055勇者の真相
勇者エイユが、100年前からの魔王――?
俺は耳を疑った。エイユは謀殺されたんじゃなかったのか? 戦士ツーヨ、武闘家ナグル、僧侶ソリアたちの手で……
ケルも同じことを考えたらしい。彼女は玉座から下りてくる魔王に正対した。
「先祖にして勇者のエイユ、謀略で殺された! あたい、あんたの子孫、違う!」
魔物たちの主人は指で目尻を拭った。
「誤解するのも無理はない。朕は100年前勇者だった。そして当時の魔王と戦って仕留める寸前までいった。だがそこでささやかれたのだ。『不老の命を与える悪魔の杯をやろう。だから見逃してくれ』と」
無限の命? そりゃ誰だって欲しいだろうな。俺は猿ぐつわをかまされているので何も口を挟めない。
「魔王は杯を差し出した。朕はそれを受け取る代わりに彼を殺害した。魔王は倒されたのだ。だがそこで現れたのがそこのソーキンだ」
ソーキンが頭を下げる。魔王がそれを一瞥した後続けた。
「彼は勇者である朕や当時の魔王より強かった。だがその望みは魔物たちの王国作りで、欲しいのは次代の魔王だった。そして朕をさとしてきたのだ。『もしあなたがゼイタク王国に帰還したとします。最初こそもてはやされるでしょう、英雄としてね。しかしやがて時の権力者に人気と強大な力をねたまれることになります。そうして待つのは国外への追放や暗殺。勇者は魔王を倒しますが、ではその後の勇者はどうなったか? ゼイタク王国の歴史書に、それは記されていません。都合が悪いからです』。朕は衝撃を受けた」
青年エイユは熱を帯びて語り続ける。
「ソーキンは続けた。『ゼイタク王国へ戻るより、この場で不老の薬を――体が魔物化してしまい、陽光を浴びるのが苦しくなりますが――飲んで、魔王とおなりなさい。拙者が支援します。魔物たちの王となって、無限の余生を安楽に暮らす方が、あなたの幸福に直接繋がることでしょう。マンプク王国から毎年提供される人間の魂は美味で、かつてない快楽をあなたにもたらします。拙者は人間の体を餌としておりますので、そちらはお与えください』」
ケルも俺も、この異様な告白につり込まれて身じろぎできない。
「朕は迷ったが、仲間たちとの長い相談の末、最終的に杯の薬を飲んだ。その効き目は今の朕を見れば分かろう。ツーヨ、ナグル、ソリアは勇者ではない――薬を飲んでも命を落とすだけなので、彼らはマンプク王国で地位を得て余生を送った。伝説の装備は生け贄の顔を潰し、本物の朕らしく着せた上で、仲間たちの血判状と共にゼイタク王国国境付近に放置した。あちら側の商人アキンドとやらが発見して、出世の道具に使ったそうだがな、それはどうでもいい……」
そうか。それでエイユはケルと似ているわけだ。同じ血筋だから。
そして、勇者が謀殺されたと見せかけることで、次なる勇者志願者の出現を防ぐことが出来た。上手い具合に、100年も……
「マンプク王国からの鳥の手紙が届かなければ、ケルよ、お主を危うく魔物たちに殺させてしまうところだった。しかしもう心配ない。朕の元で一緒に暮らそう。最強の魔物たちに囲まれて、食うにも飲むにも困らない安泰を得るのだ。何、服や化粧品が欲しければ朕に申せ。マンプク王国に持って来させるゆえ、な。……ああ、それにしても朕に瓜二つだ。まるで鏡を見ているようだ……」
語り終えた魔王は、両手を差し伸べてケルに近づいた。その掌が頰に触れるか触れないかの距離まで近づいたとき、ケルはすっと身を引いた。毅然とした口調ではねつける。
「まっぴらごめんだ! あたい、国に両親、待ってる! お前、あたいの敵だ!」
その右足が振り上げられ、魔王エイユのあごに迫った――が、ソーキンが敏捷に動いて足首を掴む。ケルの顔が歪んだ。
「い、痛い!」
「魔王様に歯向かわれるのですか? ならばこのまま握り潰してしまいますよ」
エイユは止めに入った。
「そこまでにしておけ、ソーキン。いくらなんでもすぐに心変わりはせんだろう。しばらく独房に閉じ込め、改心をうながすのだ。……連れて行け」
骸骨がケルの両手首を縛る紐を引っ張り、謁見の間から連れ出していった。ケルは「絶対許さない! 魔王エイユ!」と叫んでいたが、それも届かなくなる。
「さて……」
魔王がそれまでの柔和な表情を改め、厳しく冷たい顔になった。俺をにらむ。
「ソーキンの話では、声を物質化して相手に叩きつける能力があるそうだな、ヒロとやら」
俺はこくりとうなずいた。魔王の側近が渋い相貌となる。
「マンプク王国でも数刻前の戦闘でも、そんな力を使いました。拙者もそれで脇腹を負傷して、この娘をさらいがてら退却せざるを得ませんでした」
これは朗報だった。まだ勇者2人はソーキンに倒されていないらしい。
魔王が玉座に戻って腰を下ろした。
「魔人でも魔物でもないのに不思議だな。朕らには分類できない技だ……」
そのときだった。魔王が突如、額を押さえて苦しみ始めたのだ。主人の異常に気づいたソーキンが、珍しくも少し慌てる。
「どうされましたか、魔王様」
「ううう……っ!」
エイユは目を瞑って呻き続けた。汗がポタポタとあごからしたたり落ちる。その顔が伏せられてから数秒後、突如面を上げた。
爛々と輝く真っ赤な瞳をしている。
「貴様! 女神シンセの手先だな!」
魔神ワルイの出現だった。




