかし魔王に直接とどめを刺した点を買われて、こうして冒険者の列に居並ぶことを許されたのだ。
俺が貰ったのは100万ゼニ――金貨10枚だった。冒険者の中では一番高かったようだ。
旅に出る前、アクジョの家にしばらく居候させてもらった代金に、これを使わせてもらおう。召使いのメシツ、カイ、キャシーにも1枚ずつ、世話になった金として渡しておこうかな。
俺はこの世界での自分の役目がようやく終わったことを実感した。
その夜は、魔王討伐隊の面々を慰撫するパーティーが開かれた。広い会場では円卓がそちらこちらに設置され、美味そうな料理を山ほど載せている。こちらには従者たちも呼ばれ、旅で生き残ったメンバーらが苦しかった日々を振り返って談笑していた。
俺は我が妹の広院の姿を見つけて、こっそり話しかけた。
「おい、お前はどうするんだ? いつか現実世界に戻るのか?」
「まさか。ここでカイザ王子殿下と結婚して、幸せな余生を送るに決まってるし。兄貴こそどうすんのよ、アクジョの奴に心底惚れられてるみたいじゃない」
「断ち切って元の世界に帰るよ。お前も幸せにな、広院。飽きたら戻ってこいよ」
ただ何となく、俺はこれが妹との今生の別れになりそうな気がしていた。あばよ、妹よ。
カイザ王子が杯片手に俺に話しかけてきた。
「やあ、ヒロ。魔王との戦いでは最後に助けられたな。今度は男の格好で冒険者になるといい。夜の魔物はまだまだ活動しているようだからな、仕事には困らないぞ。音の波という武器もあることだし、上手くやれると思う」
俺は女装姿も今夜までと、あえて女物の格好でこのお祭りに参加していた。王子に笑いかける。
「ありがとうございます。ただ、旅の成功はカイザ王子とカレイド様、お2人なくしてありませんでした。……カレイド様は?」
カイザ王子が苦笑して指差した。その先に、へべれけでどこかの娘と会話する彼の姿があった。




