059死闘
ソーキンの姿が消えた――と思った時にはもう、カイザ王子が吹っ飛ばされ、壁に激突していた。とんでもない速さのショルダータックルだ。
「下がってろ、少年!」
カレイドが俺をかばうように前に回った。伝説の武器を振り抜き、衝撃波を飛ばす。それは魔人の胴体を上下に分断するはずだった。だが――
「無駄ですよ」
やはりソーキンの前で光が弾けるだけで、一切ダメージを与えられない。奴は一瞬嘲笑を浮かべると、こちら目がけて襲いかかってきた。カレイドが対応するように腰を落とし、剣を閃かせる。
だが敵手の方があまりにも速過ぎた。ソーキンは跳躍して凶器をかわし、勇者の顔面に膝蹴りを叩き込む。カレイドはこちらに倒れて――は来ない。
「なめるなっ!」
王子の第一の忠臣は、両足を踏ん張って俺を押し潰す愚をこらえた。しかしさすがに兜の隙間を狙われて、ダメージがないわけではないようだ。その証左に片膝をついてしまう。
一方魔人は攻撃の反動で後方に舞い、一回転してからふわりと着地した。しなやかで優美な動作だった。俺はそこへ『音撃』を繰り出した。
「くたばれ!」
銀の波が俺の口からほとばしり、ソーキンの額を捉え――られない。相手は素早く頭を下げて、俺の塊を回避していた。
「うおおっ!」
その斜め後方からカイザ王子が斬りかかる。さっきの一撃で鼻血を出していたが、闘う意欲はいささかも衰えていなかった。
しかし魔王の側近はその攻撃にすら対応する。敏捷に両手を床につくと、コンパスで円を描くように、自分の両足でカイザ王子の足を払ったのだ。やられた側は仰向けに倒れ、剣を取り落とした。
「しまった」
王子が失われた武器を取り戻そうとするより先に、立ち上がったソーキンがそれを蹴り飛ばした。そして伸ばされた勇者カイザの腕を上から思い切り踏みつける。
ボキリ、と嫌な音が響いたかと思うと、カイザ王子は激痛に絶叫した。
「うああっ!」
肘の関節を砕かれたのだ。いくら万能な伝説の鎧とはいえ、骨の継ぎ目までは守ってくれなかったようだ。
「まずは1人、これでおしまいです」
魔人は勇者のむき出しの顔面目がけ、サッカーボールを蹴るようにつま先を振り抜こうとする。だが――
「やめろっ!」
俺の『音撃』がそれを許さなかった。ソーキンはバックステップして、輝く波動をかわす。避けられた攻撃は奥の壁にぶち当たり、大きなヒビを刻み込んだ。
それで出来たわずかな時間に、負傷者は腕を押さえつつ体勢を整える。魔人はカイザ王子と俺を等分に眺めた後、薄ら笑いを浮かべた。
「やはりその飛び道具は厄介ですね。殺す順番を決めました。まずはそこの小娘、あなたからです」
すさまじい殺気が魔王の下僕の両眼から放たれる。それが自分に向けられていると気づいたとき、俺は圧倒的な恐怖にとらわれた。
「う、うるさい! お前は! くたばれ!」
動揺し、三発の『音撃』を乱れ撃ちする。だがソーキンは完全に見切っており、回り込むような動きでことごとく避けた。距離が詰まる。
勇者カレイドがよろめきながらも起き上がり、宿敵の胴を切断しようと剣を振るった――いや、振るおうとした。
相手は明敏にもその動きを察知し、手刀で起こりを叩いたのだ。無精髭の男はその衝撃で必殺の武器を取り落とす。次の瞬間どてっ腹を蹴り込まれて、秋風に舞う木の葉のように吹き飛ばされた。
ソーキンが俺の目の前に立つ。その上背と、まがまがしい板金鎧とが邪悪な威圧感を与えてきた。彼はゆっくりと拳を固める。
「では、死になさい」
俺はビビって何もできなかった。『音撃』の叫びさえ、圧倒的戦慄の虜囚と化した今の俺には不可能だった。
殺される――
だが、そのときだった。突如部屋全体が振動したのは。
「地震?」
そう口にした魔王第一の部下は、一瞬殺意を忘れた。だが一方の俺は、その刹那の時間で勇気を取り戻す。いや、思い出したと言った方が正しいか。
「わっ!」
俺は出来る限りの大声で、眼前の敵の顔面目がけて『音撃』を撃ち込んだ。食らったソーキンは後方へぶっ飛び、床へしたたかに背中を打ちつける。そしてそのまま滑って、反対側の壁に衝突して止まった。
「がはっ……!」
やはり少し威力が低かったか。奴はまだ生きており、鼻血と脂汗を流しながらも上体を起こす。
他方、地震はまだ続いていた。このダンジョン自体が崩落する可能性が十分に信じられるほど、強い揺れだった。
しかし今は揺れなど関係ない。こんな好機は滅多にないのだ。俺は体勢を立て直そうとする魔人に対し、一気呵成に『音撃』を浴びせることにした。
「わっ! わっ! わっ! ……」
際限なく、容赦なく。俺はソーキンの息の根が止まるまではと、ひたすら銀の波を叩き込んだ。敵がのたうち回り、その鎧があちこち変形しても、俺は攻撃をやめなかった。
だが、そのときだった。魔王が潜んでいるという部屋の扉が、突然開いたのだ。
そこから現れたのは勇者エイユ――現魔王だ。地震がますますひどくなり、立っているのが厳しくなる。俺は攻め手を休め、女武闘家ケルの祖先を眺めた。彼は言った。
「まさか、プレイヤーキャラクターではなく、単なる雑魚キャラを差し向けてくるとはな。てっきり王子が女神の刺客かと疑っておったわ」
魔王エイユではない、魔神ワルイの姿がそこにあった。




