025官憲
へえ、ウーザイが戦士に、ねえ。
それで俺ははっとした。勇者探しばかり気にしていたが、もし勇者が現れたとして、やわな俺を旅の端に加えてくれるだろうか。しかもすっかり女装が板についている、この俺を……
まあいざとなれば石壁をも砕くチート技『音撃』を見せればいいか。もちろん魔物と勘違いされて殺される可能性もある。だが勇者に有益だと判断されれば、むしろいいポジションにつけてくれるかもしれない。
そのとき俺たちのいる客間に、メイドのメシツとカイが息急き切って現れた。
「アクジョ様が部屋から出てきましたわい! 今キャシーと共に食堂へ入りましたぞ」
ウーザイと俺は立ち上がった。婚約破棄で自暴自棄になっていた昨日の彼女。ようやく立ち直ってくれたか。それともただ単に腹が減っただけか。
「よし、行こうウーザイ」
俺は先頭きって歩き出した。
「こんなときでもお腹は空くんだわ」
そう言いながらアクジョは遅い昼食をかき込んでいた。なんでまた急に……といぶかしんでいると。
「そのうち官憲が来て、ヒロイへの傷害で私、捕まっちゃうからね」
俺は心臓が詰まりそうだった。
「そうなのか」
「当たり前でしょ、多くの貴族たちの前で泥棒猫の肩を切りつけたのよ。舞踏会史上初じゃないかしら、こんな刃傷沙汰は。多分裁判が開かれるから、それに備えて腹ごしらえをしておかなきゃね」
アクジョはさっぱりとしていた。一晩泣き続け、苦しみぬいた末に、彼女は一段階成長したのだ。その証拠に左手薬指の婚約指輪が取り除かれている。
「もうあきらめたんだな、カイザ王子のこと」
ナイフを動かす手を止めた。愚か者を見るような瞳だ。
「なんでよ。私、事情を話せばきっと分かってくださると信じてるもの」
「じゃあ何で婚約指輪を外したんだ?」
「王子様が外されたからよ。いったん無に戻って、また一からやり直す、関係を築く、ってことよ」
俺は盛大にため息をついた。どうもアクジョのやつ、昨晩の自分の狂態を綺麗さっぱり忘れているらしい。ここはひとつ、思い出させてやるか。
俺は彼女に、奇声を発して暴れ回っていた事実を教えた。アクジョの相貌がみるみるくもる。
「え、ちょっと。それ、本当に? 冗談じゃなくて?」
「ああ、本当だ。カイザ王子にも見られてる。ドラゴンが急襲してきたときにな」
「ドラゴン? それって竜の魔物のこと? 昨日の夜に何かあったの?」
完全に記憶喪失だ。婚約破棄がショック過ぎて、脳が正常に機能していなかったのだ。
俺は昨夜のことをきっちり話す。アクジョはその顔貌を真っ青にした。
「ドラゴンが攻めてきたっていうの? 全然覚えてないわ……。亡くなった友達を葬いに行きたいけど、官憲が来るまで動けないし……。カイザ王子様は私を軽蔑なさったでしょうね」
すっかりしょげ返る。
ウーザイが野太い声に決意を込めた。
「官憲だろうが何だろうが、アクジョを奪おうとする奴は俺が許さねえ」
アクジョは無視でやり過ごす。
そこでメシツが扉の陰から顔を出した。ひどくやつれている。
「ご主人様……官兵が2名到着して、会いたいと所望おります」
来るべきものが来たか、という感じで、アクジョは立ち上がった。俺を名指しする。
「ヒロ、ついてらっしゃい。ウーザイはさっさと帰って。じゃ、何日かかるか分からないけど、行ってくるわ。メシツ、後は任せたわよ」
「はい……」
メシツは涙腺をゆるませ、涙を流しながら頭を下げた。
門まで歩くと、憲兵は俺とアクジョを馬車に乗せ、馬を鞭打つ。いななきと共に走り出した。
「今回どこへ向かわれるかご存知ですか」
兵士の問いに令嬢が答える。紺色のドレスを身にまとっていた。
「裁判所でしょ」
「いいえ、マズーシ家です」
アクジョはさっと顔色を変えた。
「メスね……じゃなくて、ヒロイさんの住居? 何で? 私は裁かれるのじゃないの?」
「ヒロイ様があなたと一対一で話したい、とのことです。その結果次第で、アクジョ様を訴えるかどうか決めたい、とおっしゃっています」
俺は内心安堵した。アクジョが逮捕されるわけじゃないのか。それにしても広院のパリピな本性からして、話し合いの場を用意するとはどういう風の吹き回しだろう。王子に言われた可能性がある。
それにしても、これも『ブレードパラダイス』の1Pモード用に組み込まれたシナリオの一部なのだろうか?
「着きましたぞ」
到着したそこは、ろくに庭木も整備されていない、こじんまりとした石造りの平屋だった。嵐の後始末でもしているのか、使用人らしき老人が腰をかがめてホウキで掃いている。こちらに気づいて顔を上げた。
「ご苦労様です。はて、憲兵の方が我が屋敷に何かご用ですかな?」
使用人ではなく、マズーシ家の人間らしい。馬車を降りた俺たちが近づくと、威厳も風格もないご老体の質素な身なりが見て取れた。
「カイザ王子殿下のご指示により、マズーシ家長女ヒロイ嬢のもとへフゴー家アクジョ嬢をお連れした。娘様からお聞き及びでないですかな?」
「さあ、わしは世情にうといもので……。今ヒロイを呼んでまいります」
世情にうといとかいう話なのだろうか。
多分、王子はヒロイとのキスをアクジョに見られて罪悪感にさいなまれたのだろう。だから穏便に済むよう、アクジョとヒロイを話し合わせて仲直りさせたいのだ。官憲はもしもの事態に備えての保険といったところか。
「メスね……じゃなくて、ヒロイさん。どうも」
マズーシ家長女のヒロイが玄関から出てくると、アクジョは表情を隠すようにお辞儀した。




