28話「入部」side伊原
俺は久しぶりに、高月、箕面、土室の四人で学食に足を運んでいた。
昼休みに入って真っ先に高月が声をかけてきて、後から箕面と土室が加わる形でメンツが揃ったのだ。
みんなでワイワイ、なんて苦手だと思っていたけど、気心の知れた友人とならやぶさかではない。
……そう思えるくらいには絆されているんだろうな、俺。
こうした自分の変化には戸惑うものの、不快ではないのも確かだった。
食堂では、テーブルを囲むようにして席に着いた。各自の目の前には、それぞれ注文した料理が並んでいる。
そして、まばらに「いただきます」の声が上がり、各々昼食に手を付け始めた。
食事をしながら、俺は隣に座る高月の横顔を盗み見た。
「……」
意気消沈したように、眉尻を下げている。
……今朝からずっとこの調子だ。
「……食べないの」
ため息交じりに尋ねてみると、高月はハッと我に返ったように表情を取り繕った。
「あ、ああ。食べるよ」
そう言って、いそいそと箸を動かし始める彼。その姿を横目に、俺は再びため息をついた。
「……そんなにジムに来てほしかったわけ?」
尋ねると、高月は「まあ」と答えて麺をすする。いつもより食べるペースが遅く、明らかに調子が戻っていない。
――『陸上部に入るから、ジムには通わない』
……そう告げたときの彼の顔を思い出す。それはもう、捨てられた犬のような悲痛な表情だった。
どうしてそこまで落ち込むのか、理解に苦しむ。自分の決断に対してこんな反応をされるのは、少々不愉快だ。
「にしても、伊原がうちの部に来てくれるなんて夢にも思わなかったなー。どうしたんだ?」
向かいに座る箕面が尋ねてきた。高月も答えが気になるのか、隣からじっと俺の顔を見つめてくる。
「高月のジムへ見学に行って、余計にそう思うようになったから」
「なんで?」
俺の言葉に納得がいかないのか、高月が不満げな声を漏らす。だが俺は、視線を箕面に向けたまま話を続けた。
「室内より外のほうが、開放感があってストレス発散にいいかなって」
その答えに、箕面は腑に落ちたらしく「なーるほど!」と力強く頷いた。
「ジムも悪くなかったけどね」
高月にもチラリと目をやり、申し訳程度のフォローを入れてみるが、彼の表情は晴れない。「そうか……」とだけ呟き、黙々と食べ続けている。
「伊原くんは今、すごく冒険したい気分なんだね」
斜め前に座る土室が、そう言って笑いかけてきた。
「……そうなのかもね」
俺も笑みを返した。
なるほど、冒険か。
新しい挑戦、新しい人間関係……きっと煩わしいことも山ほど起きるに違いない。
だけど、創作のアイデアを得るためにも、食わず嫌いはよくないと思った。それが、今回入部を決意した理由の一つでもある。
未知の世界へ踏み出すことが、自分を高めてくれると信じられるから。
……こう考えられるようになったのも、高月のおかげかもしれない。
読書をしないのに、図書室へ行ったり。
活字嫌いなのに、一冊読み切ったり。
創作なんて全然わかっていないのに、アイデア出しに奮闘したり。
そんな「らしくないこと」に取り組む高月の姿は、正直、嫌いではない。……本人には絶対に言わないけど。
でも、なぜ高月はそこまでするのか。
その答えは、依然としてわからないままだ。
■
放課後。俺は箕面に連れられ、グラウンド脇の用具倉庫前までやって来た。
……苦手な自己紹介の時間だ。
見渡す限り、部員は二十人と少しぐらいだろうか。男子のほうがやや多い。
そんな大人数が俺を囲むように、半円を描いて並んでいる。圧をかけられているとは思わないが、さすがに迫力のある光景だった。
「一年の伊原です。よろしくお願いします」
そう挨拶をして、みんなに一礼する。ああ、早くこんな時間、終わってくれないだろうか。
「よろしくー!」
「箕面とよく走ってたよね」
「途中入部めずらしー」
俺の緊張などお構いなしに、部員たちが口々に声を上げる。
すると、横で控えていた男性顧問が、俺に代わって説明を加えてくれた。
「伊原は中距離の800メートルを専門にやっていく予定だ。箕面いわく『ペースの安定感は尋常じゃない。中距離向きだ』とのお墨付きだぞ」
箕面のやつ……無駄にハードルを上げやがって。思わず顔をしかめると、半円の最前列にいる本人が「ははは」と能天気に笑った。
「じゃあ、自己紹介も終わったことだし、いつも通り全体ジョグをする。……伊原、まずはみんなと一緒にグラウンドを二周、軽く走るんだ」
さっそく通常の活動に入るらしい。みんなの注目から解放されたことに、俺はひとまず安堵した。
