024機運
宮殿から脱出した貴族とその従者たちが、雨風の中炎上する建物を遠巻きに眺めている。そんな中、カレイドはカイザ王子に正対した。
「それにしても、龍もそうですが乗って操っていた人間も気になりますな。またマンプク王国の刺客ですかね」
カイザ王子は多くの知人が殺害された舞踏会会場をにらみつつ答えた。
「さあな、もう火炎の中だからな。ともかく王城近くの宮殿に、闇夜に乗じて竜が襲いかかったなど前代未聞だ。魔王やその眷族が、いよいよ我らゼイタク王国に直接攻撃にかかってきた、ということか……」
魔王と繋がっているとされるマンプク王国国王ゲップは、カイザ王子に存命されるとまずいと考えている。だからこの前の食事会で給仕のスパイを使い、王子を殺そうとした。
そして今夜。ドラゴンの背に乗っていた黒装束の人物は、火炎放射をいったん止めてホール内をキョロキョロしていた。あれはカイザ王子の姿を探していたと見るべきだろう。王子の命を狙って、竜で襲撃してきたと考えて良さそうだ。
俺はカイザ王子とカレイドに、そのことを伝えた。2人はそろってうなる。先に王子が口を開いた。
「どうやら魔王は、今勇者に出てこられるとまずいらしいな。何か逼迫した状況があるのかもな」
俺は女神シンセが告げた、魔神ワルイの存在について思考した。今はこの『ブレードパラダイス』世界の魔王に憑依し、女神に受けた傷を癒している最中だという。ひょっとして、現在はめちゃくちゃ弱っているのだろうか。
だから勇者候補として資質のあるカイザ王子を狙っているのだ。勇者になる前に殺してやろう、と。何しろ歴代の魔王は、そのときどきの勇者に倒されまくっているのだ。必死にならないはずがない。
一方で、カレイドなる貴族の男の潜在能力には気がついていないと見える。今回彼はたまたまそれを発揮したが、まだマンプク王国は標的に含んでいない。
俺としてはどっちでも良かった。カイザ王子でもカレイドでも、とにかく勇者になってさえくれればいい。だが今のところ、2人はどちらもその気さえない――いや、カイザ王子は今回の竜の一件で、あるいは……
その夜は急遽仕立てられた多くの馬車がフル活動して、嵐に濡れそぼった貴族たちを自宅へと送っていった。俺もカイザ王子の手配でアクジョ邸に舞い戻った。明日はドラゴンによる宮殿襲撃事件で王都は舞い上がるだろう。死者をいたむ人々も葬儀場に駆けつけるはずだ。
嵐は治まる気配を一向見せない。そしてまた、アクジョの内面のそれも同じだった。
「あの泥棒猫――ヒロイさえいなければ……!」
ウーザイとメイドたちを閉め出し、アクジョは自室にこもっていた。俺が入ると、彼女はベッドにうつ伏せに寝ながら呪いのような文句をぶつぶつ繰り返している。俺はなだめようとした。
「おい、アクジョ……」
彼女が突然起き上がる。その目は狂気の光に満ちていた。
「ヒロ! ちょうどいいところに来たわ」
こちらへ壊れた笑みを浮かべながら近づいてきて、俺の両肩に手を載せる。
「あなた、ヒロイを殺しなさい」
またとんでもないことを言う。俺はしかし、アクジョの異常な眼光に何も口から出せなかった。
「ウーザイとヒロの2人でかかっていいわ。泥棒猫の息の根さえ止めれば、きっと王子様も気づいてくれる。自分にふさわしい妻が、このフゴー家のアクジョであるということに……!」
ヨダレさえ垂らしかねない様子だった。俺は彼女の両手を引きはがす。
「もう無理だ。ヒロイはカイザ王子と結婚する。アクジョ、お前に出来ることはもう何もないよ」
アクジョの顔が固まった。能面のように無表情になる。そして俺に背を向け、足元がおぼつかぬままベッドに戻ると、突っ伏して泣き始めた。
「カイザ王子様ぁ!」
正視に耐えかねるみじめな背中だった。アクジョの幸福は断ち切られたのだ。
その一方、広院はこの先3ヶ月――カイザ王子が20歳になる日まで、花嫁としての準備に忙しくなるだろう。そして結婚するのだ。そうなればサブクエスト:カイザ王子との結婚もクリアということになる。俺の妹は人生の絶頂を迎えるわけだ。
「うう……うえぇん……!」
この屋敷のあるじは慟哭してわんわん泣きわめく。俺はもはやかける言葉もなく、部屋を後にした。
翌日、国王シャシ3世が出したお触れに都民は動揺していた――というのは、街に出て帰ってきたウーザイからの情報だ。
宮殿の焼尽や舞踏会参加貴族の多数の死は今更隠しようがなかったと言えよう。街路のそこかしこで立ち話する人々は、下手人が魔物であるドラゴンを操っていたと知り、マンプク王国の関与や魔王の活動について議論を戦わせていた。
そして魔王討伐を成し遂げる者――『勇者』の登場を心待ちにする点で、誰もが一致したという。その声は市内に充満し、波となって押し寄せるようだった……とウーザイは語った。
俺は機運の高まりを感じた。勇者エイユの謀殺から100年、魔族の首領を倒さんとする熱気が、まるで昨夜の炎のように立ち上るのが手に取れる。
「それでウーザイ、なんで街に出たんだ? 今のアクジョを放っておいてどんな用事が?」
筋肉ダルマは胸を叩いた。
「昨日の魔物はアクジョを殺しかねなかった。絶対に許せん――その親玉は特にな。だから一応登録してきたんだ」
「何に?」
ウーザイは得意げに言う。
「冒険者ギルドにさ。俺は『戦士』に認定された。勇者が現れたら、その一行に加わって魔王退治に出かけるつもりさ。きっとアクジョも喜んでくれるに違いねえ」




