016カレ
俺は跳ね起きた。発光するその姿は、まぎれもなく『女神』シンセその人だった。空色の長髪に純白のコートが懐かしい。20歳くらいの美人さん。
「シンセ! ホントに出てきた!」
俺は他人に聞かれぬよう小声で驚きを表す。シンセは何だかぼやけた輪郭で、今にも消えてしまいそうだ。その口が開閉した。
「ヘルプしろよ、とのことで来ましたが……。ヒロ、勇者探しは――魔王討伐は一向はかどっていないようですね」
俺はあぐらをかいてすねてみせた。
「これでも懸命にやってるつもりだよ。……てか、神力とやらを使い果たしてて、このゲーム世界には入ってこれないんじゃなかったのかよ」
シンセはこもって聞き取りづらい声でしゃべる。不安定なラジオみたいだ。
「ええ、入ってこれません。これは神力でゲーム世界に穴をこじ開け、無理矢理イメージと音声を届けているに過ぎません」
彼女の姿が徐々に暗くなり、消滅寸前の気配をただよわせる。俺はあせって、とにかく必要な情報を得ようと早口でまくし立てた。
「勇者になれそうな奴はいないか? 攻略本には何て書いてあった? 何で広院はこの世界に入って来れた?」
「プレイヤーはこのゲームを主人公として始められます。ですがそこは最新ゲーム、たとえばヒロのように村人Aなどになって、一市民として好き勝手に遊び暮らすこともできます。広院ちゃんは数ある職種の主人公の中でも、『サブクエスト:カイザ王子との結婚』に最適な、貧乏貴族の娘として開始しました。ヒロの部屋に入り、ゲームを起動することで」
広院の奴、俺の『ブレードパラダイス』を勝手に遊ぼうとしたのか。攻略本も読んだようだな。
それにしても……
「何で俺は村人Aで、広院はプレイヤーキャラクターなんだ? あつかいが違い過ぎるだろう」
「正直ヒロの時は、ゲーム世界への侵入を魔神に勘づかれる可能性がありました。それゆえ慎重に端役としたのです。広院ちゃんはハナから世界を救う気がないことと、ヒロの出現から注意をそらすために、あえて神力を大量に使ってプレイヤーキャラクターとしたのです」
はあ。何でも理屈はあるもんだ。
「私は攻略本を読める環境にありませんが、いきなり白い高原に現れた広院ちゃんに色々教えてもらいました。その中でも重要なのが、主人公以外でプレイ開始した時における、勇者の名前です。それは……」
俺は前傾姿勢で聴力を酷使した。
「それは?」
だがシンセの五体は波打ち、光もますますとぼしくなって、眼前から消滅しようとしている。俺は思わず叫んだ。
「それは、何だ! シンセ!」
「カレ……」
言いかけて、続く言葉は失われた。女神の存在は跡形もなく消失し、部屋は再び俺1人となったのだ。
「おい! ちょっと!」
俺は取り残された。疲労と倦怠が重く肩にのしかかる。彼女は勇者候補の名前の先頭が『カレ』であると告げただけで、そのまま神力を使い果たしてしまったらしい。次の交信がいつになるかさえ分からぬまま、俺は再び孤独となった。
『カレ』……か。名前の先頭のようだ。すでに冒険者ギルドに登録した者か、それとも在野の人間か。この街の市民か、それとも別の地方の存在か。これだけじゃさっぱり分からない。
だが探し出すしかない。勇者と共に、魔神を――この世界における魔王を倒さぬ限り、俺は現実世界へは戻れないのだから。
「ダメダメ、そうあなたの身勝手に付き合ってられないわ」
翌朝、食事の席でアクジョは俺のお願いを却下した。俺はただ、「『カレ』が最初につく名前の人物を探したいんだけど……」と頼んだだけなのに。
「今日はカイザ王子様との会食なんだから! ゼイタク王国シャシ三世様と王妃様――つまり王子様のご両親も一緒なのよ? 私はその準備で忙しいの。あなたはこの屋敷にいなさい、私の拾い物である以上はね」
取りつく島もなく、アクジョは食欲旺盛に肉を切り分け、口へと運んだ。俺は白パンをかじる。
「めずらしく俺は連れていかないんだな」
彼女はあきれたように口元を白布でぬぐった。
「あのね、国王陛下の晩餐会に、あなたみたいなどこの馬の骨とも分からない人間を、ほいほい持ち込むわけないでしょう。それに……」
突然眼光が鋭さを増し、俺の顔面を串刺しにする。
「あなたを拾ってからよ。あのいまいましい、腹立たしいメス猫が現れたのは。あなた、実は疫病神なんじゃないの?」
ひどい言われようだ。しかし心からの本音ではなかったらしく、アクジョの瞳はすぐ冷静さを取り戻した。
「まあ、3ヶ月後のカイザ王子様との結婚さえ迎えれば、もう何も心配することはないんだし。今日はさすがにメス猫も来ないだろうから、ゆっくり楽しまなくちゃ。……ドレスは何がいいかしらね……」
夕方、アクジョは王城より派遣された警護隊に守られて、いざ愛する男の待つ建物へと向かった。俺は留守番の間、メイドたちと共に雑用をこなす。今日は良く晴れて、地平線の日没が美しかった。
そんな時だった。あの男が屋敷に現れたのは。
「アクジョ! いるか?」
悪役令嬢の三軒隣の幼馴染、デカブツのウーザイだ。ブルドッグのようなみにくい顔で、露出した胸筋が張り詰めている。
「いないぞ」
俺は両腕を組んで仁王立ちした。ウーザイは、この前の一件で気絶させられた相手を前に、恐怖の色を浮かべる。
「お、お前、まだいたのか。アクジョは不在か?」
「ああ。また守衛を失神させて来たのか?」
「いや、今回は用件を告げて普通に門を通って来た。贈り物を届けに来ただけなんだ」