■
全体ジョグを終えた後、俺は中距離担当ということで、グラウンドの外周付近にいる中距離組に合流した。
そこで、メンバーの一人が声をかけてきた。
「お前、箕面のお気に入りなんだってな」
背丈は俺と同じぐらい。やや明るめの髪に緩い癖があり、どこか品のよさを感じさせる身なりをしている。お坊ちゃんと呼びたくなるような容姿だ。
だが、(人のことは言えないが)その言葉にはトゲがあるように思えた。なんなら、こちらを睨んでいる気さえする。
「それが何」
俺も眉をひそめ、語気にトゲを滲ませて返す。
「へえ。謙遜して否定することすらしないなんて、さぞ自信がおありのようで」
彼は首を傾げ、口角を上げた。ぱっと見は笑っているようだが、その目には鋭い光が宿っている。
「何。俺になんか言いたいことあるわけ?」
負けじと睨み返すと、男は「別に」と吐き捨て、視線をそらした。
そこで、先輩と思しき部員が「はいはい、初日から空気悪くしない」と手を叩いた。
■
「流し」を中心に中距離のメニューを軽めにこなし、いったん倉庫横のベンチで休憩することになった。
さっき絡んできたのは「名田」という同級生らしい。別クラスのため、俺には特に印象がない。それどころか、接点すらなかったはずだ。
なのに名田は時折、何か言いたげにこちらをジロジロ見てくる。そして、俺が視線を返すと、ふいっと顔を背ける。
俺、何かしたかな。
まあ、こういう手合いは無視するに限る。
「どうだ! この部活」
「あ、箕面」
箕面が隣に腰を下ろした。彼の所属する短距離組も休憩に入ったようだ。
「初日ってのもあるけど、なんか新鮮。みんなと同じ方向を目指して走るのも、悪くないなって」
「そりゃよかった。個人競技とはいえ、集団で動くことも多い部活だから、正直どうかなーって思ってた」
そう言って、箕面はわずかに眉尻を下げて微笑んだ。どうやら安心してくれたらしい。
二人並んで座っていると、名田がズカズカと大股で近づいてきた。そして、箕面の真正面で仁王立ちになる。露骨に不機嫌そうな顔だ。
「箕面。こいつはよくて、なんで俺のときは断ったんだ?」
一瞬、俺をチラリと見た後、再び箕面を見下ろす名田。
なんだこいつ。
何の話だ。
箕面には心当たりがあるようで、「前も言ったけどー」と困った様子で頭を掻いている。
「あのなー、名田。俺がお前の動きをレクチャーしたところで、伸びしろがあるとは思えないんだわ」
名田の片目がピクリと引きつる。
「なんでだ? 理由を言え」
高圧的な口調で詰め寄る名田に、箕面は「やれやれ」とでも言いたげに首を振った。
「それは自分で気づいてほしいところ。はい、この話おしまい!」
パンッと手を叩き、箕面は勢いよく立ち上がった。
「なっ、まだ話は……!」
慌てる名田には構わず、箕面はその脇をすり抜けて歩き去った。振り返ることもなく、ひらひらと手を振っている。
名田はしばらくその場に立ち尽くしていたが、俺の顔を一瞥すると、「ふん」と鼻を鳴らした。
なんだか一方的に敵視されている気がする。
■
「箕面、名田ってやつ、なんなの」
部活後。
校舎の自販機横で飲み物をあおりながら、俺は箕面に尋ねた。
「名田はなー……」
言葉を選んでいるのか、箕面は少し考え込むように目を閉じた。そして、立ったまま壁にもたれかかり、口を開く。
「自分が負けたり、失敗したりするのを許せないタチなんだ」
「……俺と同じ、完璧主義みたいな?」
そう尋ねると、箕面はこちらを向き、「伊原とはタイプが違うかもな」と補足した。
「勝たなきゃ無駄って考え方なのか、どうもあいつには、負けた人間を見下すきらいがあるんだ。負け犬だのなんだの、って……ちなみに、これでも部活じゃ2番手相当の実力だぞ」
「……へえ」
「……個別指導を申し込まれた時は断ったんだ。ああいう思考じゃ、教えても素直に言うこと聞くとは思えないし」
……それを聞いて、つい飲み物ボトルを持つ手に力が籠る。
成果を重視するという点では共感できる。だけど、その成果に至る過程……つまり、努力している最中の人間にまでケチをつける、厄介なタイプのようだ。
「たいそうな性格だね」
ぼそっと呟くと、箕面は笑いながら「おっと、陰口はもうやめようぜー」と話を切り上げた。
まあ、あいつのことは気にしなくていいか。
すると、箕面に「一緒に帰るか」と誘われたので、俺は彼と並んでその場を後にした。
Xで進捗など呟いてます。
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