054魔王
どれくらい気を失っていたのだろうか。俺は目覚めると、うつ伏せに寝た姿勢のまま――下は冷たく硬い石で、デコボコしている――何が起こったか記憶を探る。
野営地に大挙魔物が押し寄せてきて、犠牲者が多数出たものの、一度は跳ね返した。そうだ。それで今度は魔王の側近、ソーキンが現れたのだ。あいつに「あなたも興味深い素材だ。誘拐するとしよう」とか言われて回り込まれ、後頭部に強い衝撃が走って――
俺は跳ね起きた。頭が痛み、思わずうめく。辺りは真っ暗ではなく、鉄格子のはめられた窓から月明かりが斜めに差し込み、わずかに視界が効いた。
「捕まっちまったわけか……」
とは言えない。猿ぐつわが厳重にかけられ、俺は声を発することが出来なかったのだ。両手は背中で縛られていてビクともしない。鉄枠で木製の扉は、蹴破るには余りにも強靭そうに見える。
あれからどうなったのか。勇者2人は? アクジョは? 他のみんなは? 果たして無事なのかどうか。というより、この夜はさっきの続きなのだろうか。それとも一昼夜寝込んでしまったのか。
「…………!」
俺は猿ぐつわをぶち破れないかと何度か発声を試したが、銀の波が出ることはなかった。チート技『音撃』を封じられたら、俺は単なる村人Aだ。はっきり言って何もできない。
俺は壁を伝って立ち上がり、窓の外をのぞいた。どうやらどこかの城の中のようだ。ソーキンにさらわれたのなら、ここは魔王の根城の一つなのだろう。夜空には宝石のような星がまたたいており、雲はわずかしかその領土を獲得していない。
改めて自分の置かれた状況に心細くなる。何とかこの窮地を脱する方法はないか? 旅の仲間たちと再会する手段はないか?
と、そのときだった。鍵が外れる音と共に、背後のドアが軋みつつ開いたのだ。闇に慣れた目にはまぶしいとさえ表現してもいい、明るいランタンの光。そこに立っていたのは――
「おや、お気づきでしたか」
ソーキンだ。魔王の側近が直々に出向いて来たのだ。襲撃時の板金鎧姿ではなく、厚手のコートをまとっている。暑くもなさそうで、額には汗粒一つ浮かんでいない。
「どうやら猿ぐつわが効いているようだ。あなたが反撃できないと知って安心しました。拙者の脇腹を打ったあの痛みは、数刻経ってもまだ続いてますからね」
どうやら今の夜は失神前と地続きらしい。となると、もうすぐ明けるか。俺は目前の恐怖に、そんな思考でおびえを避ける。
「あなたは魔人でもないのに不思議な術を操る。ぜひ魔王様に拝謁いただきたい。ケル様とご一緒に……」
ケルはまだ生きているということか。ガーゴイルに誘拐されてこの城内に囚われているのだろう。
何にせよ、俺に拒否や抗議が許される状況でもなかった。こくりとうなずく。ソーキンは妖しく微笑んだ。
「では拙者の後について来てください。もし逃げようとしたり攻撃してきたりしたなら、即座にあなたの命を奪いますのでそのつもりで」
俺はまた首肯した。命運は風前のともし火だ。
この城は岩壁をくり抜いて作られたもののようだ。洞窟のような狭い通路、取ってつけたような扉など、荒い内部を歩いていく。ソーキンは慣れたものだが、こっちは初めてなので、凹凸につまずいてこけそうになったりした。
進みながらでもいいから、勇者2人と仲間たちがどうなったか教えてほしい。そう思うのだが、猿ぐつわと雰囲気とで言葉を発することはできなかった。
やがて広い場所に出る。俺は目を見張った。無数の骸骨が、まるで魂を持った人間のように、扇状にひざまずいているのだ。そして、その先の段差の上にある玉座には――
ソーキンが俺に振り返った。いかにも楽しげに命令してくる。
「さあ、あなたも膝を屈しなさい。あのお方こそは我らが王、偉大なる権力者、魔王陛下なのですから」
玉座に座っていたのは、若々しい顔と肉体を備えた、20代の青年だった。黒衣の毛皮を上下に、手には錫杖、頭に王冠を載せている。
そしてその相貌は、女武闘家のケルにそっくりだった。黒髪をポニーテールにしているため、受ける印象にバイアスがかかる。
こいつが魔王……!
俺は床に膝をつきながら、たいまつに照らされる彼の顔を凝視した。女神シンセによれば、こいつに魔神ワルイが憑依しているらしい。ワルイさえ倒せば、俺のこの旅も終わるというわけだ。残念ながらそんな生やさしい環境ではなかったが……
そこへ別の入り口から、骸骨に担がれて見慣れた姿が現れた。ケルだ。俺同様、両手を後ろ手に縛られている。
「ヒロ! あんたも、捕まった?」
俺は猿ぐつわのせいで何も答えられない。ただただ点頭した。骸骨がケルを地面に投げ捨てる。
「きゃっ!」
彼女は腰を打って苦痛の声を上げた。ソーキンが左手を挙げて空を掴む動作をする。くだんの骸骨が爆発四散した。
「無礼に扱うなと厳命していたはずですよ」
魔王が立ち上がり、ケルに話しかける。
「おお、ケルよ、ケルよ! 我が血を引きし子孫よ! よくぞここまで来た!」
ケルがまばたきした。
「何言ってる! あたい、勇者エイユの子孫! 魔王の子孫、違う!」
黒づくめの青年は首を振った。涙さえ流している。
「同じだよ。我こそは勇者エイユ。100年前、不老の力と引き換えに魔王になりし者……」




