015法術師
施術院は患者の処置がだいぶ終わったこともあり、受診料を支払おうとする人々がカウンターに並ぶさまが目についた。俺も緑の紙片を手に、その列に加わっている。自分の番を待ちながら、院内で働く別の法術師たちの仕事ぶりをながめた。
「神よ、その御技を今ここにあらわしたまえ」
ブツブツつぶやきながら、それぞれが輝く手の平を骨折者や流血者の患部に当てている。痛みに苦悶していた市民の顔が、なごやかにゆるんでいった。効き目は抜群のようだ。
「アクジョは法術使えないのか? それでも財閥の令嬢なんだろう?」
俺が尋ねると、彼女は決まり悪そうに口ごもる。左右の人差し指を突き合わせた。
「ちょっと訓練をサボっただけよ。修行し直せば、きっとすぐ使えるようになるわ」
俺は妹の広院を想起した。あいつはプレイヤーキャラクターだが、法術については取得しているのだろうか? 舞踏会でカイザ王子と衝突して足をくじいたが、その後別室で王子と語らいながら、医者の治療を受けていた。その時は包帯を巻いて、まだ痛そうにしていたっけ。
数日後の食事会では「施術院の名医の法術で完治しました」とか話していた。
自分自身で治せなかった――とすると、あいつは法術スキルがないと思われる。妹を勇者候補に入れていた俺だが、一つ当ては外れたわけだ。
残念無念に思いながら、俺は周囲を見渡した。重傷を負った者や新たにやってくる患者らに対して、まだ治療は続けられている。感心なことに、回復の対価支払いをまぬがれようとする者はいなかった。
「2000ゼニとなります」
俺の番が来る。受け付けのやせた老人は、緑の紙を受け取って値段を告げてきた。アクジョはメシツに持たせていた豪華な財布から、数枚の硬貨を取り出し、カウンターに並べる。老人は悪びれず受け取った。
「お大事に」
俺たちは施術院を後にした。残念ながら、戦士イナーズを超える体格の人間は、法術師の中には1人もいなかった。勇者どころか冒険者にさえ向いていない、そんなやせ気味の人ばかりだったのだ。
アクジョは自分の服に着いた俺の血痕を気にしている。
「安い着物で良かったわ。とは言えこれじゃ恥ずかしいわね。すぐ帰りましょう」
俺が女装を恥ずかしがっているのは無視かよ……。まあいいや。
「悪かったな、アクジョ。今日は色々ありがとうな」
彼女は理解できないとばかりに目をしばたたく。
「あなたは私の『物』よ。物にありがたがられても不自然だわ」
ぐっ。この女……。俺は自分の情けない立場を脇に置き、気になっていたことを質問した。
「それはともかく。ヒロイが舞踏会で足首をくじいたことがあっただろ?」
アクジョの目がギラリと光る。『メス猫』への嫌悪があらわになった。俺はひるまず続けた。
「何であの時、ヒロイは法術師に診てもらえなかったんだ? 王子が出席するような格式ある式典で、もしもの時のための法術師がいないって、変じゃないか?」
「ああ、誰かが怪我した時のために、法術師を用意しておくのが当然じゃないか、って言いたいわけね」
飲み込みが早くて助かる。彼女は簡潔に答えた。
「夜だったからよ」
俺の困惑に、アクジョが懇切丁寧に話した。
「法術師があつかう『神の奇跡』は、1日に使用できる時間が決まってるの。具体的には日の出から日没までの間だけ。夜になったら使えなくなるわ」
ああ、なるほど。舞踏会は夜だった。法術師がいたとしても、神の奇跡はほどこせなかったわけだ。分かれば簡単なことである。
神、か。この『ブレードパラダイス』の世界において、それは便利な存在だった。ゲーム誌の先行紹介では、日本発の大規模オープンワールドゲームとして、そこかしこで都合よく使われていた気がする。
無神論者が大勢を占める日本では、ゲームの神は造物主などではなく、ライフの回復やデータセーブなどで登場する万能な役者の1人なのだ。それはこのゲームでも如実に表れていた。法術師の神の奇跡なんかもろにそれだろう。
俺は『女神』シンセを思い出した。そういやあいつ、白の平原から俺のことを眺めてるって言ってたな。
このゲーム世界での神とは違う、本物の神。何とか通信できないものか。俺が買った『ブレードパラダイス』の攻略本の中身を教えてくれれば、結構役立つんだけどな。
その夜、俺はアクジョ邸の自分の部屋で、今後のことを考えていた。ちなみにさっきまで、井戸からくんできた水で体を洗っていた。服も新しいものに取り替え、若干貧血気味であるものの、俺は常体に戻っている。女装のままだったが……
――やっぱり職業『僧侶』の冒険者で、勇者の試験をパス出来そうな体格の持ち主を探すのが得策か。
先ほど帰りの馬車内でアクジョから聞いたのは、『冒険者の方が施術院の法術師なんかより全然もうかる』との情報だった。それでも街中で働く医者などは、冒険者を目指さない。理由は簡単、危険をともなうからだ。
なら覚悟決めてる『僧侶』の冒険者から、見込みありそうな奴をその気にさせて『勇者』の試験を受けさせる。それが一番の近道に思えた。
俺はふかふかのベッドであお向けに横たわり、額に腕を載せた。傷口は完全に治っている。
「女神シンセ、お前のせいで俺はこんな目にあってるんだ。何とかヘルプしろよ……」
何となく恨みを込めた独り言を繰り出す。まあ、聞こえてるわけないか。
その直後のことだ。まばゆい光を放ちながら、シンセがベッドのすぐそばに現れたのは。




