058最深層
謁見の間はカイザ王子が外から開けた大穴のおかげで、太陽光が差し込んでいた。だがそこから一歩廊下へ入れば、もう暗黒の領域だ。ランタンは俺、カイザ王子、勇者カレイドそれぞれが一つずつ持っている。その暗闇に対抗するには弱々し過ぎる光が、俺たちの唯一頼りとするものだった。
一応後で迷わないように、剣で壁に丸印を刻み込む。王子のアイデアだった。
廊下を進みながら、カイザ王子が背後の俺に尋ねる。それは不意打ちに似ていた。
「ヒロ、君は娘じゃない。男なんだろう?」
俺は立ち止まってしまった。俺の後ろからカレイドの苦笑が発生する。
「やっぱりそうなんだな、ヒロ少年」
俺は観念した。バレていたのか。
「いつ頃分かったんですか、王子殿下」
「いや、舞踏会場で最初に君を見たときは、少し惚れてしまうぐらい可愛い娘だと思ったよ。でもこの討伐行に出て、巨大コウモリが現れた翌朝ぐらいに君と話したとき、あれ、ひょっとして男なんじゃないかと思ってね。それからずっと半信半疑だったんだ」
通路は螺旋階段に続いていた。慎重に下りていく。
「でも、マンプク王国での君の立ち居振る舞いや、アクジョの心配のしようから見て、どうやら間違いないと確信した。……ヒロ、君は男なのに、何で女の格好やしぐさをするんだい? アクジョに命令されたとか?」
俺は一段一段足で踏みしめながら答えた。
「はい。あいつに面白半分にやらされてるんです。旅も長くなって、表明する時機も逸しましたし……。何か騙していてすみませんでした」
今度は背後のカレイドが愉快そうに言った。
「賭けは俺の負けですな。王子殿下、お見それしました」
賭け? カイザ王子が軽くはしゃぐ。
「いや、ヒロが男か女かという内容で、カレイドと賭けをしていたんだ。僕は男、カレイドは女と予想してね。僕の勝ちだ、帰還したら上等なブドウ酒をおごってもらうぞ」
やれやれ、この人たちは……。
しかし、いざ男だとバレてみると、女装がたまらなく恥ずかしい。早く男ものに着替えたいところだ。生還したら今度こそアクジョに用意させねば。
階段が終わると、少し広い空間に出た。と同時に、壁を這いずって巨大ムカデが襲いかかってくる。15対以上の足がうねうねと動き、そのあごが獲物を捕食せんと大口を開けた。
「くだらん!」
カイザ王子が魔物の頭部を剣の衝撃波で切り裂く。細長い体躯が痙攣し、力を失って床に落ちた。
だがムカデは一匹だけではなかった。別のそれが宙を舞って飛びかかってくる。俺は前に出ると、大声で『音撃』を放った。空中で先端を粉砕されたそいつは、大きく仰け反って腹を見せながら後転する。
勇者カレイドが更にかかってきた大物を、刃の風圧で細切れにしてみせた。すさまじい手並みだ。これで都合3匹のムカデが、あっという間に絶命したわけだ。
俺はランタンを掲げて新手がいないことを確認すると、生理的嫌悪をもよおす虫の死骸に、腕の肌が粟立つのを感じた。
「ムカデは苦手です……」
「そうでない奴はいねえだろうよ。……カイザ王子殿下、道は3分岐しています。どれにしますか?」
……そんな調子で、俺たちは魔物を倒しながら、より下層へと続く階段を幾たびか下りていった。魔物は地上のそれとは違い、どれも好戦的かつ強力だったが、勇者2人と俺の『音撃』の前にかすり傷一つつけられず倒されていく。
暗闇の中をか細い明かりで歩んでいくと、時間の経過が分からなくなった。まだ昼のような気もするし、もう夕暮れのような感覚もある。そのことを告げると、カイザ王子は「急ごう」とのみ返してきた。
ある部屋では狂ったネズミに体を這い登られて、恐怖のまま下手なダンスを踊って追い払った。またある部屋では腐った竜の集団に遭遇し、腐肉が舞い散る中声を枯らして『音撃』を連発した。更にある部屋では、中身がらんどうの鎧武者たちに槍で殺されそうになった。
そうしたいくつかの危機を乗り切り、地上――崖の上からだいぶ深くまで下りていったそのとき。
「来ましたか」
聞き覚えのある声にたどり着いた。ソーキンだ。
その大部屋は、今までの岩を掘り抜いた乱雑なそれと違って、直線を基調とした美しいものだった。壁にかけられたたいまつがまぶしい。ここだけ昼間の明かりのようだ。
「もう少し迷い、時間がかかるかと思いましたが……。勇者は地下迷宮の探索にも能力を発揮するようですね」
緑色の長髪の優男は、板金鎧を身にまとっている。その彫りの深い目は陰気な輝きに満ちていた。
カイザ王子がランタンを静かに置いた。
「魔王はどこだ? その背後の扉の中か?」
「ええ。あのお方は変わられた。少し前から勇者を異常に気にするようになり、その候補と目されていたカイザ王子、あなたの殺害を私に命じられた。私は給仕の間諜を使った暗殺、ドラゴンの舞踏会襲撃などを計画し実行しましたが、かえってあなたを本気にさせ、魔王討伐行に赴かせることとなってしまいました……」
「度重なる地震も、やはり魔王の仕業か?」
「そうです。大地が魔王様の魔力に反応したのです。ただ、それはここ最近、あのお方の変貌につられたかのようなものでしたが。今はそこの娘を目の当たりにしてから、最も深い闇――ここの奥の部屋を欲しがられて、引きこもっています。まるで何かに目覚めつつあり、それを恐れるかのように」
ソーキンがこちらとの距離を詰め始めた。
「あなた方はここで私が仕留めます。いきますよ」




